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南北町奉行所跡八丁堀散歩(大江戸ガイド)
 昨日は、毎日文化センターの「江戸の名奉行(大岡越前・遠山金四郎)ゆかりの地を行く」の講座があり、受講生の皆さんと京橋、八丁堀、八重洲を散歩してきました。

 昨日のコースは、南町奉行所跡からスタートし、八丁堀組屋敷を経由し、北町奉行所跡に至る次のコースでした。

 有楽町イトシア(南町奉行所跡) ⇒ 数寄屋橋公園 ⇒ 旧比丘尼橋 ⇒ 京橋(「大根河岸青物市場蹟」碑、「江戸歌舞伎発祥之地」碑、京橋親柱、煉瓦銀座之碑) ⇒ 京橋公園(蜊河岸跡) ⇒ 桜川公園(八丁堀跡) ⇒ 京華スクエア(八丁堀の与力同心組屋敷跡) ⇒ 松平越中守屋敷跡 ⇒ 久安橋(楓川跡) ⇒ 
歌川広重住居跡 ⇒ ヤンヨーステン記念碑 ⇒ 丸の内トラストタワー(北町奉行所跡)

c0187004_20505197.jpg 天候は、絶好の行楽日和でした。
 そのせいもあってか、有楽町駅前はイベントのお客様であふれかえり、また、数寄屋橋公園周辺は、年末ジャンボ宝くじを購入する人たちが大勢いて(右写真)、これまたびっくりしました
 こんな中でのスタートで、最初はとまどいましたが、20人超の大勢の割には動きが素早く大した心配をすることもありませんでしたし、説明も熱心に聞いていただき楽しくガイドができました。
 参加者の皆さん、ありがとうございました。ご協力に感謝いたします。

 昨日の集合は、有楽町駅でした。
c0187004_23382589.jpg 有楽町駅に降りてびっくりしました。
 有楽町イトシア前のイベント広場でイベントが行われていて、千代田区設置の「南町奉行所跡」の説明板は、テントの後ろとなっていました。
 とても20人超の人が一度に見える状態ではありませんでした。
 そこで、当初の予定を変更して地下1階の南町奉行所跡から発掘された穴蔵が展示されている広場で説明を始めました。
 「何回も降りている有楽町ですが、はじめて知りました」という人がいたので、皆さんにきいてみましたら、穴蔵の展示を知っていた人は2人でした。
 その後、イベントの主催者にお願いしてテントの後ろの開けていただいたスペースで説明板(右写真)を見させてもらいました。

c0187004_23385067.jpg 次いで、「数寄屋橋」「比丘尼橋」「京橋」「蜊河岸」「八丁堀」の説明をしながら、江戸が「水の都」と呼ばれたほど川・水路が発達していたことを紹介しました。
 多くの参加者の皆さんが驚いてくれました。
 「八丁堀」は「八町堀」とも書き、堀の長さが八町あったため、その名前がついたともいわれています。
 右写真は、桜川公園にある八丁堀の説明板をみる参加者のみなさんたちです。

c0187004_23391029.jpg 八丁堀は、町奉行の与力同心の組屋敷があったことで有名です。
 地域名としての八丁堀は、現在の「八丁堀」「日本橋兜町」「日本橋茅場町」を含んだ広範囲の地域でした。
 ここに与力50騎、同心200人が住んでいました。
 その組屋敷の南端にあたる京華スクウエアに、「八丁堀の与力同心組屋敷跡」の説明板があります。
 右写真は、その説明板を見る参加者の皆さんです。

c0187004_23393448.jpg その後、「旧楓川」「歌川広重住居跡」「ヤンヨーステン記念碑」を見ていただき、いよいよ最後は、「北町奉行所跡」の説明でした。
 「北町奉行所跡」の説明板は、丸の内トラストタワーと東京駅の八重洲北口改札の近くにあります。
 参加者の皆さんが驚いたのは、八重洲北口改札近くにある千代田区の説明板でした。
 あまりにも目立たない場所にあったためです。
 右写真は、丸の内トラストタワーN館の脇にある、「北町奉行所跡」の説明板を見る参加者のみなさんです。

 散歩の後は、皆さんとの「懇親会」つまり「飲み会」です。
 私にとっては久しぶりの東京駅前での「飲み会」でしたが、15名の方の参加で大変盛り上がりました。
 第一回目の講座ですので、自己紹介もしてもらいましたが、遠方から参加していただいた方もいましたし、またお酒が飲めなくても参加していただいた方もいて、大変ありがたいことだと思いました。
 飲み会にご参加の皆さん、最後までお付き合いいただきありがとうございます。
 最後に恒例の記念撮影です。 15人もなると壮観ですね。
 飲み会幹事のSさん・Oさん今回もありがとうございました。
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 参加者の皆さん、楽しい散歩と飲み会ありがとうございました。次回もどうぞよろしくお願いします。
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by wheatbaku | 2013-11-24 01:22 | 大江戸ガイド | Trackback
「気ままに江戸散歩」秋冬講座のご紹介(大江戸ガイド)
 江戸検を受験された方から、江戸検の様子をご連絡いただきましたが、なかなか合格点に届かなかったようです。
 残念に思われる方も多いと思います。しかし、これまで頑張ってこられた努力は、必ず何らかの形で報われると思います。
 受験された皆様のこれまでのご努力に敬意を表します。どうもお疲れ様でした。
 なお、「忠臣蔵」関連については、かなりの高成績だったようで、いくらかお役にたったかもしれないと思って、安堵しております。

 さて、今日は、11月から開講する講座のご紹介です。

 毎日文化センターさんで、2年半前から定期的に「気ままに江戸散歩」と題した講座を開講しています。
c0187004_21495431.jpg 25年度上期は、「『八重の桜』ゆかりの地を行く」というタイトルで会津藩関係の史跡を訪ねました。
 下期は、「町奉行」を取り上げることにしました。
 「江戸の名奉行(大岡越前・遠山金四郎)」ゆかりの地を行く」 
 というテーマで、江戸散歩を行います。
 
 江戸の名奉行大岡越前守と遠山金四郎は、今では「時代劇の有名人」ですが、江戸時代も名奉行として江戸っ子たちも尊敬していた人物です。
 大岡越前守・遠山金四郎の上屋敷の跡、南北両奉行所跡や二人の名奉行ゆかりの地を訪ねながら、名奉行の事績もご紹介します。

 南町奉行所は、現在の有楽町駅前のイトシア(右写真)にありました。
 大岡越前守が奉行として活躍した所です。

 また、北町奉行所が、現在の東京駅の八重洲北口改札を出た場所(右下写真)にありました。
c0187004_9284375.jpg 遠山金四郎が活躍した場所です。
 初回は、この両奉行所跡のほか、八丁堀も訪ね、江戸の町奉行の仕事について説明させていただきたいと思っています。
 また、霞が関にあった大岡越前守の上屋敷や新橋にあった遠山金四郎の上屋敷などを訪ね、大岡越前守や遠山金四郎の人物像をご紹介したいと思います。

 詳しい日程と散歩場所(主な拝観地)を紹介すると次のようです。
 11月23日
   八丁堀・八重洲散歩(南町奉行所跡、北町奉行所跡、八丁堀与力同心屋敷跡等)
 1月25日
   桜田・赤坂散歩(大岡越前守上屋敷跡・桜田門外の変跡、赤坂豊川稲荷等)
 2月22日
   新橋・虎ノ門散歩(遠山金四郎上屋敷跡、浅野内匠頭切腹の地跡等)
 3月22日 
   巣鴨・染井散歩(遠山金四郎の墓、田沼意次の墓、徳川慶喜巣鴨屋敷跡等)

 
 街角を歩く中での江戸に関係する史跡などについての説明を一番大事にしています。
 何気なく通り過ぎる街角に江戸の歴史が潜んでいたり、江戸の名残りがあったりしますので、そのことを受講される皆さんにお伝えできるよう心がけています。
 そして、散歩後は、ご希望の方と一緒に飲む会を毎回セットしています。
 もっともこれが楽しみだという方も多くて、飲み会は結構盛り上がります。
 ご興味のある方は、是非ご参加ください。
 お問い合わせ・お申し込みは  毎日文化センター  までお願いします。
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by wheatbaku | 2013-11-04 21:56 | 大江戸ガイド | Trackback
「忠臣蔵散歩 高輪編」 (大江戸ガイド)
今日も「忠臣蔵」関連の記事で、
 「仮名手本忠臣蔵」のあらすじ①(江戸検お題「本当の忠臣蔵」106) を書いてあります。

 少し余裕ができましたので、先週土曜日に行われた文京学院大学さんの「忠臣蔵散歩 高輪編」の様子を書きます。
 
 先週土曜日は、ちょうど台風27号が接近するという中で、開催をどうするか危ぶまれましたが、文京学院大学さんの判断で決行ということになりました。

 「忠臣蔵散歩 高輪編」は 白金高輪駅に集合した後 次のコースで行いました。
 白金高輪駅 ⇒ 長松寺 ⇒ 清久寺 ⇒ (化粧延命地蔵・正覚院・実相寺)⇒
 正山寺 ⇒ 高松宮邸 ⇒ 細川家下屋敷跡 ⇒ 泉岳寺
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 天気予報では、3時過ぎまで小雨という予報でしたので、泉岳寺まで雨かしらと覚悟してスタートしましたが、スタート後30分程度で雨があがりました。
 
c0187004_15265552.jpg 受講生の皆さん、今回も大変お世話になりました。
 雨もあがりましたし、2回目ですので、気分的にも楽にやらさせていただきました。
 ありがとうございました。

 さて、最初に訪ねたのは「長松寺」です。長松寺は、浄土宗のお寺です。はじめは八丁堀にありましたが、寛永12年(1635年)にここに移りました。
  江戸中期の儒学者荻生徂徠の墓があります。
  荻生徂徠は、赤穂浪士の処置について、切腹を進言したことで有名です。
  荻生徂徠の墓は、御子孫がよく管理されていて、説明板も御子孫が設置されています。
  徂徠の墓は、「徂徠物先生之墓」と刻まれていますが、荻生家は物部氏の出自と徂徠が考えていたため、「物(ぶつ)氏」と名乗っていたことによるよるようです。
 本堂の屋根の下で説明したら、「記念写真を撮りましょう」ということになりました。
 そこで、「ハイ、チーズ」です。これが最上段の写真です。


c0187004_15273695.jpg 次いで、「清久寺」を訪ねました。
 清久寺は曹洞宗のお寺です。
 ここには、磯貝十郎左衛門の位牌があり(右写真)、本堂に上がらせていただき、お参りしました。
 磯貝十郎左衛門は、引き揚げ後は、細川邸にお預けとなり、切腹した時、25歳でした。
 清久寺は磯貝十郎左衛門の母の菩提寺で、江戸時代には、磯貝家の墓があったそうですが、現在はないそうです。
 位牌の右に「鉄肝元心居士」(元禄十六年二月四日磯貝重良左衛門)、その左に「菊園禅童子」(正徳三年九月廿三日)とあります。
  この菊園禅童子は切腹後、鼻紙袋から出た琴の爪の贈り主の娘との間に産まれた子ともいわれています。
 ここを出た段階で雨はあがっていました。


c0187004_15281362.jpg 続いて、「正山寺」ですが、正山寺は曹洞宗のお寺です。
 ここには大石内蔵助のお祖父さんの弟である大石頼母助良重(たのものすけよししげ 大叔父-祖父の弟)のお墓と御位牌があります。
 ここでも、御住職が、御位牌を本堂中央に安置しておいていただきました。
 大石良重は、大石内蔵助のお祖父さんの弟で、浅野家の家老でした。
 大石内蔵助が19歳という若さで家老職を相続した時、大石良重は大石内蔵助の後見人となりました。

 その後、松島屋で、「豆大福」を買って試食しました。大変好評でした。

 旧高松宮邸の説明のあと、いよいよ、大石内蔵助たちが切腹した細川家下屋敷跡です。
 ここは、都営高輪一丁目アパートの奥にあり、道路脇ではないので探すのに注意が必要です。
 ここは、細川家への御預けの時の様子、細川家での生活、切腹の時の話など、説明することがたくさんありました。
 受講生の皆さんは、長時間の説明にもかかわらず熱心に聞いてくださいました。
 熱心に聞いてくださるので、こちらもつい熱が入り、気持ちよく説明させていただきました。

c0187004_15284474.jpg  最後に回ったのが、本日のメイン、泉岳寺です。
 泉岳寺は、赤穂浪士の墓所としてあまりにも有名です。
 そのため、泉岳寺と言うのはどういうお寺かというのがあまり説明がされません。
 そこで、最初に泉岳寺の説明をしました。泉岳寺は慶長17年(1612)に今川義元の孫といわれる門庵宗関(もんなんそうかん)和尚を招いて徳川家康が外桜田に創立した曹洞宗の寺院という話、泉岳寺の山号・寺号の由来などです。
 その後、赤穂義士墓所に移り、浅野内匠頭、浅野長友、浅野大学、瑤泉院のそれぞれのお墓について説明しました。
 最期が赤穂浪士のお墓の説明でした。
 赤穂浪士のお墓の配列、なぜ一緒に埋葬されるようになったか、葬儀の様子、埋葬の様子などについて説明しました。
 ここでも、受講生の皆さんが熱心に聞いてくださいました。
 また、一般の方たちも一緒に聞いてくださっているのが印象的でした。
 最後に、参加者皆さんで、記念撮影です。
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 その後、オプションということで、全員19名で次のコースを回りました。
 高輪大木戸跡 ⇒ 御田八幡神社 ⇒ 札の辻 ⇒ 大坂家 ⇒ 
 イタリア大使館【松山藩中屋敷跡】 ⇒ 薩摩藩上屋敷跡 ⇒ 岡崎藩中屋敷跡


 スタートが4時を回っていたため、後半は、陽が落ちてしまい暗くなってしまいましたが、どたなも、途中で帰らず、その熱心さに驚きました。

 最後は、いつの通り、飲み会でした。
 楽しい会話が弾みました。今回は、江戸検を受験される方がほとんどでしたので、江戸検の話題が中心でした。江戸検を受験される皆さん、合格を祈念しています。頑張ってください。
 その後、田町で立ち飲み屋をされている受講生の方がいて、そこで二次会でした。そして9時を過ぎてお開きとなりました。
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by wheatbaku | 2013-10-31 15:39 | 大江戸ガイド | Trackback
明日雨が上がりますように(大江戸ガイド)
c0187004_11522557.jpg 明日は文京学院大学さんの「忠臣蔵散歩」(正式名称は「四十七士が歩んだ道~これが本当の『忠臣蔵』~」)開催される予定です。
 しかし、台風27号が接近しているため、開催がどうなるのか、微妙な状況です。

 こうした情況を踏まえて、文京学院大学生涯学習センターさんから講座開催の可否についてペーパーが届きました。
 受講生の皆様にも送付してあるとのことですが、念のため転載しておきます。

     *     *     *     *     *

10月26日(土)講座 受講生各位 

 台風27号が関東地方に接近していることから、10月26日(土)開催予定の講座の開催可否の判断については、下記の通りとさせていただきます。  (中略)

                         記

1、台風にともなう休講措置について

 ①午前7時の時点で、東京都に「暴風雨警報(980hPa以下)」が発令されていることが報道されたときは、午前中開始の講座を休講といたします。

 ②午前9時の時点で、東京都に「暴風雨警報(980hPa以下)」が解除されない場合、全ての講座を休講といたします。

2、お問い合わせ : 文京学院大学 生涯学習センター

      TEL 03-5684-4816

                                                     以  上



 以上のような内容ですが、本日午前6時現在の天気予報を見る、台風27号は上陸せず、南方海上を通過するようですので、明日は開催される可能性が高いと考えて、明日の準備に力を入れたいと思います。
 明日、雨が上がりますように・・・【祈り】

 そんなことで、今日は「忠臣蔵」関係の記事はお休みします。ご容赦ください。
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by wheatbaku | 2013-10-25 09:02 | 大江戸ガイド | Trackback
両国忠臣蔵散歩(大江戸ガイド)
 昨日は、文京学院大学生涯学習センターさんの「四十七士が歩んだ道~これが本当の『忠臣蔵』~」が開かれ、両国での「忠臣蔵」ゆかりの史跡めぐりをしてきました。
 生憎の霧雨状態の天候でしたが、皆さん、熱心に聞いていただき、充実したガイドになりました。
 
c0187004_9191117.jpg 昨日の参加者は、総計32名でしたので、ガイドをする人数としては限界近くですが、文京学院大学さんが用意してくれた小型スピーカーと参加者の皆さんのすばやい移動で、大勢の割には混乱もなくガイドができました。
 ご参加いただいた皆さん、お疲れ様でした。 

  今回は「忠臣蔵散歩」で、今年の「江戸検」の課題と関係していますので、江戸検を受験される方も大勢(10人弱)参加されていましたし、「獏さんの忠臣蔵ブログ、いつも読んでいますよ」と言ってくださる参加者の方も複数名いらっしゃっいましたので、案内する側としては、緊張するガイドでした。
 ご参加いただいた皆さん「忠臣蔵散歩」はいかがでしたか?
 私は、熱心に聴いていただけたので、楽しいガイドになりました。ありがとうとざいました。

 今日は、両国の主な忠臣蔵ゆかりの地をご紹介しておきます。

 回向院の山門です。
c0187004_9194373.jpg 赤穂浪士たちは、吉良上野介の討ち取った後は、この回向院で休息しようと考えていました。
 そのため、回向院に休息させてほしい旨を申し入れましたが、回向院の住職は、「お寺の決まりにより、暮れ六つから明け六つまでは、檀家の人以外は、入れられません。」と言って断りました。これに対して、赤穂浪士は再考を求めましたが、答えはおなじであったため、両国橋へ移動しました。

c0187004_920641.jpg 両国橋のたもとに大高源五の句碑があります。
 大高源五は「子葉」という俳号をもつ宝井其角の門人でもありました。
 「日の恩やたちまちくだく厚氷」という句は「太陽のお蔭で、厚く張った氷が、たちまち融けました」ということで、討ち入り成功についてのお礼を述べているようです。
 この句は、大高源五の師匠の榎本其角の手紙なかに書かれている句です。
 この句碑は昭和3年に建てられました。
 ここでは、なぜ、上杉家の追撃がなかったのかについて、説明もしました。

 
 吉良邸裏門跡です。
c0187004_9203136.jpg 赤穂浪士は、表門隊23人と裏門隊24人に別れ、討ち入りしました。
 裏門隊24人は、かけや(大型の木槌)で三村次郎左衛門と杉野十平次が裏門を打ち破り討入りました。
 討入り直後から、討入の際に太鼓がなったという記録がありますが、吉良邸の周囲の人が、裏門の扉を打ち破る音を太鼓の音と思ったのだろうという説もあります。

 吉良家が改易された後、屋敷の跡は町屋になったため、吉良家の名残を残すものはありませんでした。
c0187004_9212011.jpg そこで、昭和9年に地元の自治会の有志がお金を出し合い、土地を購入し、東京都に寄付しました。
 それが本所松坂町公園です。現在は墨田区に移管され墨田区立公園となっています。
 もとの吉良邸は2550坪ありました。
 しかし、この公園は約30坪しかなく、元のお屋敷の1.1%ほどの広さです。

 大石内蔵助に指揮された表門隊23人は、表門の屋根に梯子をかけて、屋根を乗り越えて屋敷に討入りました。
c0187004_9232881.jpg  屋敷の道路に面した三方向には長屋が設置されていました。
 この長屋は二階建てだったと考えられています。
 屋根までの高さは6.6メートルあったとNHKによる推測がされています。
 それだけの高さですから簡単に乗り越えられませんので、赤穂浪士が討ち入る際には、梯子を準備する必要がありました。
 赤穂浪士が準備した道具の中に梯子が含まれているのは、こうした事情があったためです。

 3時30分に講座を一旦終了し、その後は、ご希望の方だけでオプションの史跡めぐりをしましたが、18人もの方が参加していただき、「これだけでも一講座となる人数だ」との声もありました。

 堀部安兵衛の借宅は、本所林町5丁目となっています。
c0187004_9235457.jpg 現在、安兵衛宅の場所は特定できずませんが、立川第二児童遊園を目安にご案内しました。
 堀部安兵衛の借宅に同居していた赤穂浪士は、堀部安兵衛、倉橋伝助 、横川勘平、木村岡右衛門 でした。その他、脱盟した 毛利小平太、小山田庄左衛門なども同居していました。
 討入り当日の最後の集合場所となった場所です。


 杉野十平次の借宅は、本所徳右衛門町一丁目となっていて、武林唯七、勝田新左衛門も同居していましたc0187004_9241247.jpg 。
 道場の場所の特定は困難ですので、元徳稲荷神社を目安にご案内しました。
 徳右衛門町の徳右衛門は名主の名前で、河村徳右衛門と言いました。
 元徳稲荷神社は、河村徳右衛門まだ三河の岡崎にいた時、河村家の氏神様として、伏見稲荷神社から勧請してお祀りしていました。河村家が江戸に出府を命ぜられ際、稲荷神社も江戸の屋敷内に移されました。
  明暦の大火後に、徳右衛門町は神田から本所に移され、稲荷神社も移りました。
 しかし、その後も参拝する人が絶えず、多くの参拝の便を考え、河村家の屋敷内から三ノ橋畔に移しました。
 三ノ橋畔に移したのを機に元徳右衛門邸内にあったお稲荷さんの意で元徳稲荷神社と改称されました。


 
 浅野家本所蔵屋敷跡は、現在、都立両国高校になっています。
c0187004_9243515.jpg  赤穂浅野家は、赤坂屋敷を3000坪を拝領していました。
 元禄10(1697)年、1000坪余を残し替地として本所屋敷3900坪を拝領しました。倉庫や畑に使用していました。
 刃傷事件後、浅野家の家財道具は一時この屋敷に運び込まれました。
 しかし、元禄15年6月には、ここも、丹羽和泉守に明け渡しとなりました

 最後は、錦糸町駅近くの居酒屋で、オフ会でした。
c0187004_9245684.jpg  こちらへの参加者は7名でしたが、盛り上がりはすごく3時間を超える飲み会となりました。
 私もいつもよりは飲んだようです。
 話題は、江戸検と忠臣蔵に関する話題が中心でしたが、「獏さんのガイドの話がおもしろい」というお褒めの言葉をいただき、うれしく思いました。
 5時過ぎに飲み始めて、いつしか9時となり、お開きとなりました。
 最後に、一枚、カシャ!!
 皆さん、最後までお付き合いいただきありがとうございました。楽しい飲み会でした。
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by wheatbaku | 2013-10-06 08:52 | 大江戸ガイド | Trackback
青山散歩
 昨日は、毎日文化センターさんの講座「『八重の桜』ゆかりの地を行く」で、受講生の皆さんと青山散歩してきました。

c0187004_0335357.jpg 「八重の桜」ゆかりの地ということですので、会津藩に関係する場所を中心に回ろうと計画しましたので、青山霊園に、山川浩(右写真)、秋月悌次郎、出羽重遠のお墓がありますので、それを巡りました。
 それと同時に、青山霊園には、有名人のお墓が数多くありますので、大久保利通や乃木希典などの有名人のお墓もまわりました。
 そして乃木将軍との関係から、旧乃木邸と乃木神社も訪れました。 
 蚊がいてそれに時々悩まされましたが天気は晴天で霊園を巡るには絶好の日和でした。

 
 青山霊園は、明治5年、郡上藩藩主だった青山家の下屋敷跡に開設されました。
 当初は、神葬祭墓地として開設されました。
 明治6年、明治政府は、都心部での寺院墓地での埋葬を禁止したため、民衆から猛反対が起りました。c0187004_0342116.jpg 
 そこで、明治7年、東京市は、全国初の宗教によらない墓地建設に着手し、青山、雑司が谷、染井、亀戸(後に整理廃止)、谷中の5箇所を公共墓地として売り出し始めました。
  昭和10年、青山墓地を青山霊園と改称し公園墓地となりました。
 敷地は約8万坪あり、墓地の部分はその48%だそうです。
 青山霊園には12万7千人も埋葬されています。
 その中には、多くの有名人のお墓があって、有名人のお墓をめぐる人も数多くいるようです。

 乃木将軍は旧乃木邸の土地を明治12年に手に入れていましたが、建物は明治35年に竣工しました。。 
c0187004_0345051.jpg 乃木将軍がドイツ留学中見たフランスの連帯本部兵舎を模して自分で設計したといいます。建坪50坪ほど、延べ面積は121坪ほどの簡素な建物です。
 ここで、乃木将軍および静子夫人は、大正元年9月13日、明治天皇の大葬の儀が行われた午後8時ころ、自刃して亡くなりました。

c0187004_0374292.jpg 乃木神社は、 大正8年(1919)には乃木神社創立の許可がくだり、大正12年(1923)11月1日鎮座祭が行われました。
 昭和20年(1945)5月25日未明の空襲により本殿以下社殿を悉く焼失しましたが、昭和37年9月13日御祭神50年祭に合わせて本殿・幣殿・拝殿が復興されました。


c0187004_0375820.jpg 乃木神社では、結婚式が行われていました。
 この講座では、どういうわけか結婚式にめぐりあうことが多く、4回の講座の中で3回、結婚式にめぐりあいました。
 乃木神社では、昨日は10組の結婚式が行われたそうです。
 受講生の皆さんも、お二人の幸せをねがいながら、「幸せを分けてもらえる」と大喜びでした。

 散歩が終わった後は、希望者で青山一丁目の『銀座ライオン』で打ち上げをしました。
c0187004_0382120.jpg お酒が飲める人はもちろんお酒が苦手な人も参加していただき、会津若松旅行の想い出話や史跡めぐりの話で大いに盛り上がり、あっという間の2時間半でした。
 最後に、参加者の皆さんで記念撮影です。

 受講生のみなさん、楽しい散歩と飲み会ありがとうございました。
 次回講座も楽しくやりたいと思います。またどうぞよろしくお願いいたします。
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by wheatbaku | 2013-09-29 00:14 | 大江戸ガイド | Trackback
伝法院庭園(浅草散歩② 大江戸ガイド)
 浅草散歩の続編で、今日は伝法院の庭園の紹介をします。
 当日、雨のせいもありますが、拝観者は少なく、ゆっくり見ることができました。
 庭園が雨のため拝観中止になるかもしれないというので、先に庭園を見て、その後に大絵馬寺宝展を見ました。
 大絵馬寺宝展は撮影禁止ですので、庭園のほうの紹介します。
 また、伝法院の庭園には、浅草散歩の下見をかねて桜の時期にも入場しましたので、その際の写真も利用しながらご紹介します。

【五重塔とスカイツリーが並び立つ】 
 伝法院の庭園は、いつもは非公開です。
 c0187004_10391378.jpg今回は、本堂の大営繕が完了したのを記念して特別に公開されました。
 3月25日に公開され4月28日までです。
 まもなくまた非公開となってしまいます。
 伝法院の庭園が前回に公開されたのは3年前だそうです。
 大絵馬寺宝展の展示場所を出ると、このように五重塔とスカイツリーが並んで見えます。

【池に映る五重塔】 
 伝法院の庭園は、約3,700坪あります。
 庭園は、江戸時代はじめの寛永年間(1624~44)に有名な小堀遠州(こぼりえんしゅう)により作られたと伝えられています。
 心字池のくびれた所は、五重塔を撮影する絶好のビューポイントです。
 左は3月の時の写真、水面に五重塔が映っています。右は、浅草散歩の時の撮影ですが、若葉が萌え出ています。
 若葉と小雨模様の天気のため、水面に映る五重塔はとれなくなってしまったので、若葉が出る前のものも載せました。
c0187004_10433976.jpgc0187004_10435392.jpg

【絵になる大書院】 
 庭園に面して大書院(おおじょいん)があります。
 大書院は明治4年(1871)に建築されたものです。
 上・中・下の間に分かれていますが、江戸時代のものは、輪王寺宮が浅草寺にこられた時は、上の間で休まれたと書かれていますが、現在は、あまり使用されていないようです。
 公開初期は、ここでお茶の接待がありました。23日は、大書院の隣の「新書院」でお茶の接待があり、参加者全員でいただきました。 

 庭園からみた大書院、枝垂れ桜が満開の時に撮った大書院です。
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 もう一枚 スカイツリーをバックにした大書院です。これも3月に撮った写真です。
c0187004_1163581.jpg


【本堂裏から出土した石棺】  
 これは古墳時代末期の石棺です。大書院の前に置かれていました。
c0187004_10404727.jpg 明治の初めに、本堂の裏手から発掘されたものだそうです。
 浅草は、江戸でもっとも早く人が住みついた場所といわれていましたが、それを証明するものといわれています。
 なお、戦災で本堂が焼失した後、再建するため発掘調査したそうです。すると、そこから、奈良時代の遺稿や道具が出土して、浅草寺は奈良時代にかなり大きなお寺であったことがわかったそうです。

【庭園内の茶室「天佑庵」】   
 天祐庵は、江戸時代の天明年間に尾張名古屋の茶人牧野作兵衛が京都の表千家の茶室「不審庵」をそっくりまねして作らせたものですc0187004_10413640.jpg 大正5年に向島の水戸徳川家のお屋敷(徳川圀順邸)、同12年に上目黒の現ツムラの前身である津村順天堂の創業者津村重舎(つむらじゅうしゃ)邸に移築されました。
 目黒に移された直後、関東大震災がおきました。
 関東大震災で水戸徳川家のお屋敷は壊滅してしまいました。
 しかし、この茶室は幸運にも、関東大震災をまぬがれたため、「天祐神助」(天の助け、神の助け)であると喜び、「天祐庵」と名付けられたそうです。
 さらに戦災をまぬがれ、昭和33年10月、東急の五島慶太ならびに浅草寺婦人会の尽力により伝法院に移築されたものです。
 東京都の有形文化財に指定されています。  


 今回の特別公開の間に4回、庭園に入りました。
 その時々で景色が変わるのに驚かされました。
 先週土曜日には藤やつつじが咲き始めていましたので、こらからは、それらが目を楽しませてくれます。
 こんなすばらしい庭園が非公開なのは大変残念です。

 また、大絵馬もすばらしいものでした。参加された皆さんも大変驚いていました。そして喜んでいました。
 撮影禁止であるため、それらが紹介できないのが大変残念です。
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by wheatbaku | 2011-04-26 06:07 | 大江戸ガイド | Trackback
浅草の老舗(浅草散歩① 大江戸ガイド)
 土曜日に、浅草観音様に行ってきました。
 「江戸の老舗をめぐる会」の人たちと一緒でした。
 12時から「三定」で昼食し、仲見世の老舗と浅草寺をご案内し、最後は、メインの「大絵馬寺宝展と伝法院庭園特別公開」の拝観でした。
 今日は、浅草で江戸時代に創業した老舗が中心の訪問記です。

【てんぷらの老舗「三定」】  
「江戸の老舗をめぐる会」ということで、昼食は「三定」にしました。
c0187004_167412.jpg 「三定」では、「三定」の真田専務さんが「三定」の歴史を教えてくれました。
 それによると、江戸時代の天保8年(1837)に、三河出身の創業者「定吉」が、人形町でお店を始めたのが最初だそうです。
 その後、浅草にもお店を出し、現在まで約160年続いているとのことでした。
 真田専務さんにはお忙しいところご挨拶いただきありがとうございました。
 ということで、「三定」はてんぷらの名店ですので、私は「天丼」を頼みました。

【人出の少ない仲見世」】  
c0187004_1672910.jpg 雷門の御案内の後、仲見世のお散歩です。
 小雨模様でしたので、観光客は少なかったです。ただ仲見世の人に聞くと、最も大きな影響は、東日本大震災で外国人観光客が少なくなったことだそうです。
 写真は、通行客が少なくなってしまった仲見世です。
 こんなに人の少ない仲見世は、近来見たことがありません。

【粟ぜんざいの「梅園」】   
c0187004_1825796.jpg 「梅園」に寄りました。
 「梅園」は、昼食後間もないし、店内で食べる時間がありませんでしたので、ご案内だけでした。
 しかし、散歩終了後に、店内で食べた人もいました。また、おみやげに名物の「粟ぜんざい」を買ったひともいます。
 私は、その後、夕食に食べる「アリゾナ」のビーフシチューのことを考え我慢しました。
  それにしても、「梅園」も空いていました。

【長寿の店「金龍山」】  
c0187004_168299.jpg 次いで、「金龍山」です。
 「金龍山」は、延宝3年(1675)創業で、創業以来350年がたとうとする老舗中の老舗です。
 「金龍山」は浅草に行くと必ず寄るお店です。
 「金龍山」では、現在のメイン商品は、「揚げまんじゅう」です。
 ご賞味のため、6個買いました。その場で、いきなり、みんながご賞味でした。
 あさっりした甘さの餡で、大変好評でした。
 (なお、仲見世は立ち食いは好ましくないとされていますのでご注意ください)
  80歳の御主人と102歳のおばあちゃん、あいかわらずお元気でした。


【江戸玩具の老舗「助六」】  
c0187004_1683241.jpg その次は「助六」です。
 「助六」は江戸趣味の小玩具を売っています。
 ここでしか売っていないものばかりです。
 写真は、代表的なおもちゃの「ざる(かぶり)犬」と「赤ふくろう」です。

【本堂の天井絵】  
 その後、宝蔵門・五重塔を見て、本堂にお参りです。
 本堂の中では、天井に描かれた川端龍子画伯の「龍」や堂本印象画伯の「天人」を見てもらい、その後、観音様におまいりしました。
 天井の絵は素晴らしいのですが、気づかない人が多いので、今日はひときわ大きく写真を出しておきます。
c0187004_169442.jpg


 その後、浅草神社、ニ天門の案内のあと、今日のメインの「大絵馬寺宝展」と伝法院の庭園を拝観しました。 この話は、次回書きます。


【洋食屋「アリゾナ」】  c0187004_1692870.jpg
 最後の懇親会は、「アリゾナ キッチン」でした。
 ここは、作家の永井荷風が通ったお店ですので、お店には、永井荷風の写真が貼ってありました。
 メインはビーフシチューですの、私はビーフシチューをオーダー、他の人は大部分がタンシチューでした。

 雨模様でしたが、雨が降ってきたら屋根のある所で案内し、ほとんど雨の影響をうけずに、浅草を楽しむことができました。
 雨模様の浅草は初めてでしたが、雨の時の浅草も風情があっていいものだと実感しました。
 ご参加いただいた皆さんありがとうございました。御世話になりました。
 
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by wheatbaku | 2011-04-24 18:25 | 大江戸ガイド | Trackback
日本橋七福神&両国ガイド (大江戸ガイド)
 本日(8日)、日本橋七福神と両国のガイドをしてきました。
 ご参加いただいた方は13人の方でした。

c0187004_22444986.jpg 朝10時に水天宮をスタートして次のような順で回ってきました。
 水天宮 ⇒ 松島神社 ⇒ 茶の木神社 ⇒ 小網神社 ⇒ 西郷隆盛屋敷跡 ⇒ 大観音寺 ⇒ 甘酒横町 ⇒ 笠間稲荷神社 ⇒ 末廣神社 ⇒ 椙森神社 ⇒ 小津和紙 ⇒ 宝田恵比寿神社 ⇒ 十思公園 ⇒ 大安楽寺 ⇒  (電車で移動) ⇒ 回向院 ⇒ 本所松坂町公園
 写真は小網神社でお参りをする参加者の皆さんです。

c0187004_22491812.jpg 天気は晴れ、風も吹かずに、寒さもそれほど厳しくなく、冬場としては歩きやすい天候でした。
 日本橋七福神の各札所が混雑するのではないかと心配していましたが、ほどほどの混雑で比較的スムーズにお参りをすることができました。
 各札所では、7日を過ぎていたので、色紙の取り扱いは終了していて、七福神像を拝観できない神社もありました。
 それにもかかわらず、参加者の皆さんは熱心かつ真摯にお参りをされていました。

 写真は元吉原の氏神様であった末廣神社でお参り前の説明を聞いている参加者の皆さんです。
  

c0187004_2246016.jpg 日本橋七福神は人形町を中心に水天宮駅から小伝馬町駅の間にありますので、七福神めぐりだけでなく、江戸時代創業もしくは江戸と関係の深い老舗にもご案内し、買物を楽しんでいただきました。
   ご案内したお店は、「人形町亀井堂」「うぶけ屋」「小津和紙」「大川屋」です。
 ご案内したお店にはすべて親切に応対していただきました。
 写真は、瓦せんべいで有名な人形町亀井堂で説明をきく参加者の皆さんです。この後、お買い物タイムでした。

 ご参加いただいた方は、浅草寺ツアーにご参加いただいた方がほとんどでしたので気心がわかり、安心してガイドすることができました。
 ご参加いただいた皆さんからは 「なにげなく通り過ぎている街角に、こんなに歴史が隠されているのに驚きました」等の感想をいただきました。
 ガイド冥利につきるおほめの言葉とうれしく思いました。
 
 最後は 吉良邸跡の本所松坂町公園で記念撮影をしました。
 ご参加いただいた皆さんお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。楽しくガイドができました。
c0187004_9411411.jpg


 今回ご案内したコースについては、これから順次ブログに書いてきます。
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by wheatbaku | 2011-01-08 22:28 | 大江戸ガイド | Trackback
浅草寺ガイド (大江戸ガイド)
 先週の土曜日11月27日に、浅草寺のガイドを行いました。
 「interblue」という旅行プロジェクトの企画「歩らり 江戸探訪」のガイド依頼があり、案内をしてきました。

c0187004_1891576.jpg 参加者は15名の方で、都内の人が中心ですが、遠くは高崎、藤沢からもご参加いただいた方がいてうれしく思いました。
  今回は13時から16時の予定で、駒形堂からスタートして、次のコースで案内をしました。
 駒形堂 ⇒ 雷門 ⇒ 仲見世 ⇒ 宝蔵門 ⇒ 弁天山 ⇒ 本堂 ⇒ 浅草神社 ⇒ ニ天門⇒ 影向堂 ⇒ 銭塚地蔵堂 ⇒ 淡島堂 ⇒ 新奥山
 写真は、駒形堂で説明を聞く参加者の皆さんです。

c0187004_1863841.jpg 昨日は、絶好の行楽日和で、浅草寺も多くの行楽客でにぎわっていました。
 そのため、ガイドは予定をオーバーして、5時前までかかってしまいました。

 写真は、雷門の裏側で、大提灯の説明と「金龍・天龍像」の説明を聞く参加者の皆さんです。

 参加者の皆さんは、浅草寺は何回もきているようですが、知らない浅草寺あるいは気付かない浅草寺を案内してもらえたと喜んでいただきました。
 特に本堂の内陣に入ってお参りできたことを多くの人が喜んでくれました。

 参加いただいた皆さんお世話になりました。つたないガイドを熱心に聴いていただいてありがとうございました。

 今回は、思いがけずにラッキーなことが3つありました。
c0187004_17572623.jpg【金龍山浅草餅の親切な対応】  
 まず一つ目は、仲見世で「金龍山 浅草餅」の説明をしていたら、ご主人の吉住さんが気付かれて、お店のしおりを渡してくれました。
 お店の商売の邪魔をしないように、反対側の伝法院前で説明していたのですが、大勢の通行人がいるなかで、よく気がついていただいたものだと驚きました。
 ツアー参加者にもお話したら、早速、女性の参加者の方が休憩時間に「揚げまんじゅう」を買ってきて食べて「おいしい」と喜んでいました。
 また、ツアー終了後もおみやげに買われる人がいました。


c0187004_18274390.jpg【弁天堂の開帳】 
 二つ目は、弁天堂の扉が開いていたことでした。弁天堂には、もう何回も行っているのですが、弁天堂が開いていることは一度もありませんでした。
 この日は、幸いにも弁天堂が開帳していて、御本尊の老女弁財天も拝観することができました。
 弁天堂は「巳」の日に開帳されます。27日はちょうど「巳」の日でしたので開帳されていたのでした。


c0187004_1831012.jpg【浅草神社での結婚式】 
 三つ目は、浅草神社で結婚式が行われているのに出会いました。
 浅草神社で神前結婚式を受け付けているのは知っていましたが、まさか結婚式本物に出会えるとは思いませんでした。
 ガイドを中断して、新郎新婦のカップルを参加された皆さんと一緒に見つめてしまいました。 
 参加者の皆さんも非常に喜んでいました。

 このように、天候、お客様、その他の思いがけない幸運に恵まれた「浅草寺ツアー」でした。
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by wheatbaku | 2010-11-29 06:23 | 大江戸ガイド | Trackback
  

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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