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御府内八十八ケ所巡り  目白地区
 御府内八十八ケ所巡りのお寺は、目白地区には、4ヶ寺あります。
  38番 金乗院(こんじょういん)c0187004_17491780.jpg 
 地下鉄副都心線の雑司が谷駅から歩いて5分。都電荒川線では、学習院下の方が近いですね。
 昭和20年の空襲でに本堂が焼失し、その後再建された立派な本堂は鉄筋コンクリートの近代的な建物です。

c0187004_13295648.jpg 山門も立派で、この門の前の道は宿坂といって昔の鎌倉街道のなごりとのことです。




54番 新長谷寺
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 新長谷寺は、有名な「目白不動」です。新長谷寺は、もともとは文京区関口2丁目にありましたが、昭和20年の東京大空襲で焼失したため、現在の金乗院に合併されました。
 従って、金乗院の域内に、不動堂として鎮座しています。


 35番 根生院(こんしょういん)
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 金乗院から歩いて2分、住宅街の中にあります。ご朱印の後、ご住職が、お寺の由来を語ってくれました。
 それによると、根生院は将軍家(西の丸)の祈願所として創設されて、特に大奥と関係が深かったとのことでした。そのために、檀家がないので、明治の廃仏毀釈など、苦労が多かったとのお話でした。

c0187004_1752475.jpg 将軍家との縁を表す「朱門」。門全体が、朱で塗られています。現在も、その色は残っています。住宅地の中に、将軍家ゆかりのお寺を見つけて感激しました。

 29番 南蔵院
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 金乗院から、やはり歩いて2分。根生院からは、一旦、金乗院前の交差点に戻ってから参拝しました。
 広くて明るい境内でした。本堂も近代的な建物ですが、歴史は古く、室町時代以前の開山です。

c0187004_17533239.jpg 本堂の階段に多くのバラの鉢が並んでいました。まだ、バラの時期ではありませんが、バラの時期は見事だろうと思いました。
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by wheatbaku | 2009-03-31 17:50 | Trackback
江戸の歳時記 潮干狩り
 今日は、旧暦の3月3日。c0187004_1602771.jpg
 3月3日は、上巳の節句、いわゆるひな祭りの日として有名ですが、江戸の庶民は、潮干狩りの日としても行楽を楽しんでいたようです。

例年3月3日は大潮になり、3日から6日が最適になるので、大勢の人が、潮干狩りに出かけたようです。

   c0187004_1933790.jpg
江戸の潮干狩りは、品川、高輪、深川などで行われました。
 江戸の庶民は、早朝から船に乗って沖に出向いて、正午ごろに潮の引いた干潟に下りて、貝類を拾って楽しんだことが東都歳時記に載っています。
 また、江戸名所図会には、品川の宿の欄に「品川汐干」として絵が載っています。
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by wheatbaku | 2009-03-29 13:59 | 江戸の歳時記 | Trackback
江戸屋敷にあった神社(3)  佐竹稲荷神社
佐竹稲荷神社c0187004_22582887.jpg
 
 神田駅西口にある佐竹稲荷神社は 佐竹家(秋田20万石)が、この地にあった上屋敷の鬼門除けのため 寛永10年(1635年)邸内に稲荷神社を勧請したのに始まります。
 秋田藩の上屋敷は、台東区(佐竹商店街があります)にあったものと思っていましたが、江戸初期の寛永の頃は、千代田区内神田にあったことを今回の参拝で知りました。

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 神社は小さいものの、佐竹稲荷神社の額がしっかりしています。



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 佐竹稲荷神社は、神田駅西口から2分。西口商店街の真ん中にあり、神社の前の道は、かなりの人が通行しています。通行人を写さずに神社を撮るのに苦労しました。
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by wheatbaku | 2009-03-26 23:05 | 江戸屋敷にあった神社 | Trackback
江戸の歳時記  花見
 桜の季節。上野公園の桜はほぼ満開。
 桜の下では花見酒を楽しむ花見客で一杯でしたc0187004_11311783.jpg
 
 江戸時代も、上野は桜の名所でした。上野の桜は、桜が好きな天海僧正のために、3代将軍家光が、吉野山から桜を取り寄せ植えさせたと伝えられています。
 上野のお山は、江戸時代は、寛永寺が徳川家の菩提寺であったことから、今のように、どんちゃん騒ぎはできなかったようです。
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 江戸の桜の名所は、そのほか、①隅田川、②飛鳥山、③小金井などが有名です。

  ①隅田川の桜は、4代将軍家綱が、常陸の桜川から移植させ、8代将軍吉宗が、桜の木をふやしたと言われています。
 ②飛鳥山は、8代将軍吉宗が、享保年間に、吹上御苑にあった松と桜を移植させたことに始まります。
 ③小金井は、3代将軍家光のころから植えられはじめ8代将軍吉宗のころ植え終わったようです。
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 吉原でも、寛永年間から、仲の町に、旧暦の3月1日から50日間、桜の木が移植されました。吉原にはもともと桜の木がありません。桜を楽しむために、桜の季節にだけ桜を植えるというのですから、江戸の人はすごいですね。
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by wheatbaku | 2009-03-26 21:47 | 江戸の歳時記 | Trackback
五色不動尊めぐり(3)
五色不動尊めぐりの最終回は、目黒不動尊と目青不動尊です。
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 目黒不動尊  瀧泉寺
 有名な目黒のお不動様は、山手線目黒駅から歩いて15分の距離です。
 目黒のお不動様の開基は、平安時代の八〇八年にさかのぼる歴史のあるお不動様で、日本三大不動の一つ(ほかは、熊本の木原不動尊、千葉の成田不動尊)に上げられています。


c0187004_12322522.jpg 瀧泉寺は、武蔵野台地の突端に当る地にあり、都心では数少ない湧き水「独鈷(とっこ)の瀧」は1200年間枯れた事がないと言われています。独鈷(とっこ)の瀧の上に本堂は建てられています。石段を登ってお参りします。



c0187004_12324254.jpg 本堂は大きな建物で、昇ってお参りができます。朝は6時30分から開いているそうです。
 目黒のお不動様は、関東三十六不動尊、江戸三十三観音、元祖山手七福神巡りで参拝して、今回で4回目になります。

c0187004_1233241.jpg目青不動尊 教学院
 新玉川線三軒茶屋から5分、世田谷線三軒茶屋駅のすぐそば、キャロットタワーのすぐ北側に接してあります。
 目青不動尊は明治15年、青山の教学院に移り、さらに明治41年に青山から現在の世田谷区太子堂4丁目に遷座しました。

c0187004_12331936.jpg 参道が二つあり、新しい参道は世田谷線の線路脇から入ります。こちらの参道の門に目青不動とかかれていて、この参道の正面に不動堂があります。
 境内はかなりゆったりしていますし、のんびりとした時間が過ぎていく雰囲気です。
 
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by wheatbaku | 2009-03-22 12:29 | 五色不動尊 | Trackback
「開国(佐藤雅美著)」を読む
c0187004_21125646.jpg 「開国」は、幕末の老中、堀田正睦の日米修好通商条約提携時の動きを描いた作品です。
 堀田正睦は、堀田正俊を祖とする佐倉堀田家の9代当主であり、阿部正弘の後の老中首座を勤めました。
 日米和親条約締結後に日本に着任したハリスとの条約交渉や勅許を得るために朝廷との交渉に非常に苦労した様子が描かれています。

 全体として、条約締結や勅許は、やむ得ざる仕儀で条約締結や勅許をえるために京に上ったのではなく、堀田の意思で進めたという構想で書かれています。
 そうした場合、条約締結は、時代の流れに沿ったものであると思うが、勅許を得ようと上京した点は情勢判断の甘さがあるということになるでしょう。
 堀田正睦は、「蘭癖」と呼ばれるほどの蘭学好きであったので、進取の気風はあったのだろうが、情勢を読むのは苦手だったのかも知れないと思います。
 しかし、この小説では、策略を用いることなく、愚直に、事を進めようとする人物と描かれていて、人間としては好ましい人物だと思います。そうすると、上京の際のの不首尾やその後の不遇は厳しすぎるのではないかと感じられました。

 その他、ハリスの人物像やハリスとの交渉の詳細がよく描かれています。
 また、徳川斉昭・一橋慶喜・松平慶永の人物像も描かれていて、この本を読むと幕末期に英明と言われている人物に対する評価も変わってしまうのではないだろうか。
 著者の書く斉昭、慶喜、慶永に対する評価は次のようにかなり厳しく書かれています。
 斉昭評:斉昭は、世間一般から抱かれている印象ととおよそ異なる、感情の抑制のきかない、思いついたことを口から出まかせにしゃべって一歩も譲らない、誰とでも見境なく争う、性格の狷介(けんかい)な男だった。虚像と実像に恐ろしく乖離があった。 
慶喜評:堀田にはなにか引っかかった。鼻につくのだ。「英邁」がである。一橋慶喜は「英邁」を鼻先にぶら下げている。それが鼻につくのだ。英邁が鼻につくだけではない。おそらくなにかにつけ口出しするようになるだろう。次の将軍なっていただきたくない。
 慶永評:松平慶永という殿様は、つねに時勢を憂えていなければ気のすまない、あからさまにいうと時勢を憂えることが好きな、早い話が騒ぎ立てるのが好きな、それで世間に認められよう、賢侯と思われようと考えていた、ありていに言うと目立ちがり屋の殿様だった。
 
文庫で800ページを超す大作であるが、日米修好通商条約調印前の幕府の動きがわかるおもしろい小説です。
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by wheatbaku | 2009-03-21 15:20 | 江戸に関する本 | Trackback
御府内八十八ケ所巡り(7) 神宮前・恵比寿・目黒地区
 今回は、神宮前、恵比寿、目黒地区です。
 ここは、神宮前に龍巌寺、恵比寿に室泉寺、目黒に高福院と、それぞれ1ヶ寺があります。従って、1ヶ寺廻ったら、駅に戻り、さらに次に向かうという参拝の仕方をしました。
 
 c0187004_1823648.jpg9番 龍巌寺
 地下鉄銀座線外苑前駅から10分にあります。しかし、お寺の入り口が外苑西通りに面しているものと思い込んでいたので、お寺の周りを一周することとなり、余分の時間がかかりました。

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       お寺は勢揃坂に面してあります。勢揃坂は、源義家が奥州征伐に向かう途中軍勢を勢揃いさせたという由来のある坂だそうです。
 境内は、緑が多く、都会にいるのではなく、林の中にいるかのような気分になります。
 寺務所がどこにあるかわかりませんでしたが、事前に電話で連絡しておいたため、本堂から奥さんが出てこられて、御朱印をいただきました。

 c0187004_1824080.jpg7番 室泉寺
 JR恵比寿駅から10分にあります。 境内は、緑も多く、閑静な雰囲気が漂っていて落ち着きがあります。
 参拝した時間が、法事の直前のようで、ご住職は袈裟をきたままで、御朱印を書いていただきました。
 また、本堂にも昇りお参りしました。お忙しいところありがとうございました。

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 明治通りからは、住宅街の中の昔の参道の面影が残る道を通ってお寺に向かいます。石段の上の山門は趣がある山門です。




c0187004_18233297.jpg  4番 高福院
 JR目黒駅から2分。 目黒通りから少し入ったところにあります。
 毎年秋に行われる「目黒さんま祭り」のメイン会場となる誕生八幡神社の東側が、参道入り口になります。
 参道から本堂までは短いし、本堂の前に車が駐車されていたので境内は狭いのかと思いましたが、地図をみると意外と広い境内のようです。
 
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by wheatbaku | 2009-03-20 13:50 | 御府内八十八ヶ所 | Trackback
「朝鮮通信使」を読む
 朝鮮通信使に関する本を2冊読みました。c0187004_14324796.jpg
 「江戸時代の朝鮮通信使」と朝鮮通信使の旅日記」の2冊です。

 朝鮮通信使は、「信(よしみ)を通わす」使節ということで、江戸時代には12回来訪してきている。使節は、正使、副使、従事官の三使と第一級の学者・医者・画家を含めた総勢500人の使節です。

 朝鮮通信使の船団は、通信使の船6艘のほか護衛の船を含めて800艘から1000艘になる大船団であったとのことでその多さに驚かされました。朝鮮からの船は、大阪に留まるため、船頭たち約100人は、大阪に留まっていました。

 大坂から京都までは淀川を川舟でのぼり、それからは陸路を江戸に向かいました。陸路というと東海道を考えますが、朝鮮通信使は、草津から中山道に入り、JR野津駅近辺から「朝鮮人街道」を通り、鳥居本で中山道に戻り、垂井で美濃路に入り、名古屋を通り、宮で東海道に合流するルートを通っており、全て東海道を通った訳ではありません。東海道を通って江戸へ向かったとばかり思いましたのでこれも驚きました。

 東海道の途中にある薩埵峠が開かれたのも、1682年に、東海道の親不知といわれた難所から通信使の安全を図るために開かれたとのことであり、ここにも朝鮮通信使の影響が見られます。

 朝鮮通信使の滞在先は、浅草の本願寺が中心だが、築地本願寺、谷中感応寺、瑞林寺、西久保天徳寺が予備として準備されていたとのことです。これは、江戸の火災を考慮した処置とのことです。

 全体を通して、江戸幕府がいかに朝鮮通信使と大切にしていたかがよくわかる本でした。時間がなくて一つだけ読むのでしたら。「江戸時代の朝鮮通信使」がお薦めです。
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by wheatbaku | 2009-03-17 19:27 | 江戸に関する本 | Trackback
五色不動尊めぐり(2)
 今回は目赤不動尊と目白不動尊の紹介です。
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 目赤不動尊 南谷寺
 地下鉄本駒込駅から2分の南谷寺は、本郷通りに面していて、訪れやすいお寺です。


c0187004_1451483.jpg 
 元和年間に、万行和尚が伊勢国赤目山で、授けられた不動明王像を護持し、駒込村の動坂に庵を開き赤目不動と号した後、三代将軍家光が鷹狩の途中に動坂の庵に寄り、目黒・目白不動に対し目赤と呼ぶべしと命じたということです。 
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 門から見えるのは本堂です。不動堂は右手の赤い幟のたっている奥にあります。






目白不動尊 金乗院
 c0187004_13593567.jpg 
目白不動尊は、地下鉄副都心線雑司が谷駅から5分のところの金乗院にあります。
 目白不動尊から駅名を取った山手線の「目白」からは、歩くと15分かかります。

 雑司が谷駅からは、宿坂を下って、金乗院に行きますが、宿坂は昔の鎌倉街道の名残だそうです。
 
 
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 目白不動堂は以前、文京区関口にあったのであるが昭和二十年五月の戦災により焼失したため、本尊の不動明王像を金乗院に移して合併したものです。

  これが金乗院の全景です。
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by wheatbaku | 2009-03-15 20:06 | 五色不動尊 | Trackback
御府内八十八ケ所巡り(6) 麻布地区
今回は麻布地区の参拝です。2ヶ寺参拝しました。

c0187004_21245481.jpg6番 不動院
 地下鉄六本木駅から5分、外苑東通りから北へ坂を下ったところにあります。
 案内には不在のことが多いとのコメントが載っていますので、事前に電話を入れて参拝しました。
 御住職の話では、「最近はほとんどいるのですけれどね」というお話でした。また、事前に連絡してもらえると助かりますとのことで感謝されました。

c0187004_21185126.jpg  本堂の中に入りお参りできました。お不動様の写真ははばかれるので撮りませんでしたが、堂の入り口を撮らさせていただきました。


c0187004_2125694.jpg27番 正光院
 不動院から約15分、地下鉄の六本木駅からは10分。昔のテレビ朝日通りに面しています。




本堂の庇越しにみる六本木ヒルズです。
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 六本木ヒルズからは5分の距離にあります。木の枝は桜です。桜の季節は素晴らしいだろうなぁと思いました。
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by wheatbaku | 2009-03-11 21:17 | 御府内八十八ヶ所 | Trackback
  

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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