カテゴリ:江戸の味( 18 )
「ぼうず志ゃも」(江戸の味)

昨日は、江戸検1級2期合格者の集い「伴四郎会」で、両国の「ぼうず志ゃも」に行ってきました。

「ぼうず志ゃも」は、両国駅から5分のところにあります。

c0187004_15405025.jpg現在は、回向院の西側の静かな通りに面しています。

通りに面しているといっても、周りは住宅も立ち並ぶ地域にたつ日本家屋ですので、なにげなく見過ごしてしますかもしれないという立たずまいの落ち着いた門構えです。

しかし、「ぼうず志ゃも」の創業は天和年間だそうですので、創業以来300年を超える老舗のなかの老舗です。

現在は、落ち着いた街並みですが、創業時から変わらすに現在の場所にあったとすれば、江戸時代は、回向院は、隅田川を向いていましたので、江戸時代には、回向院の門前にあったことになります。さぞかし盛り場の中だったろうと想像したりします。

「ぼうず志ゃも」というちょと変わったお店の名は、創業者が、舟頭衆のけんかの仲裁をするために、坊主頭となっていたこと由来しているそうです。

「ぼうず志ゃも」の名物は、店名の通り、しゃもなべです。

 しゃもなべの名店はほかにもありますが、しゃも鍋の提供を始めたのは、当c0187004_15411611.jpg店が最初だそうです。

昨日は、コースでお願いしましたが、メインはやはりしゃも鍋です。

名物のしょも鍋は、千葉県で飼育されているしゃもを使い、ぼうず志ゃも独自の味噌や割下を使用しているそうです。白滝・葱も加わっています。

すべて、仲居さんが作ってくれました。

お肉はやわらかく味も抜群でした。

参加者は、「ぼうず志ゃも」で会食ができるのを楽しみにしていたメンバーばかりですので、大好評で、人形町の某有名店より、おいしいという感想もありました。

しゃも鍋を食べながら、参加者の近況報告もありました。
c0187004_15413327.jpg メンバーは、江戸検1級に合格した後、各人とも様々な分野で活躍しているので、話題は豊富です。

史跡案内の話、古文書の話、大学やカルチャーセンターでの講座の話、街道歩きの話、話はつきません。

伴四郎会の面々は、江戸検合格後も、一心不乱に江戸の追及をしています。

そのため、誰かが疑問があって質問しても、すぐに誰か答えてくれるというのが、この伴四郎会の強みです。私も大変助かっています。

歓談の中では、昨日も様々な疑問が出ていましたが、すぐに解決してしまいました。

江戸の話題は尽きませんが、予定時間も大幅に超過したため、記念写真を撮って御開きとしました。

取り締り役のM御大さん・幹事役のTさん大変お世話になりました。ありがとうございました。

そして、ご参加の皆さん、楽しい時間ありがとうございました。

c0187004_15415079.jpg
 「ぼうず志ゃも」は赤印です。






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by wheatbaku | 2016-11-30 15:37 | 江戸の味 | Trackback
両国「ももんじや」(江戸の味)
  両国の忠臣蔵散歩の下見の際に、猪料理の「ももんじや」に寄りましたので、今日は、「ももんじや」のご紹介をします。

 
c0187004_8352822.jpg 「ももんじや」は、両国橋の東たもとにあります。
 「ももんじや」という言葉は聞きなれない言葉ですが、漢字で書くと「百獣屋」と書きます。この字を見ると「ももんじや」の商売がわかります。つまり「獣肉」を取り扱うお店という意味です。

 本来、「ももんじや」というのは獣の肉を商う店の総称です。この両国橋東橋詰のももんじやは屋号を豊田屋といいます。つまり、当初は「ももんじや豊田屋」と呼んでいました。
c0187004_8412191.jpg 享保3年(1718)創業ですので、もう300年近くは経つお店です。
 豊田屋はもともと漢方薬を商っていた店でしたが、享保3年に獣肉屋に転業したのだそうです。
 江戸時代は、表向きは肉は食べてはいけないとなっていたため、獣の肉を食べるのは病気を治すためだという口実をつけて「薬喰い」と呼びました。
 ですから、薬として「獣肉」を売っていたものが、「獣肉料理」を売るようになったようです。
 明治になって、、他のももんじやが廃業し看板をおろして少なくなったため、「ももんじや」をいう商号を商標登録したため、こちらだけが「ももんじや」と呼ばれるようになりました。
 現在で9代目とのことです。


c0187004_842222.jpg さて、お昼に訪ねましたので、ランチをいただきました。
 猪丼定食 
 1200円、
 猪小鍋定食A
 1350円 
 猪小鍋定食B
 1800円
 でした。
 そこで、猪小鍋定食Aを頼みました。
 猪鍋、小鉢、御新香、ごはん、味噌汁というセットです。
 猪鍋は、味噌仕立てで、猪肉を煮込んだものです。
 猪は、丹波で獲れたものが送られてくるそうです。c0187004_8422842.jpg 11月狩猟解禁ですので、11月からは生肉が送られてきますが、シーズンオフは冷凍したものを使用しているそうです。
 ちなみに、お店がにぎわうのは、やはり猪猟が解禁となる11月からだそうです。
 味噌は、三河の八丁味噌をベースに関東の味噌をブレンドしたものを使用しているそうです。
 味は少し濃いように思いました。その旨を仲居さんに告げたら、「おや そうですか!」といった反応でしたので、濃いという感想をいうお客は少ないのかも知れません。
 猪肉は、臭みもなく、固さもなく、豚肉と大きな違いはありませんでした。


c0187004_8431094.jpg お店の脇には、猪がぶら下げられていて、通行人の注目を浴びています。
 この猪ですが、いかにも本物のように見えますが、はく製だそうです。
 言われてみれば尤もです。本物が都会の真ん中にぶら下げられているはずがありません。
 でも、昔は、本物が2・3頭ぶら下げられていたそうです。
 これは、主として血抜きと肉を柔らかくするためだそうです。
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by wheatbaku | 2013-10-09 08:45 | 江戸の味 | Trackback
海苔 (江戸の味)
 みなさん! 「海苔の日」というのがあるのを知っていますか? 
 2月6日は「海苔の日」なんです。
 昭和41年に全国海苔貝類漁業協同組合連合会(全海苔漁連)が2月6日と「海苔の日」と定めたそうです。
c0187004_14163650.jpg また、「山本海苔店」さんのブランドは「梅の花」ですが、以前お邪魔した時に、T店長さんから、そのブランドの由来は海苔の旬が梅の咲く頃であることによるのだと教えていただきました。 「山本海苔店」さんの記事は  こちら です。 

 そうしたことから、今日から海苔の話を提供します。
海苔の名の由来
c0187004_1050613.jpg 海苔の語源は、大言海によれば、「粘(ヌル)滑(ヌル)の義」と書かれていて、糊と血(ノリ)と同じとしています。
 触った感触がヌルヌルしていることから付けられた名前のようです。 
 飛鳥奈良時代、海苔は、漢名で紫菜と書かれました。和名はムラサキノリでした。
 また神仙菜と書いてアマノリと読んでいました。やがてアマノリは甘海苔と書かれるようになり、室町時代までは、ノリは 紫菜(ムラサキノリ)や甘海苔(アマノリ) と書かれていました。
 しかし、江戸時代には、「苔」一字で「ノリ」と読んでいたそうです。
 総称として海苔と書くようになったのは、江戸時代中期から徐々に使われ始めて、本格的に使われるようになったのは明治以降だそうです。

海苔の歴史 
 奈良時代の大宝元年(701年)に制定された日本最古の成文法典である「大宝律令」によれば、29種類の海産物が租税として納められていました。そのうち8種類が海藻で、海苔はその1つとして認められているそうです。
 平安時代の「延喜式」には、五位以上の高官だけに支給される19種類の海産物の中に紫菜(ムラサキノリ)が入っていました。
c0187004_21124242.jpg 平安時代は、海苔は庶民の食べ物ではなく貴族だけが食べられる大変な貴重品でした。
 鎌倉時代には、源頼朝が伊豆から届いた甘海苔を後白河法皇に献上したことが「吾妻鏡」に載っているとのことです。
 しかし、鎌倉・室町時代は、それ以前と比べて海苔の消費は落ちてしまいました。
 そして、江戸時代になって、浅草海苔が誕生し、海苔が大いに普及するようになりました。

 

 この記事を書くにあたっては、情報や資料の提供で「山本山」さんのTさんにもお世話になっています。  「山本山」さん訪問記は こちら です。 
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by wheatbaku | 2010-02-03 06:16 | 江戸の味 | Trackback
柿の葉すし (柿 番外 江戸の味)
 柿の生産量が多いのは、第1位は和歌山県、第2位が奈良県となっています。
 この大量に生産される柿の葉を利用したすしが 「柿の葉ずし」 です。
 
【柿の葉ずしとは】
c0187004_2204929.jpg 柿の葉ずしは西日本に多く、特に奈良県の吉野地方から和歌山県の紀ノ川沿いの村でよく見られます。
 柿の葉ずしの始まりは、江戸時代中期と考えられています。

 作り方は、まず、合わせ酢をして冷ましたご飯を堅く握ります。この上に、酢を数時間あてた塩さばの皮をむいて身を薄くそいだものを載せます。これを柿の葉で包み、すし桶に並べて押し蓋をして、重石を載せて一昼夜おいておきます。こうすることにより柿の葉のほのかに甘い香りが酢飯に移っていきます。

 吉野地方では、7月上旬の夏祭りには必ず作られたそうです。酢飯の味つけは家々により少しずつ異なり、それがその家独自の柿の葉ずしの味となったそうです。

【柿の葉はどうするの?】 
c0187004_22104690.jpg 柿の葉は、主に渋柿の代表的品種である平核無(ひらたねなし)が使用されます。
 渋柿の葉は、甘柿に比べて軟らかく包みやすいことから渋柿が使われているそうです。
 柿の葉ずし店では、多量の柿の葉を毎年用意する必要があり、近くの柿農家から大量の柿の葉を手にいれます。5月末から9月中旬が葉を採る時期で、7月~8月がピークとなり、採った葉の大部分が塩漬けされます。


【柿の葉は食べられるの?】 
 c0187004_2211922.jpgところで、柿の葉ずしの柿の葉は食べられるのか疑問に思いましたので、少し調べてみました。そうしましたら、柿の葉ずし御三家の一つと言われる平宗のHPには
 『柿の葉に栄養素が多く含まれているため、一緒に食べるものと思われている方が多いですが(中にはそういう主義の方もおられます)、食味の上からも取り除いて召し上がって頂く方がよりおいしいと思います。
 勿論柿の葉はきれいに洗浄して使用しておりますので一緒に召し上がって頂いても何ら差し支えはありません。』
 と書いてありました。

 柿の葉は取り除いて食べた方がよさそうですね。

 ところで、柿の葉ずしの御三家とは、上記の「平宗」の他「ヤマト」「たなか」だそうです。それぞれ、取り寄せが可能なので取り寄せて食べ比べしてみたい気がします。

 
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by wheatbaku | 2009-10-27 06:10 | 江戸の味 | Trackback
甘柿 (柿 ④ 江戸の味)
 今日は甘柿のお話です。
 甘柿は渋柿の突然変異種と考えられており、日本特産の品種です。
 未熟時は渋いが、熟すに従い渋が抜け、甘みが強くなっていきます。
 建保2年(1214)に神奈川県川崎市麻生区の王禅寺で偶然発見された禅寺丸が、日本初の甘柿と位置づけられています。

 甘柿は、果実に種が無くても熟すと常に甘みを持つ完全甘柿と、種の有無・多少により成熟時に渋が残ることがある不完全甘柿に分類できます。
 不完全甘がきの品種では種の少ない果実では渋味が残ることがあります。
 完全甘がきは果肉内の褐斑が少なく、不完全甘がきには多くの褐斑が入るのが特徴です。

 完全甘柿の代表的な品種は、富有次郎です。

富有(ふゆう)  c0187004_18195449.jpg
 完全甘柿の代表品種で、生産量は市場の半数以上を占めます。
 安政4年(1857)から栽培されている歴史の長い柿です。
 原産は岐阜県で、岐阜県瑞穂市居倉に原木があります。
 形はふっくらと丸みがあり、果皮はオレンジ色。果肉はやわらかくて果汁も多く、甘みが強いのが特徴です。 日持ちは良く10月下旬頃から出回ります。

次郎  c0187004_22104299.jpg
 背が低く四角張った円形をした完全甘柿です。
 静岡原産で天保15年(1844)頃から栽培されています。次郎は静岡県森町に住んでいた松本次郎吉に由来する柿です。
 「富有」に次いで人気のある柿で、種はほどんどなく、果実はややかためで甘く歯触りの良い食感です。
 収穫時期は10月下旬頃からです。


不完全甘柿の代表的な品種は、上記の禅寺丸や愛知県が発祥の筆柿などがあります。

筆柿  c0187004_22154322.jpg
 愛知原産の柿で、果形が筆の先の部分に似ていることからこの名前で呼ばれるようになりました。
 不完全甘柿のため甘みが出ると果肉にゴマ(黒い斑点)が入ります。
 大きさは80~130gくらいと小ぶりで種があり、やさしい甘みがあります。時期は9月中旬頃からです。




 この3種類を食べてみました。「富有」と「次郎」の外見で区別するのは、なかなか難しいですね。また、味で区別するのも難しいと思います。
 しかし、「筆柿」は外見を見て区別はできます。どれが好きかは、人それぞれだと思いますが、私は筆柿が気に入りました。
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by wheatbaku | 2009-10-26 05:42 | 江戸の味 | Trackback
渋柿 (柿 ③ 江戸の味)
 今日は、「渋柿」についてお話します。
 柿の品種数は数が多く、1,000を超えるとも言われますが、大まかには、渋柿と甘柿とに分かれます。
 渋柿は実が熟しても果肉が固いうちは渋が残る柿です。渋柿なんか市場に出ていないなんて思っていましたが、意外と渋柿が市場に出ています。
 現在、柿の生産量が一番多い品種は、「富有」「平核無(ひらたねなし)」「刀根早生(とねわせ)」「次郎」の順なのですが、このうち、「平核無(ひらたねなし)」と「刀根早生(とねわせ)」が渋柿なんです。

【平核無(ひらたねなし)】 
c0187004_14445229.jpg 渋柿の代表的な品種は、「平核無」です。この字で「ひらたねなし」と読みます。
 「種なし柿」としてよくスーパーで売られている品種です。
 「平核無」は、新潟県では八珍(はっちん)、山形県では庄内柿、佐渡ではおけさ柿など、産地によって別名を持っています。
 「平核無」の原産地は新潟県です。
 原木は新潟県新潟市秋葉区(旧新津市)古田にあり、樹齢約300年、高さ16m、幹周り2mの巨木で県指定天然記念物となっています。
 種のない柿であるということから、越後の七不思議に次いで八番目に不思議なものとして「八珍(はっちん)」と命名されたそうです。
 庄内柿は、庄内藩家老酒井了明(のりあき)の次男の酒井調良(ちょうりょう)が、明治の中ごろ、友人が、越後の行商人から買った種がない不思議な柿を栽培し育成し産地化したものです。
 おけさ柿は、昭和初期になって佐渡郡羽茂村の技術員が庄内柿の穂木を佐渡に導入し産地化したものです。

c0187004_21172761.jpg 不完全渋柿ですが、出荷時に渋抜きを行うことで甘くなります。
 果汁が多くてやわらかく、甘くてまろやかな口当たりで人気があります。形は、「平核無」の名前のとおり四角張った扁平な形をしています。10月中旬~11月頃に出回ります。
 写真をみていただいてわかると思いますが 名前のごとく、種がありません。


【刀根早生(とねわせ)】 
 刀根早生(とねわせ)は、江戸時代に開発されたものではなく、昭和55年に登録された渋柿というごく最近にできた品種です。しかし、生産量3番目なので、少しコメントします。
 刀根早生は平核無の枝変わり品種です。
 奈良県で発見され、平核無より2週間程度早く収穫されます。
 9月末~10月中旬にかけて、平核無に先駆けて出回る品種です。
 昭和55年に登録された新しい渋柿ですが、生産量の伸びは著しいものがあります
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by wheatbaku | 2009-10-24 12:32 | 江戸の味 | Trackback
渋柿の渋抜き (柿② 江戸の味)
 柿の実の 甘きもありぬ 柿の実の 渋きもありぬ 渋きぞ うまき 
 柿が大好きであった正岡子規の短歌です。

 柿には「甘柿」と「渋柿」がありますが、これらの違いは渋味成分「タンニン」が口の中で溶けるかどうかできまります。溶けると渋くなり、溶けなければ甘くなります。

 【渋柿はなぜ渋い】 c0187004_13294158.jpg 
 まだ柿の実が小さいうちは、全ての柿に渋があります。
 ところが甘柿の場合は、果実が大きくなるにつれてタネが育ったり渋が変化したりして、食べたときに渋味を感じなくなります。
 甘柿は渋柿の突然変異種と考えられており、日本特産の品種です。
 これに対して渋柿は、収穫期になっても渋が残り、そのまま食べると渋く感じます。

  渋味の原因は、正確には、シブオール(タンニンの一種)です。このシブオールが消えるか、あるいは水溶性から不溶性(唾液にとけない形)になると渋くなくなります。
 不溶性になって固まったのが、俗にいうゴマ(褐斑)です。ゴマが入っていれば渋が抜けた甘い柿であるといえます。

c0187004_13301959.jpg【渋抜き法】 
 可溶性のタンニンを、人工的にすべて不溶性タンニンに変化させれば、渋味を感じなくなり、おいしく食べられるようになります。
 渋を取り去る人工脱渋法には湯抜き法・アルコール法・炭酸ガス法・干し柿法などがあります。
【湯抜き法】  
 「湯抜き法」は江戸時代の初めから行われている方法です。 40℃ぐらいのお湯に半日~1日程度つけておくと渋が抜けます。

【アルコール法】  
 「アルコール法」という方法もあります。
 江戸時代末に考えられた方法で、酒が空になったばかりの酒樽に渋柿を詰めてておいたところ偶然に渋が抜けていたところから始まったとされています。そのため「樽ぬき法」とも呼ばれていました。
 焼酎をヘタの部分に塗ってからビニール袋に入れ(あるいは布や新聞紙に焼酎を含ませて一緒に入れる)、中の空気を追い出すようにしてビニールの口を縛ります。そのまま4~5日置いておくと渋が抜けます。

c0187004_14245760.jpg【炭酸ガス法】  
 市場に流通する柿で最も一般的な渋抜きの方法は、「炭酸ガス脱渋法」です。
 大きな産地では脱渋室の中にコンテナに入れた柿を入れ、炭酸ガスを注入します。そのまま1日ほど置いてから脱渋室から出し、2~3日ほど置いておくと渋が抜けます。


【干し柿法】   干し柿にすると、渋みは自然に抜けます。
 干し柿については、「正倉院文書」の天平宝字年間のものには、「干柿子」を購入した記録があるそうです。  また、10世紀はじめの「延喜式」の中では、祭礼の折に使う菓子類の中に熟柿と一緒に「干柿子」が挙げられているそうです。
 従って、奈良時代の昔から干し柿が食用として利用されていたことになります。
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by wheatbaku | 2009-10-23 06:15 | 江戸の味 | Trackback
柿 ①  (江戸の味)
 今年は柿が豊作なのでしょうか。 柿の木に、一杯、柿がなっています。
 柿が一杯実っていると、秋だなぁという気分になりますね。
 江戸時代には、いろいろな柿の品種が開発されました。また、10月26日は「柿の日」とされています。そこで、今日から、柿について書いていきます。 

【10月26日は柿の日】 
c0187004_1763343.jpg 「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」 
 正岡子規がこの句を詠んだのは、明治28(1895)年10月26日の奈良旅行の際と言われています。
 「柿の日」は、その日にちなんで、全国果樹研究連合会カキ部会が2005年に制定したものです。
 日本記念日協会の認定も受けているそうです。

【柿の名前の由来】 
 c0187004_1784564.jpg 柿の木は、主に中国、朝鮮、日本に分布しており、原産地は中国の長江流域と言われています。
 カキという名前は「アカキ」のアを略したものという説が有力です。
  「アカキ」は「赤木」とも「赤き実」とも「赤黄」とも言われますが、大言海には、「『赤木』の上略にて実についての名」と書かれていて、「赤木」説をとっています。

 柿の学名は Diospyrtos kaki です。そう、日本語の Kaki がそのまま学名になっています。
 日本から寛政元年(1789)にヨーロッパへ、明治2年(1870)に北アメリカへ伝わりました。
 このことから、学名にも  kaki  の名が使われるようになりました。 

【柿の利用は弥生時代から】 
 柿の種や杭として利用された柿の木が弥生時代の遺跡から見つかっているので、その頃には柿は食料や用材として利用されていたといわれています。
 また、奈良時代の天平宝字年間の東大寺の書物には、柿購入の記録が残っているそうですので、奈良時代には、柿が売買されていたようです。

 このように、柿は日本古来から利用されています。
 しかし、不思議なことに、万葉集の和歌では、柿は歌われていないそうですし、古事記と日本書紀には地名や人名の一部として出てくるだけだそうです。

c0187004_1795042.jpg カキが最初に登場するのは、平安時代の日本現存最古の薬物辞典(本草書)である「本草和名(ほんぞうわみょう)」という本で、「加岐」と書かれているそうです。
 柿という字は、この「加岐」という名前に、漢名の「柿」(シー)の字をあてたものです。

 日本での栽培は、10世紀、平安時代中期ころに始まったようです。
 品種改良や栽培法は主に日本で発達してきました。

 江戸時代初期の「毛吹草」には11種類の柿があげられています。
 しかし、果樹として本格的に栽培されるようになったのは明治時代になってからです。
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by wheatbaku | 2009-10-22 06:12 | 江戸の味 | Trackback
さといも ③ (江戸の味)
 今日も、里芋の話の続きです。今日は 「里芋」 の品種をいくつか紹介します。

c0187004_2255770.jpg 里芋は、根が大きくなったものではなく、地下にある茎の部分が肥大したものです。
 また、葉柄(葉をつける茎)も食用とされ「ズイキ」と呼ばれます。

【子芋を食べる里芋が主流】 
 品種は食用とする部分によって分類されます。
 植え付けた親芋を食べる種類、親芋からできる子芋を食べる種類、親芋・子芋の両方を食べる種類、 及び茎を食べる種類に大別されます。
 普通、里芋というと子芋を食べる種類を指します。
 その品種で里芋生産の8割以上を占めるそうです。

 『八つ頭』という種類もありますが、これは親芋・子芋の両方を食べる種類です。

【海老芋】 
 京料理で有名な『芋棒』は、里芋の一種の『海老芋』を棒だらと炊き合わせたものです。
 この芋棒に使われる『海老芋』京都の伝統野菜に指定されています。
 
c0187004_13403511.jpg 『海老芋』は、左の写真で縞模様のある芋です。『海老芋』は、享保(1716~1736)の頃、青蓮院門跡が、九州を巡行して、海老のような縞模様のある芋を持ち帰り、それを平野権太夫が拝領して、円山の地に栽培したところ、海老のような反りと縞模様をもった質の良い芋ができたので、その形状、姿から、『海老芋』と名付けられたといわれます。
 芋としては、比較的原始的な性質を残している品種で、肉質は粉質で、粘り気に富み、よく締まった風味を持つそうです。
何度も土寄せを行う特別な栽培方法により、形が海老のように曲がる最高級品だそうです。

c0187004_14294676.jpg【ズイキ】 
 ズイキは皮をむいて乾燥させ、使うときに茹でて酢の物や和え物にします。
 昔、加藤清正(1562~1611)は熊本城の畳にズイキを入れておき、籠城の際の非常食用に準備したそうです。
 右の里芋の写真は 季節の花300より転載させていただきました。
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by wheatbaku | 2009-10-07 05:50 | 江戸の味 | Trackback
さといも ② (江戸の味)
今日は「里芋」の話の2回目です。

 里芋は、米より早く日本に入ってきました。
 そのため、縄文時代の主食は里芋だったという説もあります。
 このように里芋は、米とならぶ主要な食料であったので、正月や十五夜など「ハレ」の行事に登場する食べ物となりました。

 今でもその風習は各地に残りっています。
c0187004_11474330.jpg 代表が、旧暦8月15日の十五夜を「芋名月」と呼んで、里芋を供え物にする風習です。
 これについては、先日説明しましたが、これは豊作を祈り収穫を感謝する農耕儀礼からきていると言えます。

 また、正月の雑煮にはなくてはならない食材です。
 さらに「餅(もち)無し正月」の習俗を伝える地域では餅の代用にもされました。c0187004_22543526.jpg

 本朝食鑑では次のように書いています。
 なお、本朝食鑑は、元禄8年(1695)に刊行された食物についての百科辞典です。
 医者の人見必大(ひとみひつだい)という人が書いています。

 『近世では、八月十五夜の月を賞するとき、必ず芋の子、青い莢(さや)つきの豆を煮て食べる。
 九月十三夜、月を賞するに、薄皮をつけた芋の子を衣被(きぬかずき)といって、生栗と煮食する。
 正月三朝、芋頭を雑煮に入れて、倶にこれを賞する。
 これらは上も下も、どこの家々でも、昔からの習慣としている』
c0187004_11465168.jpg
 十五夜では、里芋を煮て食べ、十三夜では、きぬかつぎを煮たことが書かれています。
 皮付きのままお供えにする『きぬかつぎ』は平安時代の女性の被り物に似ていることからそのように呼ばれるようになりました。

 現代では、秋には、芋煮会が各地で開かれます。里芋を食べて農作物の豊作と子孫繁栄を願う意味が込められています。
 日本一の芋煮会として有名な山形市の芋煮会は、先月9月6日に既に終了していました。
 東北地方はやはり秋が早いですね。

日本一の芋煮会フェスティバル看板
日本一の芋煮会フェスティバル看板 posted by (C)あつりん 
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by wheatbaku | 2009-10-06 06:13 | 江戸の味 | Trackback
  

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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