明暦の大火の3カ所の出火場所(明暦の大火①)

 今年のお題「江戸の大変」を勉強する上で欠かせないのが「明暦の大火」だと思います。

「明暦の大火」は、明暦3年正月18日から正月20日にかけて起きた火事で、火災の大きかった江戸でも、最大の火事と言われています。

 この火事では、江戸城の本丸・天守をはじめ、大名屋敷160、旗本屋敷770余り、寺社350が焼失し、結果的に江戸市街の6割が焼き尽くされたと言われています。

死者も史料により相違はありますが、「むさしあぶみ」によれば10万人以上となっています。

この「明暦の大火」は、被害が大きかっただけでなく、大火を防ぐための都市改造が行われ江戸が大きく変貌するきっかけともなりました。

こうしたことから「明暦の大火」についての理解は大切なことだと思います。

そこで、今日から数回にわたり、明暦の大火に関係する場所を訪ねていきたいと思います。

今日は、大火の出火場所について書いてみたいと思います。

 明暦の大火は、一か所で発生したものではなく、本郷・小石川・麹町の3か所から連続的に発生しました。

 そのため、江戸最大の火事となりました。

第1の火事
c0187004_09525569.jpg 第1の火事は、明暦3年正月18日未の刻(14時頃)、本郷丸山の本妙寺より出火しました。

本妙寺は日蓮宗のお寺で、現在は巣鴨に移転していますが、江戸時代には本郷にありました。(右上写真は巣鴨にある現在の本妙寺の山門です)

江戸時代に本妙寺があった場所は、現在は住宅地となっていて、当時の面影はまったくありません。

c0187004_09355017.jpgしかし、「本妙寺坂」という坂の名前に、その名を残しています。

本妙寺坂は、東大の本郷キャンパスの西側にある坂で、東京メトロ「本郷三丁目」から徒歩5分の場所にあります。

右写真の右手前に写っている文京区の設置した説明板には次のように書かれています。

 この坂は、本郷の台地から菊坂へ下っている坂である。菊坂をはさんで真向かいの台地には(現在の本郷5-16あたり)かつて本妙寺という法華宗の寺があった。境内が広い大きな寺で、この寺に向かって下るであったところから「本妙寺坂」と呼ばれた。

 本妙寺は明暦の大火(振袖火事・明暦3年ー1657)の火元として有名である。
 明治43年豊島区巣鴨5丁目に移転した。

c0187004_09362010.jpgまた、「本妙寺跡と明暦の大火」と書かれた説明板も設置されていて、それには下記のように書かれています。
 右写真の右手前に説明板が写っています。
 写真正面が本妙寺があった方向です。
 もうすっかり住宅地でした。
 

 本妙寺(現在豊島区巣鴨5-35-6)は旧菊坂82番地(現本郷5-16)の台地一帯にあった法華宗の大寺院であった。寺伝によれば寛永13年(1636年)にこの地に移ってきた。

 境内には北山奉行“遠山の金さん”こと遠山左衛門尉景元、幕末の剣豪千葉周作や囲碁の本因坊歴代の墓所があった。

 明暦3年(1657年)の大火“振袖火事”の火元とされているが、原因は諸説ある。この大火後、幕府は防火対策を中心に都市計画を打ち出し、文京区の地域には寺社、武家屋敷などが多く移転してきて、漸次発展することとなった。

 この第1の出火による火事は神田・日本橋・京橋一帯を焼きつくしたうえで、さらに隅田川対岸の佃島にまで及び、寅の刻(午前4時頃)には鎮火しました。

第2の火事

 第1の出火による火事がようやく鎮火して余り時が経過しない正月19日巳の刻(10時頃)に小石川伝通院表門下新鷹匠町の大番衆与力の宿所から再び出火しました。

c0187004_09395500.jpg小石川伝通院表門下新鷹匠町大番衆与力の宿所というのは、色々な箇所で書かれていますが、実際はどこなのか明確に書いたものがありませんでした。

幕末の切絵図で探しても「新鷹匠町」という町は見つかりません。

しかし、小石川伝通院は有名なお寺で、江戸時代と同じ場所にあるので、実際に現地に行ってみました。
 右上写真が伝通院本堂です。

c0187004_09402442.jpg「伝通院大手門下」ということですので、伝通院の表門を探してみました。

多分、表門は、現在の春日通りの伝通院前交差点付近だと思います。(右写真が伝通院前交差点です。右奥遠方に伝通院の山門が写っています。

次いで「表門下」というのを探してみました。
 この伝通院交差点の南側に「安藤坂」という坂があり、南に向かって下っています。

c0187004_09422687.jpg この安藤坂の途中に文京区教育員会が設置して説明板があります。
 (右写真の左端です。)

 それには次のように書かれています。

 この坂は伝通院前から神田川に下る坂である。江戸時代から幅の広い坂道であった。傾斜は急であったが、1909(明治42)に路面電車(市電)を通すにあたりゆるやかにされた。

 坂の西側に安藤飛騨守の上屋敷があったことに因んで、戦前は「安藤殿坂」、戦後になって「安藤坂」とよばれるようになった。

 古くは坂下のあたりは入江で、漁をする人が坂上に網を干したことから、また江戸時代に御鷹掛の組屋敷があって鳥網を干したことから「網干坂」ともよばれた。

「御鷹掛の組屋敷」という語句もでてきて「新鷹匠町」らしき感じもしますので、「伝通院表門下新鷹匠町」というのは、この近くらしいと推定できそうです。

 この第2の出火場所「小石川伝通院表門下」から出火した火事は、江戸城を襲い、本丸や天守を焼きつくしました。そして、日比谷一帯まで焼き尽くし、酉の刻(午後6時頃)に海辺まで灰となりました。

第3の火事

 第2の出火が鎮火しないうちに、3番目の火事が、正月19日申の刻(午後4時頃)、麹町5丁目の町家より出火します。

 麹町5丁目と云うのは、幕末切絵図から見ると、現在の麹町4丁目交差点より東側です。
 麹町4丁目交差点近くから出火したと思われます。

 第3の火事により、永田町、桜田門外、芝一帯が焼失し、丑の刻(午前2時頃)には増上寺も焼失した後、火事は海辺に至りようやく鎮火しました。


 このように明暦の大火は、次々と3カ所から出火したことにより、江戸の大部分を焼失させる大きな火事となりました。

 赤印が「本妙寺跡」の説明板です。
 紫印が「本妙寺坂」の説明板です。



赤印が伝通院です。
青印が伝通院前交差点です。
紫印が「安藤坂」の説明板です。


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by wheatbaku | 2016-03-14 09:34 | Trackback
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