司馬遼太郎「峠」文学碑(北越戦争レポート⑮)

司馬遼太郎「峠」文学碑(北越戦争レポート⑮)

 今日で、北越戦争レポートを終了させてもらいますが、最後は、司馬遼太郎の「峠」文学碑について書きます。

 河井継之助(つぎのすけ)が全国的に有名になったのは、司馬遼太郎が「峠」を書いたからでしょう。

 その「峠」文学碑は、榎峠を望める「越の大橋」の西詰に設置されています。(下写真)

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 長岡駅からも小千谷駅からも遠い距離にあるので、車を使用していくしかないと思います。

越の大橋は、信濃川に設置されている妙見堰に沿って平成五年に架橋されました

「峠」文学碑は、榎峠や朝日山に対峙して設置されています。

「峠」文学碑をみて、ふりかえると榎峠や朝日山が眺められます。

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「峠」文学碑の表面には、次のよう「峠」のなかの一文が刻まれています。

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   峠

               司馬遼太郎

  

 主力は十日町を発し、六日市、妙見を経て

榎峠の坂をのぼった。坂の右手は、大地が信

濃川に落ちこんでいる。

 川をへだてて対岸に三仏生村がある。そこ

には薩長の兵が駐屯している。その兵が山

腹をのぼる長岡兵をめざとくみつけ、砲弾

飛ばしてきた。この川越えの砲弾が、この

方面の戦争の第一弾になった。 

 これは、ごくありふれた文学碑の形式です。

 しかし、「峠」文学碑の裏側には、この文学碑のために司馬遼太郎が書いた一文があるのが特徴です。(下写真)

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 司馬さんは、文学碑建設の話が小千谷市から依頼があった際、即座に快諾したそうです。そして、文学碑のために新たに一文を寄せてそうです。

 それが文学碑の裏面の一文です。全文がつぎのように刻まれています。

「峠」のこと

 江戸封建制は、世界史の同じ制度のなかでも、きわだ

て精巧なものだった。

 17世紀から270年、日本史はこの制度のもとに

あって、学問や芸術、商工業、農業を発展させた。この

島国のひとびとすべての才能と心が、ここで養われた

のである。

 その終末期に越後長岡藩に河井継之助があらわれた。

 かれは、藩を、幕府とは離れた一個の文化的、経済的な独

立組織と考え、ヨーロッパの公国のように仕立てかえよ

うとした。継之助は独自な近代的な発想と実行者という

点で、きわどいほどに先覚的だった。

 ただこまったことは、時代のほうが急変してしまった

のである。にわかに薩長が新時代の旗手になり、西日本

の諸藩の力を背景に、長岡藩に屈従をせまった。

 その勢力が小千谷まできた。

かれらは、時の勢いに乗っていた。長岡藩に対し、ひ

たすらな屈服を強い、かつ軍資金の献上を命じた。

 継之助は小千谷本営に出むき、猶予を請うたが、容れ

られなかった。

といって屈従は倫理として出来ることではなかった。

となれば、せっかく築いたあたらしい長岡藩の建設をみ

ずからくだかざるをえない。かなわぬまでも、戦うとい

う、美的表現をとらざるをえなかったのである。

 かれは商人や工人の感覚で藩の近代化をはかったが、

最後は武士であることにのみ終始した。

武士の世の終焉にあたって、長岡藩ほどその最後をみ

ごとに表現しきった集団はいない。運命の負を甘受し、そ

のことによって歴史にむかって語りつづける道をえらん

だ。

「峠」という表題は、そのことを小千谷の峠という

地形によって象徴したつもりである。書き終えたとき、

悲しみがなお昇華せず、虚空に小さな金属音になって鳴

るのを聞いた。

 

平成5年11月             司馬遼太郎

 

 私は、この一文を読む前は、「峠」は当然のことながら「榎峠」という具体的な峠を指しながらも、江戸から明治にかわるという時代の「峠」を意味させているのだろうと思っていました。

しかし、司馬さんは、もっと深いところまで考えていたということだけはわかりましたが、全部は・・・・ う~ん、難しい。

ただ、この文学碑に寄せた司馬さんの文章を読んで、「峠」のあとがきに河井継之助(つぎのすけ)がなくなった後、従僕松蔵が骨拾いをする場面が描かれている理由がなんとなくわかった気がします。

「峠」のあとがきは、河井継之助が亡くなった時のエピソードをわざわざ入れるという不思議なおわりかたをしています。
 少し長くなりますが、あとがきの最後の部分を書き上げておきます。

継之助は、つねに完全なものをのぞむ性格であったらしい。

かれは死に、その死体は、かれの下僕松蔵の手で焼かれた。その遺体を焼いているときはすでに津川口が敗れ、官軍が接近しているときであり、見まもるひとびとは気が気ではなかったが、松蔵は灰のなかからたんねんに骨をひろいあげた。松蔵はそのとき泣きながらいった。[あのような旦那さまでございますもの。もし骨のひろい方が足りないで、これ松蔵や、貴様のそこつのためにおれの骨が一本足りぬ、などとあの世に行ってから叱られては松蔵は立つ瀬がございませぬ」といったという。

 書き終えて、筆者もまた松蔵の怖れを自分の怖れとして多少感じている。いくらかの骨を灰の中にわすれてきてしまっているかもしれないのである。


 司馬さんは、「峠」を書き終わっても、河井継之助(つぎのすけ)の悲しみを書き終わっていないという忸怩たる思いが残ったつまり文学碑に寄せた文章の中にある書き終えたとき、悲しみがなお昇華せず、虚空に小さな金属音になって鳴るのを聞いた」 のであとがきに松蔵の骨拾いのエピソードをいれたんのではないだろうかと私は思い当りました。


長岡を訪ね河井継之助(つぎのすけ)ゆかりの地を訪ねたこと、そして北越戦争のことを、約1か月にわたって長々とかいてきました。

この間、鶴ヶ島小ツルさんはじめ数多くメールで感想をいただきました。

これらが、大変、レポートを書いていくうえで、励みとなりました。

誌上を借りてお礼申し上げます。

明後日からは、最後の戊辰戦争「箱館戦争」ゆかりの地函館に取材旅行に行ってきます。

函館でも、榎本武揚や土方歳三たちについて新たな発見があるだろうと楽しみにしています。



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by wheatbaku | 2017-07-31 15:46 | 『幕末』 | Trackback
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