安政大獄における橋本左内  (松平春嶽⑦  江戸検定今年のお題「幕末」)
 井伊直弼は、安政5年7月5日の松平春嶽や御三家に対する処罰を皮切りに、一橋派や水戸家へに対する弾圧をはじめました。いわゆる安政の大獄です。
 この中で、橋本左内も逮捕され最後は斬首されました。
 今日は、この経緯について書いていきたいと思います。
 
 一橋慶喜擁立運動を熱心に行いましたが、幕府に対して反逆の意思のまったくなかった橋本左内に対しても、幕府の追及が行われました。
 井伊大老は、一橋派が井伊大老に対抗する有力な勢力であり、その中心に松平春嶽がいたため、そのブレーンたる橋本左内を見逃すわけにはいかなかったのです。

【逮捕尋問は意外・心外】 
 安政5年10月22日に北町奉行の捕吏が、常盤橋の越前藩上屋敷の左内邸に来て書類を押収しました。
c0187004_21245948.jpg そして、翌日左内は江戸町奉行石谷穆清(いしがや あつきよ)の尋問を受け屋敷内の滝勘蔵方にお預け謹慎となりました。

 この日の突然の逮捕は左内にとってはもちろんのこと越前藩にとっても意外で心外なことでした。
 左内の逮捕の理由や糾問の内容についても納得がいきませんでした。
 しかし、それが京都に周旋したことにかかわったものだろうということは推測されたようです。そのため、そのことであれば左内は懸念することはなく春嶽の免罪に好都合だと考えていたようです。
 従って、左内の逮捕について、左内自身も周囲も憂慮することなく、横井小楠は5月下旬になっても「是は遠からず無事に相成り申すべく候」と書いているように大事になることはないと楽観していました。
 左内は10月22日、11月8日、11月10日と町奉行所で取調べをうけ、翌6年正月8日、2月13日、3月4日、7月3日、9月10日と評定所に呼び出されて尋問をうけました。
 この間は左内は屋敷内の滝勘蔵にお預けのまま謹慎していました。 
 そして、左内はほとんど事実そのままを役人に申し立てて、役人を感心させたほどでした。
 左内は数回の尋問にも自分の行動が公明正大であることを主張しました。

【死刑は予想もしなかった】 
c0187004_20562590.jpg 左内自身も藩関係者も問題をさして重要視していなかったと考えられ、まして死刑に処されようとは思っていませんでした。
 しかし、安政6年10月2日に最後の尋問を受けた後、突然小伝馬町牢屋敷に入獄が命じられました。
 橋本左内も10月3日揚屋入りを命じられて大変驚いていると手紙にかいています。
  
  ☆右写真は小伝馬町牢屋敷跡に建つ「大安楽寺」です。

 左内は南紀派とははげしく対立しましたが、幕藩秩序を破壊する考えはなく、この点では倒幕を考えていた梅田雲浜たちや老中間部詮勝暗殺を計画していた吉田松陰とは全く異なる立場でした。
 左内の真意が反幕府の立場でなかったものの、左内が軽輩の身でありながら将軍継嗣推挙という重大事にかかわり、本来は主君をいさめるべきところ、それをせずに、主君の命ずるままに朝廷・公卿を説得しようとしたことは許すべきことではないと幕府は考えたのです。 

 また左内は自分の行動はすべて主命から出たもので、私心からでたものではないことを明言していました。
 水戸藩士たちの多くが藩主をかばって何事も自分の意思でおこなったものと罪をひきうけようとした態度に対して、左内の態度は罪を藩主にかぶせようとしていると思われ評定所で悪い印象を持たれたようです。

【10月7日に処刑される】 
 10月2日に最後の尋問ご行われた後、小伝馬町朗屋敷への入牢が命じられ、そして5日後の10月7日には断罪の申し渡しが行われました。 c0187004_1012826.jpg
 7日朝揚屋から引き出される左内に対して、牢名主は
 「貴様は若年と申し秀才惜しき事」と涙をぬぐい「貴殿の一命に代わり候事出来候はば代わり度もの也」と言ったそうです。 
 牢屋敷から評定所に向かう途中、常盤橋にある上屋敷を通過する際に、左内は駕籠の中で平伏して別れを告げたといいます。
 そして、評定所での申し渡しの後、小伝馬町牢屋敷で同じ日の午前11時に斬首されました。
 享年26歳という若さでした。
  右写真は小塚原回向院にある橋本左内の墓です。りっぱな套堂(さやどう)がつくられていて、その中にお墓があります。

【同獄の吉田松陰と交流】 
 左内が入獄した時に、吉田松陰も小伝馬町牢屋敷に入獄していました。松陰は西奥の揚屋に入牢しており、左内は東奥の揚屋に入牢したため、面談は叶いませんでした。
 左内は、松陰が入牢していることを知り、松陰に漢詩を2つ贈っています。
 松陰は、その遺書の「留魂録」の中で、「左内と半面なきを嘆ず」と会って話が出来なかったことを嘆いています。
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by wheatbaku | 2010-08-09 22:07 | 『幕末』 | Trackback
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