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森のつく神社(5)  鳩森神社
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森のつく神社の最後は千駄ヶ谷の鳩森神社です。鳩森八幡神社とも呼ばれています。
 JR千駄ヶ谷駅を降りて、東京体育館の前の道を歩いて5分です。
 当社の鎮座は神亀又は貞観年間と伝えられる古い神社です。






c0187004_13342241.jpg 江戸名所図会によれば「社記にいわく、往昔(むかし)この地深林の中に時として瑞雲現じける。又ある時、碧空(へきくう)より白気降りて雲上に散ず。村民怪しんでかの林の下に至るに忽然として白鳩数多(あまた)西をさして飛びされり。依ってこの霊瑞を称し小祠(しょうし)を営み名づけて鳩森という」とあります。



c0187004_13345078.jpg 境内には富士塚があります。この富士塚は関東大震災後に修復されていますが、築造当時の旧態をよく留めていて、東京都内に現存するものでは最も古いものだそうです。
 頂上に至る登山道は正面に「く」の字形に設けられ、自然石を用いて階段としていて頂上まで登ることができます。
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by wheatbaku | 2009-04-30 20:16 | 神社参拝 | Trackback
森のつく神社 初音森神社
 森のつく神社の4番目は初音森神社です。

c0187004_17571830.jpg 初音森神社は、JR両国駅から10分のところにあります。
 初音森神社は、鎌倉中期の約700年前の創祠と伝えられる古い神社です。
 江戸初期まで馬喰町初音ノ森(現在、中央区馬喰町)の鎮守として祀られていましたが、郡代屋敷建設のため、隅田川を越えた現在地に移されました。

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 郡代屋敷は、浅草橋の南にありました。今は浅草橋南交差点の東日本橋交番の脇に案内板があります。(案内板の奥の建物が交番です)
 
 住宅街のなかの小さな神社ですが、日本一の繊維問屋街である横山町・馬喰町・東日本橋の鎮守様です。

c0187004_1834764.jpg 両国駅から、初音森神社へ行く途中には、本所松坂町公園があります。ご存知の通り、吉良上野介の屋敷跡にある公園です。




 
初音森神社は両国駅から行きます。赤印が本所松坂町公園、青印が初音森神社です。

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by wheatbaku | 2009-04-29 17:42 | 神社参拝 | Trackback
森のつく神社(3) 椙森神社
 森のつく神社の3番目の椙森神社は、東京メトロ日比谷線小伝馬町駅から5分のところにあります。

c0187004_222701.jpg 椙森神社は、平将門 の乱に藤原秀郷が戦勝を祈願した所とも言われ、また江戸城の太田道灌が雨乞い祈願のため、山城国伏見稲荷の伍社の神を勧請して信仰したと伝えられている神社です。
 江戸時代には柳森、鳥森とともに江戸城下の三森の一つに数えられ、椙森稲荷として庶民の信仰を集めました。

 
c0187004_22271777.jpg 椙森神社の富くじは江戸三富の一つにかぞえられたとのことで、盛大に行われた富興行をしのんで、境内に富塚の碑が建立されています。 富くじは、神社仏閣が改修費用を集めるために行われた現在の宝くじの原形といえるものです。 しかし、天保13年(1842年)天保の改革を進めた水野忠邦により廃止されました。 碑は大正8年に建立され、昭和28年に再建されたものです。 
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 柳家小さんの「宿屋の富」という落語には、この椙森稲荷での富くじが出てきます。
  なお、江戸三富とは谷中感応寺・目黒不動・湯島天神であるという有力説もあります。 
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by wheatbaku | 2009-04-28 22:30 | 神社参拝 | Trackback
時の鐘(4) 天龍寺の時の鐘
 時の鐘のある天龍寺は、JR新宿駅南口から徒歩3分ほどのところにあります。c0187004_2219732.jpg  南口を出て新宿4丁目を右に曲がった明治通り沿いに山門があります。その山門を入った右手のところに時の鐘があります。

 「天龍寺の時の鐘」 は、元禄13年(1700年)、第5代将軍徳川綱吉の側用人であった牧野成貞により寄進されました。

 現在の梵鐘は3代目で、明和4年(1767年)の鋳造で、寛永寺・市谷亀岡八幡宮の鐘と並び江戸三名鐘と称されたそうです。一方、鐘楼は、木造瓦葺、四脚吹貫造で、大正4年に建立されたものです。




c0187004_2382347.jpg 天竜寺の時の鐘は、江戸の外れにあったため、通常より早く鐘を鳴らし、内藤新宿で遊ぶ人々に「追出しの鐘」と呼ばれたといいます。また江戸の時の鐘のうち、ここだけが四谷大木戸の外、つまり府外にあり、登城する武士も時間がかかることから小半時、30分早く時を告げたと案内板に書かれています。
 今は大晦日の除夜の鐘だけになっているといいます。

c0187004_2383517.jpg 天龍寺のやぐら時計の案内板もありました。これによると、やぐらと時計とは、牧野成貞により時の鐘とともに寄進された時計で、この時計を元に鐘をついたということです。
 やぐら型の台に載せられているのでやぐら時計と呼ばれていて、時計の文字盤は明治以降24時間制のものとなっていますが、中央に牧野家の家紋がついているそうです。
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by wheatbaku | 2009-04-27 23:16 | 時の鐘 | Trackback
江戸からの和菓子(10)
 「龍昇亭西むら」は、浅草寺の雷門の正面にあります。商店が連なるアーケードの一角です。東京メトロ銀座線の浅草駅からは2分です。


 c0187004_18404541.jpg【広重にも描かれた老舗】  
 「龍昇亭西むら」は、もともとは、江戸末期に、雷門前の広小路に面した茶屋町でお茶屋を始めました。
 文政12年の広重作「雷門前図」には、西むらの看板をあげたお茶屋が描かれているそうです。
 その後、安政元年に上菓子屋を始めましたが、これを西むらの創業としています。
 屋号は、金龍山浅草寺の御供物などを引き受けていた関係から「龍昇亭西むら」と名づけたとのことです。
 


c0187004_1841814.jpg  【名物「栗むし羊かん」】
「龍昇亭西むら」で有名なのは「栗むし羊かん」です。 1本945円です。
 西むらの菓子は機械ではなく道具で作るそうであり、不揃いな雰囲気が手作りな感じを出しています。
 甘さを抑えた上品な味です。
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by wheatbaku | 2009-04-26 19:00 | 江戸からの和菓子 | Trackback
時の鐘(3) 上野の鐘
 c0187004_19163058.jpg上野の「時の鐘」 は、上野駅から歩いて5分のところにあります。上野公園といってもかなり広いので、精養軒を目標にして向かうとわかりやすいと思います。
 精養軒に向かって左手の小高い所にあります。周りは、かなり木が茂っていますので、一寸上を見ながら捜さないと見つからない感じです。

 初代の鐘は寛文6年(1666年)につくられましたが、現存するのは天明7年(1787年)に鋳直されたものです。松尾芭蕉の句「花の雲鐘は上野か浅草か」は有名ですが、芭蕉が耳にしたのは、上野の山の「時の鐘」の音と伝えられています
 この「時の鐘」は寛永寺の鐘楼に属し、今でも朝夕6時と、正午の3回、昔ながらの音色を響かせていて、環境省の日本の音風景100選に選ばれています。
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 精養軒の駐車場から見上げた「時の鐘」



 時の鐘は精養軒の手前にあります。(赤印が時の鐘です。) 

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by wheatbaku | 2009-04-25 13:07 | 時の鐘 | Trackback
江戸の歳時記(3)  更衣(ころもがえ)
 今日4月25日は、旧暦で4月1日です。 江戸時代、4月1日は、更衣(ころもがえ) の日です。

 これまでの冬の綿入れを脱いで、袷(あわせ)を着ます。
 綿入れとは、表布と裏布との間に綿を入れた着物です。袷というのは、表布と裏布とをあわせ、1枚の布のように仕立てた着物です。

 東都催事記には「四月朔日 更衣 今より五月四日まで貴賤 袷衣を着す、今日より九月八日まで足袋をはかず、庶人 単衣羽織を着す」と記されています。 

 また、守貞漫稿には「四月朔日。更衣と称し、今日より五月四日に至り、袷衣を着す。これにより、今、苗字に四月一日と書て、わたぬきと訓ず也」と書いてあります。
 
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by wheatbaku | 2009-04-25 00:51 | 江戸の歳時記 | Trackback
時の鐘(2) 浅草寺の時の鐘
 浅草寺の「時の鐘」は、宝蔵門の一寸手前の右手で、仲見世の2本東の通りを北に行った所(下記の地図を参照してください)の弁天山にあります。

 c0187004_22255975.jpg浅草寺の弁天山の「時の鐘」は、元禄5年(1692年)に五代将軍徳川綱吉の命により作られました。 鐘の大きさは龍頭、鐘身あわせて総高2.12m、口径1.16m、直径1.52mあります。1945年の空襲で戦火を浴びましたが無事に残り、鐘楼は焼け落ちたため1950年に再建されました。
 上野と浅草の時の鐘は松尾芭蕉の句「花の雲鐘は上野か浅草か」にもある通り、あまりにも有名ですが、芭蕉が聞いたのは、上野の時の鐘だったと言われています。
 現在は、毎日午前6時に役僧が撞き鳴らし、大晦日には「除夜の鐘」が鳴らされています。
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 松尾芭蕉の句碑が「時の鐘」のそばにあります。「くわんをんのいらか見やりつ花の雲」の句が上部に刻まれています。この句碑は、寛政8年(1796年)、芭蕉の103回忌に、浅草寺本堂の北西、銭塚不動の近くに建てられたものが、戦後この地に移建されたと案内に書いてあります。









 弁天山の地図です。赤印が時の鐘です。

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by wheatbaku | 2009-04-24 22:25 | 時の鐘 | Trackback
「最初の時の鐘の物語(坂内誠一著)」
 石町の 「時の鐘」 について、この本はかなり詳しく解説しています。 その中で、特に注目する点を書き上げます。

c0187004_2035392.jpg1、時の鐘の由来  
 大道寺友人という人の「落穂集追加」によると、家康が江戸に入国した頃、城内に鐘撞堂があって、6時の鐘をついていたが、やかましかったため、鐘をやめて太鼓を打たせた。しかし、秀忠の代になって、鐘を聞きなれていた人々のために、町内に場所を見立てて、鐘を撞くよう仰せ付けられ、町奉行が石町に鐘撞堂を造らせたのが、石町の時の鐘の起源とあります。

2、時の鐘はいつつくられたか
 時の鐘が設けられた時期には主として2つの説があるそうです。①寛永3年説(つまり家光の代)、②秀忠の代の2つです。寛永3年説が有力とのことです(十思公園の案内板にもそう明記されていました)が、著者は②秀忠の時代の元和4年にできたという説をとっています。

c0187004_2037774.jpg3、鐘撞堂の形はどうか
 鐘撞堂は、京間2間(3.94メートル)四方で、高さ3尺(91センチメートル)の石垣を築いた土台の上に、2間四方、高さ京間4間(7.88メートル)の3階建ての鐘楼が建っていたということで、全体では約9メートルとなり、かなり高いものだったようです。


4、時の鐘の届いた範囲は  
 石町の鐘の音が届いた範囲は、初めのころは、東は隅田川畦の浅草三好町、西は飯田町より麹町13丁目まで、南は芝浜松町4丁目、北は本郷6丁目までで、新吉原5町分が入り、総町数300町だったとのことです。
 現在の地名で大雑把に言えば、浅草から東大そして飯田橋さらに浜松町ということになりますので、相当広い範囲で時の鐘が聞こえたことになります。
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by wheatbaku | 2009-04-23 22:08 | 時の鐘 | Trackback
時の鐘(1) 石町(こくちょう)の時の鐘
 時の鐘は、ケンペルの泊まった「長崎屋」の近くにありました。江戸名所図会の「時の鐘」の項には、石町(こくちょう)のほか、浅草寺、本所横川町、上野、芝切通し、市谷八幡、目白不動、赤坂田町成満寺、四谷天竜寺の8ヵ所にあったと書かれています。
 このうち、石町、浅草寺、上野、四谷天竜寺の4つが現存しています。これを訪ねます。
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 石町の時の鐘は、もともとは、長崎屋の隣にありましたが、現在は、地下鉄小伝馬町駅から1分の「十思公園」の中に、現存しています。
 鐘撞堂は近代的なものになっていますが、鐘自体は、江戸時代の宝永8年(1711年)に鋳造されたものです。
 石町の鐘は毎年大晦日に「除夜の鐘」を撞くことで知られていますが、8月の終戦記念日の正午にも撞かれています。

c0187004_21531629.jpg 時の鐘の由来を書いた案内板です。時の鐘は、寛永3年に石町に鐘楼が建てられた後、明治に廃止され、(石町の松沢家に秘蔵されていたものが)昭和5年に十思公園に作られた鉄筋コンクリートの鐘楼に移されたと記されています。
  
c0187004_21555857.jpg 中央通りからみた「鐘撞堂新道」です。もともとの「時の鐘」は、この道を入ってすぐ左手にありました。現在の「時の鐘」は、ここから500m先にあります。
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by wheatbaku | 2009-04-23 00:10 | 時の鐘 | Trackback
  

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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