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南町奉行所跡①(有楽町京橋散歩1)
 今日から、11月26日に開催した毎日文化センターの「江戸の名奉行ゆかりの地を行く(有楽町・京橋・八丁堀・八重洲散歩)」で訪ねた先について 有楽町・京橋地区と八丁堀・八重洲地区に分けて、書いていきたいと思います。


 今日は、まず最初の「南町奉行所跡」について書いていきます。
南町奉行所跡①(有楽町京橋散歩1)_c0187004_10255848.jpg  「南町奉行所跡」は、有楽町の駅前なのですが、意外と知られていません。
 それは、史跡の説明板が目立たないせいもあると思います。
 史跡説明板は、イトシア前の広場の地下1階に降りる階段・エスカレーターの東側にあります。
有楽町駅から言うと、正反対側です。ましてイベントが開催されている際には、テントの裏になって、隠されてしまうことが多々あります。
右写真が、説明板を遠くから撮ったものですが、円形の屋根が地下1階への階段の屋根です。
 遠景で見ると円い屋根が目立ちますが、駅を下りた時には、円い屋根だとはわかりません。
写真左奥が、有楽町の中央口になります。
 ズームしたのが、右中写真です。
 手前の石組は下水溝の石組を復元したものです。

 
 説明板も読みにくいので、全文を書いておきます。説明板には次のように書かれています。
南町奉行所跡①(有楽町京橋散歩1)_c0187004_2231318.jpg東京都指定旧跡
南町奉行所跡
 江戸町奉行は、寺社奉行、勘定奉行とともに徳川幕府の三奉行のひとつでした。その職掌は、江戸府内の行政・司法・警察など多方面に及び、定員2名で南北両奉行に分かれ月番で交代に執務していました。名奉行大岡越前守忠相は、享保2年(1717)から元文元年(1736)にかけて南町奉行としてここで執務していました。


 南町奉行所跡①(有楽町京橋散歩1)_c0187004_9343113.jpg南町奉行所は、宝永4年(1707)に常盤橋門内から数寄屋橋門内に移転し、幕末までこの地にありました。その範囲は、有楽町駅および東側街区一帯にあたり、平成17年(2005)の発掘調査では、奉行所表門に面した下水溝や役所内に設けられた井戸、土蔵などが発見されました。また、「大岡越前守御屋敷」と墨書きされた荷札も出土しました。
 再開発事業では、石組下水溝の一部をここに再現するとともに、石材を事業地内でベンチなどに活用しています。


 町奉行と言うのは、南町奉行と北町奉行と二人いて、町奉行所は2か所にありました。
 (正確には、短期間ですが、中町奉行がいて、町奉行が三人いる時代もありました。)
 南町、北町奉行と言うと、江戸の町を南北に管轄を分けて取り仕切っているような印象があります。
 しかし、江戸を南北に分割して管轄していた訳ではありません。
 それでは、どのように分担していたからと言いますと、一月交代で、仕事を分担していました。これを月番制といいます。
 南町奉行が月番の場合には、南町奉行所が門を開けていました。
 そして、北町奉行所の方は、門を閉めていて、南町奉行所だけが訴訟や請願・申請そして事件を受け付けました。
 それでは、月番でない奉行所は休んでいたかというとそうではありません。
 それまでに受け付けていた訴訟や申請や事件の処理を行っていました。
 このように月番制で江戸の町政を担当していました。

 それでは、南町奉行所、北町奉行所の区別は何によるかということになりますが、これは奉行所の所在地によります。
 二つある奉行所のうちどちらが南にあって、どちらが北にあるかのによります。
 有楽町駅前にあった南町奉行所は、宝永4年に、移転してきました。
 それ以降、江戸幕府がなくなるまで、ここにありました。
 そして、これより南に他の奉行所があったことがありませんでした。
 そのため、宝永4年以降江戸時代を通して、数寄屋橋門内にあった奉行所は、南町奉行所と呼ばれ続けました。

 南奉行所については次回も書こうと思いますので、今日はここまでとします。

 赤印が、「南町奉行所跡」の説明板が設置されている場所です。有楽町駅の中央改札を出ると正面に地下への入り口がありますが、その入り口の裏側に設置されています。
by wheatbaku | 2013-11-26 09:27 | 大江戸散歩

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