テレビ朝日通りを六本木から広尾に向かってあるくと、右手に中華人民共和国大使館が見えてきます。
さらに進むと盛岡町交番があります。。その交差点を左に曲がり、南に向かうと間もなく麻布高校があります。
麻布高校は、開成高校と並ぶ私立名門校で、現在は中高一貫制の男子校です。
麻布高校は現役国会議員出身高校ランキングでは3位(1位慶応義塾、2位開成高校)閣僚経験者出身高校ランキングでは2位(1位日比谷)だそうです。
元総理や国会議員では、橋本龍太郎元総理、福田康夫元総理、谷垣禎一元総裁、与謝野馨、平沼赳夫、中川昭一など錚々たる人たちが卒業生です、
その他、有名人では倉本聡、堤義明、小沢昭一、北杜夫などが卒業生です。
ところで、江戸時代、ここは日向国高鍋藩(宮崎県高鍋町など)の上屋敷がありました。
高鍋藩は、豊臣秀吉により筑前から秋月種実が移封されました。その後、初代藩主となる秋月種長が関ヶ原の戦いで東軍に寝返って本領を安堵されました。石高は3万石です。
この高鍋藩出身で非常に有名な人物が、米沢藩上杉家中興の祖上杉鷹山(治憲)です。
杉鷹山は高鍋藩主の秋月種美(たねみ)の次男としてここで生まれました。
幼名は松三郎といいました。
母は筑前国秋月藩の黒田長貞の娘の春姫です。
黒田長貞の正室は上杉綱憲の娘豊子です。
つまり、母方の祖母が米沢藩第4代藩主上杉綱憲の娘でした。この
ことが縁で、松三郎は1 0歳で米沢藩の第8代藩主・重定の養子となりました。
重定は綱憲の長男吉憲の四男つまり綱憲の孫になります。春姫も綱憲の孫になるため、重定の従兄弟になります。
ところで、上杉綱憲が、吉良上野介の実子であることは、既にこのブログでも書きましたので、ご存じの方が多いと思います。
このことを思い出していただきたいと思います。
もう一度、上杉綱憲と上杉鷹山の関係を復習すると、鷹山は、綱憲の孫の孫です。孫の孫は玄孫や「やしゃご」といいます。つまり鷹山は「やしゃご」になります。
そして、綱憲は吉良上野介義央の子供であすから、鷹山は吉良上野介からみると「孫の孫の子」です。「孫の孫の子」は「来孫」というそうです。つまり、鷹山は、吉良上野介の「来孫(らいそん)」となります。
有名な上杉鷹山には、吉良上野介の血が流れているんですね。驚きました。
赤字が麻布高校です。