2017年 07月 01日 ( 1 )
河井継之助記念館(北越戦争レポート④)

河井継之助記念館(北越戦争レポート④)

長岡についての記事、今日は、「河井継之助記念館」について書いていきます。

 河井継之助記念館は、長岡駅から徒歩9分の場所にあり、長岡駅から歩いていきました。

 河井継之助記念は、平成18年に長岡市制100周年記念の一環として、河井継之助が住んでいた屋敷跡に開設されました。

 外観は記念館風ではなく、個人の住宅の雰囲気です。これは、記念館は、河井継之助屋敷跡にあった個人のお宅をそのまま利用して開設したそうですから、その見えるのですね。

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 河井継之助記念館は、河井継之助に関する資料が展示されていて、河井継之助の一生や北越戦争の動きなどが、わかりやすく解説されています。

 河井継之助を知るには、まずここを訪ねるのがよいと思います。

 館内の展示は、一部の物を除いては撮影禁止ですが、河井継之助の銅像はOKとのことでしたので、写真を撮らせていただきました。
銅像は「風雲 蒼龍窟 河井継之助像」と名付けられていて長岡在住の彫刻家峰村哲也氏が制作したものです。

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 河井継之助記念館は、河井継之助ゆかりの地を知る上で欠かせない場所ですので、ここを訪ねましたが、訪問の目的はもう一つありました。

 それは、記念館の館長の稲川明雄様にお会いするためです。

 稲川館長さんは、このブログの記事を書く上でお世話になっている『長岡藩』の著者ですし、河井継之助に関する著書も多数あります。

 そこで、河井継之助に関して、いろいろご教示いただこうと思ってお邪魔させていただきました。

入館早々に稲川館長さんにお会いしたい旨お願いしましたら、来客中とのことで、用事が済まされた後にお会いすることができ、まず持参した著書「決定版河井継之助」にサインをしていただきました。

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 稲川館長さんからは、いろいろご教示いただきましたが、話題の中心は、河井継之助の名前の呼び方です。

 河井継之助は、多くの場合、「つぐのすけ」と呼ばれます。しかし、「つぎのすけ」とも呼ぶ場合もあります。

 そこで、その点をお尋ねしました。稲川館長さんのお答えは明快でした。一言で「『つぎのすけ』です」とのことでした。

 稲川館長さんのお話では、元々は『つぎのすけ』ですが、越後弁では、『ぎ』という語尾が上がる発音が明確にならず、『ぐ』という語尾の下がる発音に似た発音になりやすいそうです。そのため『つぎのすけ』が誤って『つぐのすけ』と聞きとられたのだろうとのことでした。

 

 河井継之助を一気に全国区の有名人に押し上げたのは司馬遼太郎の「峠」でしょう。

 その司馬遼太郎のエピソードを稲川館長さんがしてくださいました。

「司馬さんは、『峠』を書く前に『英雄児』という短編で河井継之助について書いています。その短編の原稿には『つぐのすけ』とフリガナが振られていました。しかし、『峠』では、印刷された本では、最初だけ「つぎのすけ」とフリガナがふられているだけですが、残された原稿を見ると、原稿ではすべての『継之助』に『つぎのすけ』とフリガナが振られています。すべてに『つぎのすけ』とフリガナがふられていることに司馬さんの思いが込められているように思います」

 稲川館長さんのおっしゃられたことは、司馬遼太郎は初期の『英雄児』を書く時、河井継之助という人物の正しい名前も知らなかったことに対する悔い(もしくは申し訳なさ)が、『峠』を書く時にはそうさせたのではないかということだと思います。

 そうだとすれば、司馬遼太郎もすごい人だと思いました。

 稲川館長さんには事前の予約なしにお邪魔したにもかかわらず長時間に亘り貴重なお話を伺うことができました。稲川館長さんは、毎日出勤されているわけではないとのことで、お会いできて大変幸運でした。

 稲川館長さんに、写真を一枚とお願いしましたら、快く承諾してくださいました。

 稲川館長さん、本当にありがとうございました。心よりお礼申し上げます。

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 河井継之助の呼び名について、稲川館長さんのお話を裏付ける展示が河井継之助記念館にありました。

河井継之助は、慶応元年から藩政改革を行いましたが、その一環として慶応2年もしくは3年に遊郭を廃止しました。

 その際に、つぎのような狂歌が長岡に流行ったそうです。

「河井(可愛い)河井(可愛い)と今朝までおもひても 今では愛想も継(尽き)之助」

 この最後の句にご注意ください。

 「愛想が継(尽き)之助」となっています。これは「愛想がつく」と「つぎのすけ」とをかけた言葉です。

 もし、「つぐのすけ」であれば、掛け言葉になりません。

 やはり、長岡の人たちは「つぎのすけ」と当時から呼んでいたのに違いありません。

 なお、江戸検お題参考図書「幕末・維新」P176に前述の狂歌が書かれていますので、江戸検を受検される皆さんはご確認ください。

 その後も、長岡市内の観光案内や史跡説明板で、河井継之助のフリガナを意識して見てみると、長岡では、すべて「つぎのすけ」でした。

また、家に帰り、早速、司馬遼太郎の『峠』も確認しました。確かに最初に「つぎのすけ」とフリガナが振ってありました。

 これからは「つぐのすけ」ではなく「つぎのすけ」と呼ぶことにします

 


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by wheatbaku | 2017-07-01 21:49 | 『幕末』 | Trackback
  

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