「怒る富士(新田次郎)」読了(江戸の災害と復興)

 江戸検の平成28年度の「今年のお題」は『江戸の大変~江戸の災害と復興~』と発表されましたね。

 詳細が発表されていませんが、自然災害と火事がお題の中心になるようです。

 

 いずれ参考図書も出版されることと思いますが、お題の勉強を始めた方もいることと思います。

 私も、いくらか本を捜しましたが、「今年のお題」自体の全体像がわかりませんので、軽々にご紹介できるわけでもないので、ご紹介できる時がきたらご紹介したいと思います。

c0187004_10330073.jpg 現在は、のんびりと読んで楽しいものを読んでいますが、「今年のお題」に関係する素晴らしい本を読了したので、今日は、その本をご紹介します。

 その書名は新田次郎著「怒る富士」です。

 新田次郎は富士山頂観測所に勤務していた経験があることから、「富士山頂」「芙蓉の人」など富士山について書いた小説が多くあります。

 「怒る富士」もその一つです。

 「怒る富士」は、富士山の宝永噴火の被害を受け荒廃した麓の村々を救援するために奮闘し、最後は非業の死をとげる関東郡代伊奈忠順(ただのぶ)の姿を描いた小説です。

c0187004_10330506.jpg 当然、「怒る富士」は小説ですので、登場人物は架空の人物もいますし、史実とは異なることもあります。

 しかし、宝永の大噴火を背景として書いているため、富士山の大噴火のすさまじさやその復興の困難さなどがよく理解できる小説です。

 時代小説としても楽しめますし、「今年のお題」の勉強にも役立つものだと思います。

 富士山は、宝永4年(1707) 11月23日に噴火始めましたこれが宝永の大噴火とよばれる噴火です。

 この噴火は、富士山の頂上ではなく富士山の七合目付近で起きました。

c0187004_10331194.jpg その噴火口は宝永噴火口と言われ、噴火口のそばに出来た小山は宝永山と呼ばれ、富士山の瘤のような形として現在も残されています。(右写真)
 さらに上空から写すと火口がハッキリとわかります。(右下写真)
c0187004_10351105.jpg この噴火により、富士山の東側にあたる駿河国駿東郡と相模国足柄上郡と足柄下郡は大量の火山灰が積もりました。

 特に富士山に近い駿東郡59ケ村には、大量の砂が積もり、須走村では1丈(約3メートル)も積もったといいます。

 皆さん、3メートルも火山灰が積もった状態を想像できますか?

 田畑はもとより、山林、河川を問わず、あらゆる地表に3メートルの火山灰が積もるというのは、なかなか想像できません。

 こうした被害を受けて、被害地の百姓たちは小田原藩に直訴します。小田原藩は当面の救済として2万俵のお救い米を出します。しかし、根本的な救済を行える財政事情になく、幕府は、駿東郡59ケ村をはじめ足柄上郡・足柄下郡など約6万石を天領とし、さらに駿東郡59ケ村を亡所(ぼうしょー災害などで人が住めなくなる場所)と決します。

 天領になったため、この代官として任命されたのが関東郡代伊奈忠順です。

 伊奈忠順は、伊奈忠次以来の関東郡代として百姓の救済を企図します。

 幕府も甚大な被害をこうむった駿東郡や足柄上郡・下郡を救済するため、勘定奉行の萩原重秀は、1万石につき2両の拠出を命じます。

 しかし、富士山噴火被災地救済のために集められたお金ですが、幕府は財政状況が厳しかったため、萩原重秀は、その一部しか被災地救済に利用しませんでした。

 しかも、富士山が大噴火した時期は綱吉政権の末期であり、微妙な権力バランスの変化が表れてきました。

その政争の影響を受けて、救済策が思うように採用されません。

 救済が遅々として進まない中で、百姓たちは疲弊していきます。

救済の重要性を認識しない幕閣が多い中で、孤立無援な伊奈忠順は、様々な手づるを頼りにして、柳沢吉保、荻生徂徠、新井白石などに、懸命に救済策の必要性を訴え、一年ごとのわずかな救済策の承認をとっていきます。

 しかし、幕府の全面的な支援のない、そのばしのぎの救済策では、伊奈忠順が如何に孤軍奮闘しようとも被害を受けた駿東郡59ケ村の復興が進むはずがありません。

 噴火後4年たった正徳元年(1711)の冬には、駿東郡59ケ村の百姓全員が餓死するかもしれないという絶望的な状況に追い込まれます。

 この状況下で、伊奈忠順は、幕府の正式な許可を得ずして駿府の米蔵から5千俵の米を運びだし被害地に配給するという最終手段をとります。

 この処置が幕閣の知る所となり、その責任を追及され、伊奈忠順は、全ての罪を背負って、切腹して果てます。翌年正徳2年(1712年)2月29日のことです。

 「怒る富士」は、富士山の噴火から伊奈忠順の切腹までを伊奈忠順を主人公として描いたものです。

 

 時代は、宝永の大噴火が起きた時代は、ちょうど綱吉政権から家宣政権への過渡期にあたり、政治の表舞台では、綱吉の死去、柳沢吉保の引退、家宣の将軍就任、間部詮房・新井白石の政治への関与、朝鮮通信使の来朝など目まぐるしい変化がありました。

 そのため、政治面にだけ目が奪われがちです。
 私も、今まで、こうした政治面だけの歴史しかわかりませんでしたが、その裏側で、富士山東麓の百姓たちは、餓死という深刻な局面に立たされて、幕府の救済がなされていなかったということを知り深く考えさせられました。

 江戸検の「今年のお題『江戸の災害と復興』」の勉強としてはもちろんですが。関東郡代伊奈家が代官中の代官と呼ばれ、江戸市民に深く尊敬された理由も理解できるすばらしい小説だと思います。



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by wheatbaku | 2015-12-28 10:27 | Trackback
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