カテゴリ:『幕末』( 138 )
ケンペルの通った東海道  「江戸参府旅行日記」より(8)
  「江戸参府旅行日記」 の8回目です。 今回は、ケンペルたちの泊まった「長崎屋」について書きます。
 長崎屋は、オランダ商館長(カピタン)が江戸へ参府する際の定宿ですが、いつもは薬種問屋として商売をしていました。 

c0187004_22242395.jpg 長崎屋は、現在の中央通りと江戸通りの交差点の東北角にありました。JR新日本橋駅の真上の位置(新日本橋駅は地下にあります)にあたります。以前は、新日本橋駅の4番出口にプレートがあったそうですが、現在は、長崎屋があった場所に、写真のようにビルを建築中で、4番出口も現在は使用できません。


 c0187004_20123889.jpg ケンペルは、 「江戸参府旅行日記」 で、長崎屋への到着を「首都の町にある中央の通りを進み、今まで通り過ぎた道と交差する50の横町のうち、とうとう最後の横町に入っていった。その手前の所の左側にある木造の鐘楼のすぐ近くに、われわれの宿舎が目に入った。そこは細い路地を通らなければ行けない奥まった家の二階であった」と書いています。
 ケンペルが書いている横町が「鐘撞堂新道」です。 現在の「鐘撞堂新道」は,写真の右手に見える北都銀行東京支店が目印です。

 長崎屋はここにあったそうです。(青印)  


 
 

 
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by wheatbaku | 2009-04-21 06:00 | 『幕末』 | Trackback
ケンペルの通った東海道  「江戸参府旅行日記」より(7)
  「江戸参府旅行日記」 の7回目です。
 今回は小田原から江戸までのできごとやケンペルが見たものを要約して記します。今回で、ケンペルは江戸に到着します。

3月12日 〔9〕小田原 → 〔3〕神奈川 55Km
 朝早く、小田原を出発。酒匂川を平底の舟で渡る。
   
〔8〕大磯宿   数百個の小さな町  
〔7〕平塚宿  
 ①300戸あまりの村
 ②馬入川はものすごい水勢で音をたてて海に流れ込んでいたので、とても歩いて渡れないので舟を使った。   
〔6〕 藤沢  
 ①昼食をするいつもの宿が一杯だったので、他の宿に移った。
 ②遊行上人寺の尊任上人は聖者の1人として尊敬されるほどの信望を得た。偉大なるアレキサンダーよりも、彼ははるかに成功をおさめたのである。
〔5〕戸塚    500戸ほど
〔4〕保土ヶ谷   200~300戸の家があったが、大部分の地区が最近の火事で焼けてしまった。
〔3〕神奈川   9時に着き宿泊

3月12日 〔2〕川崎 → 江戸 20Km
 ついに江戸に到着です。

〔2〕川崎 300戸以上の小さい町、ゆっくり流れる川を渡し舟で渡る。
〔1〕品川
 ①鈴ヶ森は潮干狩りで有名である。私は海苔を作っているのを見た。
 ②品川は江戸の日本橋から2里あると言われているが、品川と江戸とは、京都と伏見のように続いている。
 ③日本橋は42間の長さがあって日本国中で有名である。
 ④ヨーロッパの軍隊式の隊形をした約100人の消防隊の徒歩の行進に行き逢った。
 ⑤江戸では戸口の前に立って見物しようとする者はほとんどなかった。
 カピタンの江戸参府は関心は高いと思いますが、予想外な状況が記録されています。
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by wheatbaku | 2009-04-19 15:01 | 『幕末』 | Trackback
ケンペルの通った東海道  「江戸参府旅行日記」より(6)
  「江戸参府旅行日記」 の6回目です。
 今回は三島から小田原までのできごとやケンペルが見たものを要約して記していきますが、箱根のことを詳しく書いているので、今回も3月11日の一日分を要約します。

 3月11日 〔11〕三島 → 〔9〕小田原 32Km
 日が昇ると駕籠に乗り三島を出発

〔10〕箱根  昼食 c0187004_14593491.jpg 
①湖の深い湖底には珍しいほどの太さの木が生えている。
②箱根の関所は、新居よりもはるかに重要な意義をもっている。非常に狭い道の傍らにある関所の建物の前後には、柵と頑丈な門が作ってあり、右手は険しい山が崖となり、左手は湖があって自然の要害をなしている。
③箱根権現の宝物 
 ・曽我兄弟が仇討ちのときに使った4振の刀剣 ・2つの貴重なサンゴ石の植物 ・2本の馬の角 ・非常に大きな2個の貝 ・2個の牝牛と鹿の体内から見つかった石 ・亜麻で織った羽衣 ・頼朝の紋所のついた鏡 ・弘法大師の手鈴 ・曽我五郎の自筆の書状
④下りは、午前中に登った道よりずっと曲がりくねって急勾配である。
⑤この土地の草は、医師が特に薬効があると考えて採集するが、この薬にはほかのものと比べられない優れた特性があるので、世間ではハコネグサと呼んでいる。

 箱根には、このハコネグサをヨーロッパに紹介したケンペルを称える碑がたっているそうです。

〔9〕小田原           
c0187004_14271895.jpg ①城には白壁造りの新しい三重の天守閣があって人目をひいている。(右の写真は現代の小田原城。ケンペルは遠くから眺めています。)
②ここでは香りの高い阿仙薬を製造し、それを丸薬や人型・花型などいろいろの形にして、小さな箱に入れて売るのである。
③ここから江戸の宿の主人に宛てて、到着を知らせる手紙を出した。
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by wheatbaku | 2009-04-18 14:36 | 『幕末』 | Trackback
ケンペルの通った東海道  「江戸参府旅行日記」より(5)
c0187004_21273371.jpg 江戸検定の今年のお題「東海道53次」に関連する事柄を書いていますが、 ケンペルの「江戸参府旅行日記」 の5回目です。1回から4回までは、4月4日から11日に書いてあります。
 3月10日江尻から三島までのできごとやケンペルが見たものを東海道53次の宿場の順に要約して記していきます。
 ここで、ケンペルは富士山について詳しく述べていますので、一日分の要約です。
 
3月10日  〔18〕江尻 →  〔11〕三島  41Km
日の出前に江尻を出発。

c0187004_847030.jpg 〔17〕 興津 
 ①清見寺を参拝。
 ②村の街道に沿って並ぶ家の前にいる10歳から12歳のきれいに着飾り化粧した少年について述べている。
③興津から駕籠で螺旋階段を登るように苦労して薩埵峠を越える。(上の写真は薩埵峠からの富士山)
〔16〕由比 ここからまた馬
〔15〕蒲原 富士川を越える。富士川は二つに分かれて流れており、ひとつは歩いて、もうひとつは平底の船で越した。
〔14〕吉原 富士山について
①全工程の中で一番近く、コンパスによると直線で6里の距離にある。
 ②地図を作る基準となった。
 ③世界中で一番美しい山
 ④富士山に上るのに3日かかるが下るにはたった3時間しかかからない。
c0187004_2128134.jpg ケンペルは、「日本の詩人や画家がこの山の美しさをいくらほめたたえ、うまく描いても、それで十分ということはない」と最大のほめ言葉で称賛しています。
(右の写真は吉原からの富士山)
 ⑤吉原から半里の所にある元吉原で昼食をとる。
 ⑥とんぼ返りをする子供たちに小銭を投げて面白がる。
〔13〕原    250戸 
〔12〕沼津
①釜の宮または山王宮とよばれる神社を訪問し、頼朝と義経が使った大鍋を見物している。富士の裾野の巻狩で捕らえたイノシシを煮たと言われている。
②大鍋見物のため夜になったが、三島に向かう。
③黄瀬川の釜ヶ淵について説明 
〔11〕三島  
①1686年に町はすべて焼け、それとともに古い神社仏閣が失われたが、その後立派に再建されている。
②三島神社も再建されているが、のちに述べる。
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by wheatbaku | 2009-04-16 21:40 | 『幕末』 | Trackback
ケンペルの通った東海道  「江戸参府旅行日記」より(1)
  江戸検定の今年のお題は「東海道53次」ですので、お題に関係することを書いていきたいと思います。

 オランダ商館長は、年に1度江戸に参府していました。江戸時代を通じて、166回商館長の江戸参府が行われました。その中で、3人の医師が、紀行記を残してくれています。ケンペル、ツュンベリー、シーボルトの3人です。

 ドイツ人ケンペルは、元禄4年(1691年)と元禄5年(1692年)に江戸参府しています。その参府した際の日記「江戸参府旅行日記」(東洋文は、長崎から江戸までの記録ですが、江戸検定の今年のお題に合わせて、京都から江戸までの主なできごとを数回に分けて記していきます。

 第1回の参府では、ケンペルは、3月2日に京都を発ち、江戸に3月13日についていますので、12日間で、東海道を旅行したことになります。

3月2日  京 → 〔53〕大津  14Km  
 京都の出発の際に、別れの席が設けられたので、今日は大津まで14Kmとかなり短い距離です。  
①琵琶湖について、湖は固有の名前がなく、ただ「大津の湖」と呼ばれている等の説明をしている。
②比叡山という名は美しい山という意味とであると書いているし信長の比叡山焼き討ちについても触れている。
   宿泊は大津

3月3日  大津 → 〔49〕土山 51km  
  1日で50Kmを旅行することに驚きました。
〔53〕大津 日の出前に出発。 ①膳所城の様子、②一里塚、③瀬田の橋やそれにかかわる2つの伝説について触れている。
〔52〕草津   ①ハチクから作るステッキについて記載
         ②梅木村の和中散について記載
〔51〕石部  いつも食事をしていた水口の旅館が焼けてしまったので、ここで昼食
〔50〕水口  若年寄加藤佐渡守の低い城がある
〔49〕土山  5時に到着   伊勢参りの人は笠に名前や生国を書いているとコメント
  
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by wheatbaku | 2009-04-11 19:20 | 『幕末』 | Trackback
ケンペルの通った東海道  「江戸参府旅行日記」より(2)
  「江戸参府旅行日記」 の2回目です。
 土山から宮までの2日間のできごとやケンペルが見たものを東海道53次の宿場の順に要約して記していきます。
 
3月4日  〔49〕土山 → 〔43〕四日市 45Km   
 この日は鈴鹿峠を越える旅程ですが、それでも45Kmの距離を歩いています。すごいですね。
 〔48〕坂下   土山から(鈴鹿峠を越えるので)ここまで駕籠で、ここから馬に乗って進む。
 〔47〕 関   ここで昼食 ここから伊勢への道が南に分かれている。
 〔46〕亀山   町の南側に堅固な城がそびえている。
 〔45〕庄野   にわか雨にふられる。ここからも伊勢へ行く道が分かれている。
 〔44〕石薬師 特にコメントなし
 〔43〕四日市  たくさんの良い宿のある大きな町。宿の前で、京都から帰る吉良上野介の行列が通り過ぎるのに出会った。
 ケンペルと吉良上野介がすれ違っているとは思いもしませんでした。真実は小説よりも奇なりという気持ちが改めてします。

3月5日 〔43〕四日市 → 〔41〕宮
〔42〕桑名 
  ①四日市を日の出に発ち、11時に到着し昼食。
  ②途中で松かさを燃やしてハマグリを焼くのをみる。
  ③松平伊豆守の城は白い天守閣が高くそびえ、見るからに立派である。
〔41〕宮   
 ①底の平らな舟に乗って、日暮れの2時間前に着く。
 ②町には囲壁はなく、右手に城のような四角 い御殿があり、 通りの1本が名古屋に続く。
  ③名古屋の殿様の参府旅行は立派で、途 中であえば、オランダ人も、馬や乗り物から下りて、通り過ぎ るまでうずくまっていな ければならないと記載
 ④ 「われわれは、小さな熱田の社に出かけた。・・・神社には3本の奇跡の剣が神体として蔵されているが、それらは考えられぬほど古い時代の英雄が戦争で使ったもので、伊勢神宮にあったものをここへ持ってきたのである」と書かれています。
 剣は草薙の剣のような気がするので 熱田神宮にお参りしているように思いますが確証はありません。
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by wheatbaku | 2009-04-08 18:21 | 『幕末』 | Trackback
ケンペルの通った東海道  「江戸参府旅行日記」より(3)
  「江戸参府旅行日記」 の3回目です。
 宮から浜松までの2日間のできごとやケンペルが見たものを東海道53次の宿場の順に要約して記していきます。
 

3月6日 〔41〕宮 → 〔36〕赤坂  49Km
宮を夜明けとともに発ち、岡崎で昼食をとっている。
〔40〕鳴海   400戸の家がある
〔39〕池鯉鮒 小さいが三河国の最初の町
〔38〕岡崎  
  ① 立派な町で、南側に高い天守閣が堂々とそびえている。
  ②矢作川が流れているが、水流は多いが浅くて舟は通れない。川には立派な橋が架かっている。
〔37〕藤川   小さな町というより大きな村  
〔36〕赤坂
  ①たくさんのたいへんきれいな宿屋のある町筋。
  ②宿には娼婦が多くいるので、この土地は娼婦の市場という名がついている。

3月7日 〔36〕赤坂 → 〔29〕浜松  41Km
 通詞の通風のために8時30分に出発、新居で昼食
〔35〕御油  300戸
〔34〕吉田  
 ①町の東北に城がある。城壁に櫓がないのは、行き来する大名の滞在のために建てられたからである。
 ②ここの城主は奉行と上士を街道脇に出して敬意を表した。
 ③鍛冶が盛んで、製品が売られていた。さらに農産物も売られていた。
〔33〕二川   吉田から新居までの道中には、白須賀村のほかは大きな町村はなかったとあり、特にコメントがない。
〔32〕白須賀 富士山が初めて見えた。
〔31〕新居   
 ①昼食
 ②関所は、大名の夫人がそっと通り抜けたり、銃や武器がひそかに運ばれるのを防ぐと関所の役割について正しく記している。
 ③われわれの荷物は開きもせずちょっと見ただけであり、役人は丁重に迎えた。
〔30〕舞阪   番所が置かれていた 
〔29〕浜松   
 ①5時に到着。町の北側に広いけれど防備のない城が見える。
 ②お祭りなのか、若者たちが、提燈の下で、太鼓を打ったりして動き回っていた。
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by wheatbaku | 2009-04-07 20:20 | 『幕末』 | Trackback
ケンペルの通った東海道  「江戸参府旅行日記」より(4)
  「江戸参府旅行日記」 の4回目です。
浜松から江尻までの2日間のできごとやケンペルが見たものを東海道53次の宿場の順に要約して記していきます。
 

3月8日 〔29〕浜松  →  〔23〕島田 50Km
 この日は、浜松から島田まで、天竜川や大井川などの大きな川があるが、大井川では、川止めにもあわず無事越えている。

〔28〕 見附  
①浜松出発が大通詞が不快のため少し遅れた。
②天竜川は2筋に分かれていて、最初の流れは馬で、次の流れは川舟で越えた。
③見附は500戸の家がある。
〔27〕袋井  昼食
〔26〕 掛川  
①北側に城があり、高くそびえた天守閣がある。
②通り過ぎるときに、一行を見物していた家から火事が起こり、急いで逃れた。帰りにみると、町の半分の200戸の家が焼ける大火事であった。
〔25〕 日坂  ここで、馬から駕籠に乗り換えて山岳地帯を越えた。
〔24〕金谷   
①ここからまた馬。
②長い間雨が降らなかったため、両岸を川の水は満たさず、4筋に分かれて流れていた。
③大井川の川越料金は深さや水位によって決められていて、岸近くの水中から突出している柱の目盛で深さを測って決める。
④馬の膝の上に達するぐらいだったが、馬1匹に5人の川越人足が付いた。越えるのに半時間かかった。
〔23〕島田  宿泊 原川(袋井と掛川の間)から島田まではほとんど不毛の山地であった。

3月9日   〔23〕島田  →  〔18〕江尻  41Km
〔22〕 藤枝
①藤枝川は両岸を洗うほどには流れていなかった。
②右手の街道から半時間のところに田中城がある。
〔21〕 岡部  特に記載なし
〔20〕鞠子   昼食をとる。
〔19〕 府中  
①江戸と京都おなじように小判を鋳造している。
②駿府城の天守閣は数年前に焼けている。
③この城の城主(忠長)が追放され切腹している。 
④この土地の承認は礼儀正しく教育が行き届いているようだ。
駿府は城代もいる重要な都市であるが、特に接待もない。また、ここで宿泊をしていないのは意外でした。
〔18〕江尻  
①巴川が流れていて、有名な江尻材を川から海に流して日本中に送り出している。
②遠くない港に幕府の戦船停泊しており万一の場合にはここを守るのに役立つだろう。

 この日のまとめで、伊勢参りの巡礼者について、もことに素朴さを失わぬ独特の信仰心で神はこれを憐れんで下さるに違いないといっている。
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by wheatbaku | 2009-04-04 21:47 | 『幕末』 | Trackback
  

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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