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軍艦操練所 (築地の幕末史跡)
 先日のJTBのツアーで築地にある幕末関連史跡を車窓からご案内をしましたので、ブログでも、築地の幕末史跡をご紹介していきます。
 今日は、軍艦操練所についてご紹介します。

c0187004_1426973.jpg【築地中央卸売市場駐車場】 
 軍艦操練所跡の説明板が、築地6丁目交差点の信号のそばに設置されています。
 東京メトロ日比谷線の「築地」駅1番出口から徒歩5分のところで、築地中央卸売市場の勝鬨門駐車場の前になります。
 ☆右写真の通り、勝鬨門駐車場は大きなビルです。

【長崎海軍伝習所卒業生が指導者となる】 
 軍艦操練所は、安政4年(1857)、講武所内に軍艦教授所として開設されました。
 それ以前、黒船来航後に海軍の強化に乗り出した江戸幕府は、最初の本格的な海軍教育機関として、安政2年(1855)に長崎に海軍伝習所を設置しました。
 そして、安政4(1857)年、長崎海軍伝習所の第一期の伝習が終わると、永井尚志(ながい なおゆき)以下の長崎海軍伝習所の第一期伝習生と軍艦「観光丸」を江戸に移動し、軍艦教授所が開設したのでした。
 この時、勝海舟だけが、長崎海軍伝習所に残され、第二期の伝習生の指導にあたりました。

c0187004_14244692.jpg【勝海舟が教授方頭取】 
 その後、軍艦教授所から軍艦操練所に名前が改称されました。
 当初は幕臣だけに限定されていましたが、その後、諸藩からの学生も受け入れるようになりました。
 軍艦操練所の教授陣は長崎海軍伝習所の卒業生が中心でした。
 長崎から帰った勝海舟も教授方頭取となって指導しました。また、ジョン万次郎も軍艦操練所の教授を務めた時期があります。

 安政7年(1860)にわが国初の太平洋横断を実行した咸臨丸の乗組員も、この軍艦操練所からボートにのり、品川沖に停泊していた咸臨丸に乗り込んだそうでうす。

 軍艦操練所は、その後2度、付近で発生した火災に類焼して、施設の大半を失い、慶応3年(1867)に築地から浜御殿へと移転しました。
 その後、跡地には築地ホテルが建設されました。

 説明板は上の写真を参照してください。説明板の前面の道路は晴海通りです。
 

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by wheatbaku | 2010-09-30 06:06 | 『幕末』 | Trackback
辞世 (江戸検受験対策)
 江戸文化歴史検定受験に参考になりそうなことで気がついたことを随時書いていきたいと思います。
 1級の過去の問題を見ると、次のように辞世が3年連続して、出ています。

c0187004_2053558.jpg第2回(平成19年実施)
  ※1級はこれが最初です。
 慶応3年(1867)4月14日、29歳で下関(しものせき)に没した幕末の志士、高杉晋作の辞世の句は、次のうちどれでしょう?ただし、下の句は氏の直前まで看病にあたっていた野村望東尼(ぼうとうに)の作といわれています。

☆右写真は、高杉晋作の先生である吉田松陰の辞世が刻まれている「吉田松陰終焉之地」の碑です。日本橋の十思公園にあります。

第3回(平成20年実施)
 (     )の去り行く空や秋の風
c0187004_2033660.jpg  これは、江戸時代のある大関の辞世といわれるもので、(     )には四股名が入ります。雲州候のお抱えで、雷電にも比せられた、この名力士は誰でしょう?

第4回(平成21年実施)
 「東海道中膝栗毛」の作者十返舎一九の辞世の句は、ユーモラスに富んだものとして知られています。それは次のどれでしょう?

☆右写真は、長命寺にある十返舎一九の辞世が刻まれた碑です。


そこで、可能な限り、辞世を集めてみました。上記の問題の解答になる辞世も載せてあります。

【大名】 
 • あふみの海 磯うつ波のいく度か 御世にこころを くだきぬるかな  井伊直弼
 • なき敷によしや入るとも天翔り、御代をまもらむすめ國のため     松平慶永(春嶽)
【安政の大獄】
 • まかる身は君の世思ふ眞心の深からざりししるしなりけり  頼三樹三郎
 • 身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留置まし大和魂      吉田松陰
【天狗党】
 • 咲く梅の花ははかなく散るとても. 馨君が袖にうつらん         武田耕雲斎
 • かねてより思い染めにし言の葉を 今日大君に告げて嬉しき     藤田小四郎
【長州】
 • おもしろきこともなき世をおもしろく                    高杉晋作
 • 今さらに何をかいはむ世々を経し、君のめぐみに報ふ身なれば   長井雅樂
 • 「君のため捨つる命は惜しからでただ思わるる国の行末       大村益次郎
【新撰組】
 • よしや身は蝦夷が島辺に朽ちぬとも魂は東の君やまもらむ      土方歳三 
 • かねば闇にへだつや花と水                        沖田総司
【土佐藩】
 • ふたたひと還らぬ歳をはかなくも、今は惜しまぬ身となりにけり   武市半平太
 • 君が為尽くす心は水の泡消えにし後は澄み渡る空           岡田以藏 
【幕臣】
 • 北にのみ稲妻ありて月暗し                         天野八郎
 • 腹いたや、苦しき中に、明けがらす                    山岡鉄舟
【文化人】   
 • 此の世をば どりゃお暇(いとま)に せん香の 煙とともに 灰 左様なら   十返舎一九
 • 生き過ぎても 七十五年くいつぶし 限り知らぬ天地の恩         大田南畝
 • 世の中の 役をのがれて もとのまゝ かへすぞあめと つちの人形     曲亭馬琴
 • 東路(あづまぢ)に筆をのこして旅の空西のみくにの名所を見む      歌川廣重
 • 人魂で行く気散じや夏野原      葛飾北斎
 • われも秋六十帖の名残かな      柳亭種彦
 • 裏を見せ表を見せて散る紅葉     良寛
 • 稲妻の去り行く空や秋の風      稲妻雷五郎
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by wheatbaku | 2010-09-29 06:23 | 江戸検受験対策 | Trackback
テキスト熟読が江戸検合格への近道(江戸検対策)
 江戸文化歴史検定試験が、10月31日ですので、まもなく1ヶ月となってきました。
 受験申し込みをされた方、これからラストスパートになると思います。特に一級を受験される方は、これから総仕上げだと思います。

 ぜひ頑張ってください。 

 そこで、参考になるかどうかわかりませんが、私の経験を語ると、受験1ヶ月前の受験勉強は、大部分を公式テキストの熟読・暗記に力を入れていました。

c0187004_15504134.gif検定の出題範囲は次のようです。

3級
  公式テキスト初級編『大江戸見聞録』より約7割+“今年のお題”「幕末」より約2割を出題

2級  
 公式テキスト初級編『大江戸見聞録』より約2割+公式テキスト中級編『江戸諸国萬案内』より約5割+“今年のお題”「幕末」より約2割を出題

c0187004_1551917.gif1級 
 公式テキスト上級編『江戸博覧強記』より約5割+“今年のお題”「幕末」より約2割を出題

となっています。

そして、合格基準は次のようです。

3級・2級  得点70%以上で合格と認定

1級     得点80%以上で合格と認定


c0187004_15512314.gif  よく見比べてみると、3級・2級は、テキストからの問題がすべて正解になれば、合格することになります。
 1級の場合でも、合格点に大いに近づくことになります。

 もう時間が少なくなっているこの時期には、いろいろな本を分散して勉強するより、集中してテキストを勉強して、そこからの出題問題は、すべて正解となるように準備するのが、効率的だと思います。

 テキストを何回も読んで、重要箇所にラインマーカーで印をつけて、しっかり暗記すると、合格の展望が大きく広がってくるのではないでしょうか!

 以上から、私は、最後の追い込みは、テキスト熟読に力を入れるのが良いのではなかいと思っています。
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by wheatbaku | 2010-09-28 08:01 | 江戸検受験対策 | Trackback
JTB主催 「幕末史跡と江戸城ツアー」ガイド
 昨日、 JTB亀戸支店さん主催の「幕末史跡と江戸城ツアー」のガイド 
江戸検定1級のOさんと一緒にしてきました。

 午前中は両国、向島、上野を巡り、上野公園でクリーンアップを実施しました。
c0187004_927121.jpg 昼食をはさんで、午後は江戸城、そして田町、愛宕山、赤坂をご案内しました。
 江戸城は、たっぷり2時間30分かけてご覧いただきました。
 8時30分に 亀戸をスタートし、6時30分に帰着しました。
 丸一日かけての史跡めぐりでした。

 ※右写真は西郷隆盛像前でOさんの説明を聞く参加者の皆さん

c0187004_9305548.jpg  快適な初秋の晴天の中での史跡めぐりでした。ご参加された方は30人でした。
 参加された皆さんは、江戸城ははじめてという人がかなりいて、東京の歴史を知ることができてよかったとというご意見をかなりいただきました。
 また、東京のど真ん中に、雄大な石垣や城門がつぎつぎと現れてくることに感激されていました。

 ※右写真は、三菱自動車本社前にある「西郷隆盛・勝海舟会見之地」の碑についてのOさんの説明を聞く参加者の皆さん

 ご案内していてご参加のみなさんが驚かれた点をいくつか書いてみます。
c0187004_939371.jpg【二重橋はどれ】 
 まず、二重橋とは、正門石橋でなく、奥の鉄橋で、現在は正門鉄橋と呼ばれている橋をさすという説明にびっくりされました。
 すべての人が、江戸時代は西の丸大手門といった正門石橋が二重橋だと思っていました。
 正門鉄橋は、江戸時代の西の丸下乗橋と呼ばれ、木の橋でした。堀が深いので橋桁を二重にしたので二重橋と呼ぶようになりました。

c0187004_9363958.jpg【下馬評の語源に納得】 
 「下馬評」という言葉は、諸大名が江戸城に登城する際に、下馬先で供連れが入場を制限されるため、下馬先に残され、大名が下城してくるまでの待ち時間の間に行われる人の噂話や評判のことを言います。
 大手門前で、この説明をしましたら皆さんほぉーと驚いていました。


c0187004_9395553.jpg【雄大な高石垣に驚き】 
 北桔橋門では、雄大な高石垣にびっくりしていました。
 また、乾濠と平川濠は水位がかなり違いますが、江戸城のお濠の水位はみな同じと思っていたようで、大きな水位差があるのにびっくりされてました。

 そのほか、関心が高かったのが大奥でしたので、大奥の説明も御台所の生活を中心にしました。

 皆さん、説明も大変熱心に聞いていただき、驚き等も率直に表していただき大変ガイドしやすい案内でした。
 和気藹々のなかでのガイドができ大変充実した一日でした。 
 ご参加されたみなさんありがとうございました。
 またお世話になったJTBの亀戸支店のM課長、Kさんありがとうございました。
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by wheatbaku | 2010-09-27 06:23 | 大江戸ガイド | Trackback
井伊家上屋敷跡(WEBサライに掲載されました②)
 今日は「WEBサライに掲載されました!」の続編です。

 昨日ご紹介しましたように、  「桜田門外の変」の案内の様子が

 Webサライ 特集「桜田門外の変」  に掲載されました。
    ↑ こちらをクリックして下さい。

 WEBサライでの案内では「井伊家上屋敷跡」は、桜の井戸」しか御案内できませんでした。
 そこで、現在の井伊家上屋敷跡をご案内します。

c0187004_18491553.jpg【憲政記念館】 
 井伊家の上屋敷跡は、明治維新後は、陸軍省や参謀本部と使用されました。
 太平洋戦争以前には、三宅坂と言えば、「参謀本部」の別名でした。
昭和27年にこの土地は衆議院の所管となり、昭和35年には、憲政の功労者である尾崎行雄を記念して、尾崎記念会館が建設されました。
 昭和50年が日本の議会政治80周年になるのを記念して、昭和52年に開館しました。


c0187004_18533567.jpg【尾崎行雄銅像】 
 これは記念館の前庭にある尾崎行雄の銅像です。来館者を「よぉ」といった感じで迎えています。
 館内には憲政の歴史や永年在職議員肖像が展示されています。憲政のあゆみコーナーには、坂本龍馬が書いた薩長同盟裏書(複製)が展示されています。
 国会の議場体験コーナーなどもあります。


c0187004_18502251.jpg【日本水準原点標庫】 
 また、井伊家の上屋敷跡には日本水準原点標庫があります。
 日本水準原点標庫は日本水準原点を保護する建物です。
 日本水準原点は日本水準原点標庫の内部正面にある菊花紋章をあしらった黒い蓋を外したところに存在するそうです。建物自体は原点ではありまん。
 建物はローマ風神殿建築の石造平家建てです。
 明治24年5月に水準原点が設置された時に、日本水準原点標庫が建築されました。
 当時の測量は、陸軍参謀本部陸地測量部が担当していて、ここは参謀本部の敷地内であったため、ここに建築されました。
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by wheatbaku | 2010-09-24 00:54 | 大江戸ガイド | Trackback
WEBサライ に掲載されました。
 WEBサライ  に、「桜田門外の変」が特集されています。
 「桜田門外の変」に関係する桜田門をはじめとしたゆかりの地を訪ねた記事です。
   c0187004_12345569.gif  
← こちらをクリックして下さい。




 サライ は小学館が発行している中高年向けの生活情報雑誌で、「趣味・食・旅など、様々な角度から大人の楽しみを演出する、わが国初の大人の生活誌」です。
 ちなみに「サライ」とは、ペルシャ語で「宿」の意味だそうです。
 WEBサライ  は、雑誌「サライ」20周年企画として開設された「サライ」の特設サイトだそうです。

 この「Webサライ」の特集「桜田門画の変」の取材に協力依頼があり、「桜田門外の変」ゆかりの地を江戸検定1級の仲間3人で案内しました。

 当日は、真夏の炎天下でしたが、スタッフの方と一緒に、

  十思公園(小伝馬町牢屋敷跡)⇒愛宕山⇒
井伊家上屋敷跡⇒桜田門⇒松蔭神社⇒豪徳寺
 


 を廻ってきました。

 その取材内容をまとめた記事が Webサライ  特集「桜田門外の変」 に掲載されていますので、        ↑ こちらをクリックしてご覧ください

 

 今回ご案内してある地は、半日で十分まわれる見所に設定してありますので、お時間のある時に廻ってみてはいかがでしょうか。

 そろぞれの所要時間を計算すると移動時間が約1時間30分ですので、電車の待ち時間や見物時間をいれても、3時間少し程度で廻れると思いますので、ご参考にしてください。

  東京メトロ「小伝馬町」 ⇒  十思公園           徒歩1分
  東京メトロ「小伝馬町」 ⇒  東京メトロ神谷町」      約20分
  東京メトロ「神谷町」   ⇒  愛宕山             徒歩5分
  東京メトロ「神谷町」   ⇒  東京メトロ「霞が関」        2分
  東京メトロ「霞が関」   ⇒  井伊家上屋敷跡       徒歩5分
  井伊家上屋敷跡     ⇒  桜田門            徒歩7分
  東京メトロ「桜田門」  ⇒ 「永田町」乗り換え半蔵門線経由) 
      ⇒ 東急田園都市線「三軒茶屋」           約20分
  東急世田谷線「三軒茶屋」 ⇒ 東急世田谷線「松蔭神社前」 3分
  東急世田谷線「松蔭神社前」⇒ 松蔭神社         徒歩5分
  松蔭神社         ⇒ 豪徳寺              徒歩15分
  豪徳寺           ⇒ 東急世田谷線「宮の坂」   徒歩3分
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by wheatbaku | 2010-09-22 17:38 | 大江戸ガイド | Trackback
梶川与惣兵衛屋敷跡(江戸城本丸ツアー)
 今日は、松之大廊下で浅野内匠頭を取り押さえた梶川与惣兵衛について書いてみます。
 

c0187004_22422627.jpg【梶川与惣兵衛は留守居番】 
 梶川与惣兵衛は、事件の当時大奥御台所付き留守居番でした。
 大奥留守居番は、大奥の警護や事務取り扱いが仕事でした。
 同じよう名前で「留守居」という役もありますが、「留守居番」と「留守居」は異なる役職だったようです。
 ちなみに「留守居」は、老中の支配に属し、大奥の取り締まりや通行手形の管理などを行いました。

【「梶川与惣兵衛日記」】 
 梶川与惣兵衛は「梶川与惣兵衛日記」を書いており、当日の様子がわかります。
 当日、梶川与惣兵衛は、5代将軍綱吉の御台所信子の口上を述べる使いの役目があったため、大広間に来ていました。
 そして、梶川与惣兵衛は、吉良上野介と打ち合わせることがあったため、白書院の方から大広間のほうへ歩いてきた吉良上野介と松の廊下がまがったところにある角柱から6間から7間ぐらいのところで対面していました。
 そのとき、浅野内匠頭が突然吉良上野介の後ろから切りかかったのでした。
 この時に、「この間の遺恨を覚えているか」と叫んだことも日記の中にかかれています。
 梶川与惣兵衛はすぐさま取り押さえました。当時、梶川与惣兵衛は53歳でした。浅野内匠頭は34歳でしたので、梶川与惣兵衛は相当体力があったものと思います。
 梶川与惣兵衛は、浅野内匠頭を取り押さえた手柄で3月19日、500石加増され、それまでの所領700石とあわせて1200石となりました。
 しかし、浅野内匠頭を取り押さえてしまったので、浅野内匠頭の行動を阻んだことになり、浅野贔屓の風潮が高まるなかで、その胸中は複雑だったようです。

【梶川与惣兵衛屋敷跡】 
c0187004_22395592.jpg  そんな梶川与惣兵衛の屋敷跡が両国駅の側にあります。両国小学校の南側の地がそれだそうです。
 梶川与惣兵衛の屋敷跡の説明板はありませんが、「尺振八(せきしんぱち)」の説明板があるところが、屋敷跡とのことですので、説明板の写真を撮ってきました。
 この情報は、江戸検定1級仲間で地元に住んでいるAさんから教えてもらいました。
 Aさん、本当にありましたよ。ありがとうございました。


c0187004_22404077.jpg 【吉良上野介邸のすぐそば】 
 ところで、この場所は、本所松坂町の吉良上野介の屋敷のすぐそばでした。一番上の写真は、本所松坂町公園ですが、公園からは2分ほどの距離です。
 左の写真は、「吉良邸表門」の説明板ですが、これは両国小学校の西側の道路を1本へだてた場所に立てられていますので、50メートルほどしか離れていません。
 下の地図をみていただければ、お互いに至近距離にあることがよくわかると思います。


赤が梶川与惣兵衛屋敷跡(「尺振八」の説明板がある場所)
オレンジが本所松坂町公園

青が「吉良邸表門跡」の説明板


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by wheatbaku | 2010-09-21 22:31 | 大江戸ツアー | Trackback
松之大廊下 (江戸城本丸御殿ツアー)
 今日は、江戸城の中で、説明をしてこなかった 「松之大廊下跡」  のご案内をします。
 中雀門を通過し本丸御殿跡にたつと広場の西の林の中に、「松之大廊下跡」の碑がたっています。

 松之大廊下は、元禄14年(1701)3月14日、勅使饗応役であった赤穂藩主浅野内匠頭長矩が高家筆頭の吉良上野介義央に斬りつけた事件が起きたことで非常に有名です。

c0187004_17265097.jpg【松之大廊下は長さ50メートル】 
 松之大廊下は、江戸城内にあった大廊下のひとつです。
 本丸御殿には、儀式に使用される部屋が南側から順に「大広間」「白書院」「黒書院」がありました。
 「大広間」は約490畳、「白書院」は約300畳、「黒書院」は約190畳の広さがありました。
 松之大廊下は大広間から白書院に至る廊下で、西に19メートル、北に31メートルの全長約50m、幅5mほどのL字型の畳敷の廊下です。
 廊下に沿って松と千鳥の障壁画が描かれていたことから「松之大廊下」と呼ばれました。


c0187004_17215398.jpg【松之大廊下刃傷事件】  
 この松之大廊下で起きた刃傷事件が、赤穂事件の始まりでした
 松之大廊下で吉良上野介と旗本梶川与惣兵衛(よそべえ)が儀式の打合せをしていたところへ、突然、浅野内匠頭が吉良上野介に対して背後から小さ刀で切りかかりました。
 浅野内匠頭は「この間の遺恨おぼえたるか」という叫びとともに斬りかかったと梶川与惣兵衛の日記に書かれています。
 吉良上野介は背後から背中を斬られ、振り向いたところ、額を切られうつ伏せに倒れました。梶川与惣兵衛はすぐさま浅野内匠頭に組みつき取り押さえました。
浅野内匠頭は身柄を田村右京太夫邸に預けられて、その日のうちに切腹したことはよく知られていることです。

c0187004_17221423.jpg 【松之大廊下は畳敷き】 
 江戸東京博物館には、松之大廊下の模型があります。左の写真2枚はそれを写したものです。
 廊下というと板張りをイメージしますが、松之大廊下は畳敷きでした。
 また、松は映画によく描かれる大きな松ではなく、砂浜に松が続き、千鳥が舞うというのどかな雰囲気の絵だったようです。
 なお、松之廊下があるのであれば、竹や梅はどうだろうかと疑問に思うと思いますが、竹之廊下はありましたが、梅之廊下はありませんでした。
 「竹之廊下」は白書院と黒書院をつなぐ廊下でした。
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by wheatbaku | 2010-09-20 21:52 | Trackback
「鰻 やっこ」 (江戸の老舗の味)
 久しぶりに江戸の老舗の味のご紹介をします。
 浅草のうなぎの名店「鰻 やっこ」をご紹介します。
 「鰻 やっこ」は東京メトロ「田原町」から徒歩3分、浅草寺の雷門からだと 歩いて4分です。

c0187004_228354.jpg【老舗中の老舗】
 アーケードの下にあるお店の入口は純和風で、高級感がある店構えです。
 それもそのはず、創業は約200年前の寛政年間、徳川将軍で言えば家斉の時代に、現在と同じ場所、浅草・田原町に店を構えたという老舗中の老舗です。
 文書としては文政7年(1824)に発行された『江戸買物独案内』に「奴鰻」の名が記されているそうです。
 寛政年間創業であれば、「神田川本店」は文化3年(1806年)創業で、「前川」の創業は文化・文政期とのことですので、「やっこ」のHPどおり日本で一、二を争う古い店かもしれません。

c0187004_2210551.jpg 入口を入ると一変して店内は大正浪漫風の雰囲気です。1階テープル席、2階への階段ともに大正浪漫風の店づくりです。
 しかし、2階は和風の座敷となっています。
【海舟や万次郎が利用】
 幕末から明治の頃、ジョン万次郎(中浜万次郎)が勝海舟と連れだって、よく訪ねてきたそうです。
 その頃のエピソードが「やっこ」のHPにのっています。
 それによると、ジョン万次郎が、食事の残りをいつも折り詰めにしてもらい持ち帰ったそうです。その姿に当店の店員が「万次郎はしみったれだ」と噂をしていたそうです。
 しかし、ジョン万次郎は、鰻を橋の下にいたみすぼらしい格好をした人に渡していたのだそうです。
c0187004_22103216.jpg  それを見た仲居から話を聞いた店員たちは、万次郎を誤解していたことを反省し、後に万次郎の子孫が来店した際、誤解していたことをお詫びしたという話がジョン万次郎のお孫さんが書かれた本に載っているんだそうです。
 おかみさんのお話だと、「今でも、勝海舟のご子孫の方が食べにいらっしゃいます」ということでした。
 数代にわたり勝家に気に入ってもらっている「やっこ」に感心しました。

 c0187004_2291936.jpg【上品な味です】
 鰻はふっくらやわらかで素晴らしいものでした。
 蒲焼は昔ながらのやり方で備長炭を使って焼き上げているそうです。
 鰻重は、「梅 1900円」「竹 2900円」「松 3900円」でした。
 きも吸は別注文で210円です。





 最寄り駅は、東京メトロ銀座線の田原町駅です。


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by wheatbaku | 2010-09-19 22:34 | 江戸の老舗 | Trackback
「幕末史跡と江戸城ツアー」ガイド(JTB亀戸支店さん企画)
 来週の日曜日の9月26日にJTB亀戸支店さん主催の 
「幕末史跡と江戸城ツアー」のガイドを担当することになりました。

 今回は、地球環境保護のための社会貢献活動の一環として行われるため 上野公園での清掃活動をしていただきますが、参加費は無料だそうす。
 でも、参加費が無料だからといって、ガイドの方の手を抜くようなことはありません。
 一生懸命ご案内しますので、ぜひご参加ください。
 江戸文化歴史検定を受験しようという人にとっては、江戸と幕末を知る良い機会だと思います。

c0187004_21363827.jpg 今回は、見所が三つあると考えています。
 一つは、幕末有名人の江戸でのゆかりの地をご案内することです。
 二つ目は、江戸城のご案内です。
 三つ目は、「桜田門外の変」ゆかりの地のご案内です。

 まず幕末有名人では
 ①勝海舟を中心に、②西郷隆盛、③坂本龍馬の三人のゆかりの地をご案内します。

勝海舟ゆかりの地として
   両国公園(勝海舟誕生地)
   牛島神社(勝海舟剣術修行の地)
   墨田区役所(勝海舟銅像)
   築地の軍艦操練所跡(車窓)
   三菱自動車本社(勝・西郷会見の地)
   赤坂の勝海舟旧居跡2ヶ所
c0187004_21373035.jpg   赤坂氷川神社
    (勝海舟の名づけた「四合稲荷神社」)
    をご案内します。

西郷隆盛ゆかりの地は
   上野公園(西郷隆盛像)
   三菱自動車本社(西郷・勝会見の地)
   NEC本社(薩摩藩上屋敷跡)
    をご案内します。

坂本龍馬は 
   東京国際フォーラム(土佐藩上屋敷跡)
   千葉定吉道場跡(鍛冶橋)
   中央区役所(土佐藩中屋敷跡)
    を車窓からご案内します。

江戸城では
 2時間30分ほどかけて、桜田門から東御苑をご案内します。
 案内ポイントは次を予定しています。
c0187004_2138115.jpg   ⇒ 桜田門 
   ⇒ 二重橋
   ⇒ 坂下門
   ⇒ 桔梗門
   ⇒ 桜田辰巳櫓
   ⇒ 大手門
   ⇒ 大手三の門 
   ⇒ 中の門 
   ⇒ 中雀門 
   ⇒ 富士見櫓 
   ⇒ 松の廊下跡
   ⇒ 本丸御殿跡
   ⇒ 天守台
   ⇒ 北北桔橋(きたはねばし)
 
 江戸城を桜田門から本丸まで、ほぼ網羅的に案内させていただきます。

 今話題の「桜田門外の変」についても、桜田門で説明しますし、愛宕神社も訪ねます。井伊家上屋敷は車窓からご案内します。
 
 ぜひ、ご参加ください。詳しくは  「江戸文化歴史検定×JTB亀戸支店プロデュース  クリーンアップキャンペーン2010~地域と環境との交流」  をご覧ください。

 よくJTBさんのHPをみると募集締め切りは9月17日となっています。急いで申し込んでください。

 お問い合わせは
03-3685-3221 JTB亀戸支店 団体旅行 まで 
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by wheatbaku | 2010-09-16 22:07 | 大江戸ガイド | Trackback
  

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
by 夢見る獏(バク)
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