京都見廻組とは (龍馬暗殺犯は誰⑤)
 今日は、龍馬暗殺の実行犯と最有力視されている 「京都見廻組」 とはどういう組織で、 佐々木只三郎と今井信郎 はどういう人物かについて書いてみます。

【京都見廻組】
 元治元年(1864年)、幕府は京都守護職の会津藩主松平容保の配下として、京都の治安維持のために蒔田(まいた)廣孝と松平康正を京都見廻役に任命しました。
 見廻役は大番頭に次ぐ格式で、譜代大名もしくは上級の旗本が二人任命されました。
 蒔田廣孝は備中浅尾藩1万石の藩主で松平康正は6千石の交代寄合でした。
 後に飯田藩主堀親義や小笠原矢よ八郎などが勤めました。
 京都見廻組は、二人の見廻役の下に組織され、定員400人で京都に詰めていました。
 見廻組には、見廻役の下に、与頭(くみがしら)4名、与頭勤方4名が幹部として旗本が任じられました。
 組士は、御家人から剣術・槍術で実力のあるものを募集しました。しかし、選考基準が厳しくなかなか集まらず元治元年には定員に達しなかったようです。

【見廻組の役割】
 見廻組は新撰組と共に京都市内の治安維持と将軍警護を任務としました。
 見廻組は純然たる幕臣の集団で浪士・藩士は一人もいなかったのに対して、新撰組は、農民・浪士・町人と出身はさまざまでした。
 見廻組と新撰組の任務は同じでしたが、幕臣と浪士では幕府の信頼度が全然違うため、幕臣中心の見廻組が結成されました。
 任務の市中警備は地域を分けて昼夜行われましたが、見廻組と新撰組では担当地域が異なっていました。
 見廻組と新撰組とは仲がよくなかったといわれますが、新撰組が京都守護職預かりになる際には、後に見廻組与頭となった佐々木只三郎の協力があったと言われています。
 京都見廻組は禁門の変や天狗党の討伐にも出動したそうですが、鳥羽伏見の戦いで壊滅しました。

【佐々木只三郎】
 佐々木 只三郎は会津藩士佐々木源八の子供で、親戚の旗本佐々木矢太夫の養子となりました。神道精武流を学び「小太刀日本一」と称されました。
c0187004_15303652.jpg 文久2年(1862年)、清河八郎の浪士組結成に伴い京都へ上ります。
 佐々木只三郎は、京都残留を決めた近藤勇らを京都守護職の支配下に置くように取り計らったといわれています。
 また、文久3年(1863)には江戸へ戻り、麻布一の橋(右写真)で浪士組の清河八郎を暗殺しました。
 その後、元治元年(1864)の京都見廻組結成に伴い、上洛し京都警備にあたりました。そして、禁門の変にも出動したと言われています。
 龍馬・中岡の暗殺は、今井信郎の証言では、佐々木只三郎の指示によるものとされています。
 佐々木只三郎は鳥羽・伏見の戦いに重傷を負い、和歌山で死去しました。

【今井信郎(いまいのぶお)】
 今井信郎は、幕臣中間の家に生まれ、18歳で直心影流小谷精一郎の門人で講武所指南役の榊原健吉の門下に入り、20歳で免許皆伝となります。
c0187004_15384247.jpg 慶応3年に見廻組を命じられ10月に上洛し佐々木只三郎の組に加わり、龍馬・中岡の暗殺の際にも参加します。
 鳥羽伏見の戦いを生き抜き、戊辰戦争を箱館まで戦い抜きました。
 明治3年(1870年)、箱館で降伏し、囚われの身となっていた今井信郎は、近江屋事件について坂本龍馬暗殺に関わったと自供し、裁判により禁固刑となりましたが、明治5年、特赦により釈放されました。
 その後は静岡県榛原郡初倉村(現在の静岡県島田市)で帰農し、初倉村村長を勤めました。
 龍馬暗殺については、多くを語ることはなかったようです。
楽天ブックス: 坂本龍馬を斬った男 - 幕臣今井信郎の証言 - 今井幸彦 : 本の表紙を飾る今井信郎。
 この本の著者今井幸彦氏は今井信郎のお孫さんです。
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by wheatbaku | 2010-11-09 05:55 | 『幕末』 | Trackback
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