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江戸城の松飾り(門松② 江戸の祭礼歳事)
今日は大晦日です。

 今年一年間ブログをご愛読いただきありがとうございました。
 


 今年一年は、大変うれしいことが多い一年でした。
 うれしいことの一つが「江戸」を通じて大勢の人とお目にかかることができたことです。
 春と秋の老舗めぐりと名園散歩、夏の江戸検講座、そして年末の江戸検交流会などを通じて、多くの方と知り合うことができました。
 初めてお会いした多くの人は、このブログを読んでいる方でした。
 そのため、ブログを読んでいる方と直接交流を図ることができました。
 そして、ブログの力を感じ、ブログを書いてきてよかったと感じた年でした。
 このブログをお読みいただいてる皆様そしてお会いできた皆様に改めて心より感謝申し上げます。
 本当にありがとうございました。

 今年最後の話題は「江戸城の門松」のお話です。

 先日、「江戸の歳事」の参考書として紹介した『江戸年中行事図聚 (中公文庫) 』、『江戸の庶民生活・行事事典』の本文で引用され、『東都歳時記』の解説でも引用されているのが、四代目歌川広重を称した菊池貴一郎が書いた『絵本江戸風俗往来 』です。
江戸検を受けられる方は、機会がありましたら、「絵本江戸風俗往来」の正月と12月の欄に書かれている門松の項を読んでみてください。

c0187004_22585115.jpg 江戸では、江戸城から大名屋敷や町家まで広く門松を立てました。

【江戸城での松飾り】 
 「絵本江戸風俗往来」には、江戸城で飾られる松飾りについても説明されています。 

 江戸城の城門をはじめ幕府関係の松飾りは、葉なしの竹に松をそえて立てました。
 そして、竹の先端を斜めに鋭く切り、切り口を表に向けて、根元にそえた松を縄で巻きつけたものです。
 こうした門松となったのは、徳川家康が武田信玄と三方ケ原で戦って敗北し浜松城で正月を迎えた時の故事によるものです。

 これについて『絵本江戸風俗往来』」に詳しく書かれています。

 『将軍家御城内外36の見附御門、正月松の御飾りはまことに御手軽きものなり。而して芝ならびに上野の両御廟、且つ聖堂を始め、御蔵その外、浜御殿等、ことごとく同様なる御松飾りなり。但し両御霊廟ニは、〆(しめ)に海老を用いず。竹は葉なしして竿に同じ。穂先を切り、松をそえる。松の根回りへ4本の杭を打ち並べて、大縄にて松の根をつなぎ固めたり。
 この恒例は天正・元亀の頃、神君浜松御在城のみぎり、甲斐の武田信玄と御合戦遊ばされ候節、敵方歳旦の発句に「松かれて 竹たぐひなき あした哉」と認め送り越し候処、御前になお、酒井左衛門尉詰め合わせ罷り在り、左様にてあるまじく間違いとて、「松かれで武田首なき旦かな」と称しまいらす。その時の戦、御運えたもうより御吉例と相成るよし。』

【濁点のつけ方で意味が変わる】 
 武田方から贈られてきた最初の句は
  「松枯れて 竹たぐひなき あした哉 」 です。
 「松」は松平を,「竹」は武田をさしています。従って、この句は、「松平が滅んで 武田が栄えるよき年の始めだなぁ」いう意味です。
 これに対して酒井忠次が返した句は、
  「松枯れで 武田首なき あした哉」 です。
 これは、「松平は滅びず 武田信玄の首がとぶ、なんともめでたい年の始めだなぁ」という意味です。
 ひらがなで書くと次のようになります。
  まつかれ たけ たぐひなき あしたかな
  まつかれ たけだ くびなき あしたかな
 徳川四天王の一人酒井忠次の知恵で、句の中のたった3文字を「て⇒で、た⇒だ、ぐ⇒く」というように濁点を付けたりとったりしただけで意味がすっかり変わりました。

c0187004_23113337.jpg【門松の竹は斜め切り】 
 現在、関東では、門松の竹の先端は斜めに切り落とされているのが普通です。
 しかし、もともとは 門松には、竹の頭の切り口が平らなものと斜めのものと二つの型があったようです。
 徳川家では、浜松城の故事により、門松の竹の頭は「斜め切り」としていました。
 これにより、徳川家康が江戸開幕後、関東ではこの型の門松が定着したとのことです。

 皆さま 良いお年をお迎えください。 






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by wheatbaku | 2014-12-31 07:00 | 江戸の祭礼歳事 | Trackback
門松の歴史(門松① 江戸の祭礼歳事)
 まもなくお正月 を迎えます。
 
 そこで、今日からは「門松」のお話をしてみましょう。
 以前の記事でも「門松」について書いています。
 さすが、この時期になると、過去の「門松」の記事にもアクセスが多くなります。 
 そして、江戸検のお題が「江戸の祭礼と歳事」でもありますので、過去の記事をリニューアルして記載していきます。

 江戸検の過去の問題に次のような問題がありました。

 正月に門前に松を飾ることは、江戸の大名屋敷でも行われていました。しかし、下谷三味線堀にあった出羽国秋田藩佐竹家上屋敷では、屋敷の門前に松飾りに代えて他家では見られない珍しいことをしたため、名物になりました。それは通称、何と呼ばれていたでしょう?
 い)梅飾り  ろ)竹飾り  は)人飾り  に)鑓飾り


 この問題は、中級レベル(ただし、初級に近い中級)の問題だと思います。
 この問題のかいとう正解も、門松の記事を順に読んでいただければお分かりになります。

 正月に門松をたてるのは、中国の「史記」に「松柏を百木之長となし門閭を守らしむ」と書かれているので中国から伝わったという説があります。

c0187004_17563853.jpg【門松は古来から】 
 しかし、日本では正月を年の始めとして祝う習慣は昔からあったようです。
 日本には、門神宅神を祭り一年中の邪気やけがれを払う信仰があり、それがその年の幸福を祈る行事に発展したものだそうです。
 門松はもともと歳神様の降臨を迎えるための依代(よりしろ)として立てられました。
 昔は榊や笹を捧げ門にたてる慣習があったのが松に変わったものであるという説もあります。
 門松は、奈良時代にはすでにあったとの説もあり、平安時代にはかなりひろまっていたようです。
 平安時代後期の後三条天皇の時代の惟宗孝言(これむねのたかとき)の文に「近来、世俗は皆、松を以って門戸に挿し、而して、余は賢木(さかき)を以って之に代える」と書かれています。
 この惟宗孝言の文からすると、門松は少なくとも1千年の歴史があることになります。

【門松は庶民の風習】  
 門松は、庶民の間から始まったもので、平安時代には、朝廷や公家には門松はなかったそうです。
 藤原為尹(ためただ)の歌に『しずが門松」という歌があるので高貴の家や朝廷には飾られなかっただろうと江戸時代の書物に書かれています。「しず」とは漢字で「賎」と書き、身分の低い人を指します。

【竹を飾ったのは室町時代から】 
 竹を飾るようになったのは室町時代からです。
 室町時代後期の摂政関白であった一条兼良の「世諺問答」には次のように書かれていて、松と一緒に竹が飾られようになったことがわかります。 
  『門の松立つることは昔よりありきたれるなるべし、(中略) その門の前に松竹立て侍り、松は千歳をちぎり、竹は万代を限る草木なれば、年のはじめの祝い事に立てはべるべし』

 江戸時代になると、門松は広く庶民の家から大名の屋敷まで立てられるようになりました。
 江戸時代の門松のお話は明日します。


 
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by wheatbaku | 2014-12-30 09:07 | 江戸の祭礼歳事 | Trackback
「高杉晋作」(池宮彰一郎著)を読む
 年末休暇に入って、池宮彰一郎氏著の「高杉晋作」を読みました。
 そこで、今日は、池宮彰一郎氏著の「高杉晋作」について書いてみます。
 c0187004_10165844.jpg高杉晋作については、司馬遼太郎氏が描いた「世に棲む日日」が大変有名です。
 そして、先日三好徹氏の「高杉晋作」も紹介しました。
 この池宮彰一郎氏の「高杉晋作」もすごくおもしろい小説です。
 しかし、読んでいる途中で奇異に感じたことは、薩摩が権力欲が強いと何度も強調されていることでした。
 
 こうした描き方は、池宮彰一郎氏が意図的に描いたものだということがあとがきを読んでわかりました。

 池宮彰一郎氏の意図は、「あとがき」にはっきりと書かれていました。
 もちろん、「あとがき」ですから最後に読みましたが・・・

 維新の志士を英雄として扱うと、人物像が明確に伝わらない憾みが残ることは否めない。
 殊に作者の立脚点が那辺にあるかによって、人物評価が多少傾くのは致し方のない事実である。
 薩摩、特に西郷隆盛を維新最大の英雄とした小説があった。また、土佐、坂本龍馬に維新回転の最高指導者とした小説もある。それらは、薩摩、あるいは土佐の観点から維新史を展望した。が、ふしぎなことに、長州から維新史を眺めた小説は銖錙(しゅし)である。(*銖錙とは「わずか」という意味です。)
 筆者は、長州の高杉晋作の立場から、維新革命を直視しようと思い、筆を執った。


 c0187004_10173897.jpg この小説の流れは、まさにこの通りです。
 ですから、高杉晋作は維新回転を成し遂げた革命家として描かれています。
 それに対して、西郷隆盛については「西郷は権力欲が人一倍強く、とかく小ずるい策を弄する。それは私生活とは対照的な面であった」と書いてあり、坂本龍馬については、「坂本には革命の起爆力はない。(中略)革命に必須の人間に相違ないが、百人の坂本龍馬がいても革命発起には至らない」としています。
 こうした幕末有名人の評価について異論のある人もいるとは思いますし、私も賛成するわけではありませんが、池宮彰一郎氏の人物評価は、これはこれでおもしろいと思います。

 池宮一朗彰氏のおもしろい所は、高杉晋作の有名な逸話を史実ではないと言い切っていることです。
 例えば、文久3年の正月5日に、高杉晋作は、伊藤俊輔、山尾庸三、白井小助、堀真五郎を連れて、小塚原に埋葬されていた吉田松陰の遺骸を、世田谷の若林に改葬しました。
 その途中、上野を通過した際、将軍しか通れない三枚橋の真ん中の橋を押し渡ったと言われています。
 このエピソードは、司馬遼太郎氏の「世に棲む日日」や三好徹氏の「高杉晋作」にも描かれている有名なエピソードです。
 池宮彰一郎氏は、このエピソードは史料にはないと言い切っています。
 そして、高杉晋作は、吉田松陰の改葬後、京都に上る時に、箱根の関所破りをしたというエピソードもかなり有名です。
 池宮彰一郎氏は、「これも史実にない。この頃の晋作に関する俗説は、後世数多く流布された」と書いています。
 また、高杉晋作は数多くの都々逸を作ったといわれています。最も有名なものが次の都々逸です。
 三千世界の烏を殺し
 ぬしと朝寝がしてみたい

 これについても、池宮彰一郎氏は、「大方は訛伝(かでん)であろうと思われる」と書いています。(*「訛伝」とは「まちがった言い伝え」という意味です。)
 これもすごいと思います。

 こうしたトーンで描かれているので、全体的に歯切れの良さが感じられます。
 

 そのほか、おもしろかったのは、野村望東尼(もとに)の描き方です。
 野村望東尼は、高杉晋作の最期を看取り、高杉晋作の辞世の歌を補作したことで有名です。
 池宮彰一郎氏は、高杉晋作と野村望東尼との間に愛情が芽生えていたと描いています。
 そして、有名な高杉晋作の辞世の句について、多くは、まさに亡くなる直前に作られたと書かれています。
 しかし、高宮彰一郎氏は、慶応2年に、高杉晋作が、野村望東尼を幽閉されていた姫島から救い出し三田尻まで送り届けた時に、野村望東尼に渡しておいたと描いています。
 こうした描き方は、思いがけない描き方なので、驚くとともに小説の描き方として新鮮に感じました。

 野村望東尼との愛情は創作のような気がします。
 しかし、辞世の歌については、高杉晋作がなくなる一年前に作られたという説も確かにあるようです。
 読み始めれば、あっという間に読むことができるおもしろい本でした。




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by wheatbaku | 2014-12-29 10:13 | Trackback
江戸検お題「江戸の祭礼と歳事」参考書②
 江戸検のお題「江戸の祭礼と歳事」の参考書の紹介の2回目です。
 今日は「歳事」の参考書をご紹介します。
 昨日の「祭礼」の参考書が少ないと書きましたが、それに反して「歳事」の参考書は数多くて、選別に困るほどです。
 「歳事」は江戸の生活に密接にかかわっています。
 そのため、私の場合には、、江戸検のお題となる以前に、江戸検の受検勉強のために読んでいた本があります。
 そこで、現在所蔵している本が中心になりますが、「歳事」について参考となる図書を紹介します。

c0187004_838225.jpg1、『江戸の歳事風俗誌 (講談社学術文庫) 』(小野武雄著 出版社「講談社」)

 著者の小野武雄氏は、帝京大学教授で近世風俗研究が専門です。
 258ページで比較的コンパクトですが、毎月の歳事について解説されています。
 月ごとの前半部分には、各月の主な歳事が解説されていて、その後に、日別に歳事が説明されています。
 歳事について概括的に学ぶには、よい本だと思います。
 この本の新刊書はないようです。
 古本屋や中古図書サイトで購入するか、図書館で借りて使用することになると思います。


c0187004_8384786.jpg2、『江戸年中行事図聚 (中公文庫) 』(三谷 一馬著 出版社「 中央公論新社」)

 三谷 一馬氏は、江戸風俗研究家です。江戸風俗の資料画が得意です。
 この本は、月別にはなっていませんが、正月から順に12月までの歳事を順に解説されています。
 各項目には、著者の三谷氏が描いた挿絵が添えられていて、わかりやすいように工夫されています。
 解説も、様々な史料から引用されて解説されて詳しいものとなっています。
 あまり、江戸の歳事に縁のない人にもとりつきやすい本ではないかと思います。
 ただし、ページ数が426ページあり、少々量があることは承知しておいてください。
 これは、新刊で入手できます。


c0187004_839672.jpg3、『江戸の庶民生活・行事事典』(渡辺信一郎著、出版社「東京堂出版」)

 この本は、行事を月別に詳しく解説したもので、川柳を多数取り込んでいて、江戸庶民の様子もよくわかります。
 「事典」という書名を付けているぐらいですので、詳しさでは、随一だと思います。
 私が江戸検を受検した時から利用しています。
 しかし、残念ながら、新刊書がありませんし、中古でも高額ですので、図書館で借りて利用する方法がよいのではないでしょうか。
 私は、過去にコピーをとってありますので、それを繰り返し利用しています。


 次に紹介する3誌は、解説書ではなく、史料の分類に入るものですが、大変重要な本です。
 可能な限り、精読されることをお勧めします。

c0187004_839394.jpg4、『東都歳事記』 (斎藤月岑 著、出版社「平凡社 東洋文庫」) 

 この本は、「江戸名所図会」や「武江年表」も書いている斎藤月岑が書いている本であることはいうまでもありません。江戸検受検される方にとっては必読の本だと思います。
 「東都歳事記」は、平凡社の東洋文庫のほか、ちくま学芸文庫がありますが、いずれも新刊書はありませんので、古本屋や中古本サイトで購入するか、図書館で借りて使用するしか方法はありません。
 しかし、必須であることは肝に銘じておいたほうが良いと思います。


c0187004_8395241.jpg5、『近世風俗志(守貞謾稿)』(喜田川守貞著、出版社「岩波出版社」)

 これも、江戸検受検者にとっては必須本です。
 岩波文庫の 第4分冊目に「春時」「夏冬」という項目がありますので、これは読んでおかないといけないでしょう。
 この「近世風俗志(守貞謾稿)」も新刊書がありません。
 古本屋や中古本サイトで購入するか、図書館で借りて使用するしか方法はありません。


c0187004_8401079.jpg6、『絵本江戸風俗往来 (東洋文庫) 』(菊池貴一郎 著、 出版社「 平凡社」)

 著者の菊池貴一郎は四代広重を名乗った人で、この本は、江戸の年中行事などについて書いたもので明治38年に発刊されたものです。
 この本は、江戸の年中行事について書いた本では、しばしば引用される本です。
 私は、江戸検合格後に購入し、ブログを書く際などに随時利用していたので、これから精読していこうと思っている本です。
 できれば読んでおいた方がよいと思います。


 「歳事」に関する本は、以上のようにかなりありますので、どれを選んでも失敗することはない本を紹介したつもりですが、どれを選ぶは、江戸検を受検される方が、手に取って選ばれるのがよいと思います。
 しかし、「東都歳時記」「近世風俗志(守貞謾稿)」は必読書です。
 これを読み込むのは、なかなか骨折りですが、一級に本当に合格しようと思われる方は精読されることをお勧めします。

c0187004_8535925.jpg  最後に一冊追加しておきます。

『川柳江戸歳時記』(花咲 一男著 出版社「岩波書店」)

 これは、おまけです。
 まだ、精読していませんが、私自身がおもしろいと思いましたので紹介しておきます。
 この本は、歳事について川柳を中心に説明したものです。
 最近の江戸検では、川柳が多く出題されています。
 そこで、川柳に関心のある方は、こちらから攻めてみるのもよいのではないでしょうか。
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by wheatbaku | 2014-12-26 09:01 | Trackback
江戸検お題「江戸の祭礼と歳事」参考書①
 今日は、大変うれしい便りが届きましたので、まず最初にそれを紹介します。
 富山にお住いの あかのたにんさん から江戸検1級に合格したと次のようなメールをいただきました。

 突然のメール申し訳ありません。
 本年、江戸検1級(スタート時から受験、途中3年間休み、昨年から再開)5度目のチャレンジで漸く合格することが出来ました。
 特に食文化の関連については、獏様のHPでの解説、練習問題等々のお蔭で自信をいただきました。 ありがとうございました

 あかのたにんさん、本当におめでとうございます。
 今年の1級の合格者は5名ですの、本当に狭き門を突破されておめでとうございます。
 この間のご努力に敬意を表します。
 私も私のブログをお読みいただいた方が合格されて大変うれしく思います。
 これからもご精進されますよう祈念申し上げます。

 私のブログを読んでいただいた あかのたにんさん が合格されて、大変元気をもらいました。
 これからも、江戸検を受検される皆さんのための記事をできるだけ書いていこうと、改めて意を強くしています。

 そこで、今日は、江戸検のお題の勉強の参考になる本について書きます。
 来年の江戸検のお題は
 「祭りだわっしょい! 江戸の祭礼と歳事」です。
 「江戸と食文化」に続いて、2年連続で文化面のお題となりました。
 そこで、「江戸の祭礼と歳事」の勉強に役立ちそうな本を二日間に分けて紹介したいと思います。
 今日は「祭礼」、明日は「歳事」の参考図書を紹介します。

 「祭礼」つまり「祭り」に関する本は、予想外に少ないように思います。
 アマゾンや図書館の図書検索機能を利用しても、なかなか、良さそうなものがヒットしません。
 そうした中で、私が購入した本を紹介します。
 これがすべて、受検される方にとって適切であると言い切れるわけではありませんが、ご参考になれば幸いです。

c0187004_937371.jpg1、『東京お祭り!大事典―毎日使える大江戸歳時記』(井上一馬著 出版社「 ミシマ社」)
 どんな祭りがあるか知らないと、名前を聞いてもわからないことになります。
 できれば、お祭りを実体験するのもよいと思います。
 この本は東京周辺の祭りについては、月別に紹介されていますので、お祭りを訪ねる際に有用です。
 これを利用して、「どぶろく祭り」「穴八幡」などを訪ねました。
 いつどこでどんなお祭りがあるか調べて可能なかぎり訪ねてみたいと思います。

c0187004_937202.jpg2、『東京の祭り暦 (ショトルトラベル)』 (原 義郎著、出版社「小学館」)
 東京で行われている祭りや行事などを150ほど選んで、写真と小解説で紹介する本です。
 見ていて楽しい本です。
 ただ、祭りのことを勉強するという点では、少し物足りなく感じられます。

c0187004_9373675.jpg3、『日本の祭りがまるごとわかる本 (晋遊舎ムック) 』(芳賀日向著、出版社「晋遊舎」)
 こちらは、東京だけでなく、日本全国の代表的なお祭りが紹介されています。
 ムックですので、ビジュアルで読みやすくなっています。
 記事も、「京都祇園祭」「大阪天神祭」「東京神田祭」について詳しく紹介されています。

c0187004_9375229.jpg4、『日本の祭り 知れば知るほど』 (菅田正昭著、出版社「実業之日本社」)
 「祭り」とはどういうものであるかといった「祭り」の基本を解説した本です。
 初心者向けに簡易に書かれていますので、わかりやすい本であると思います。
 しかも「祭り」について全体的に書いてあり、「祭り」の勉強には最も適切な本であると思います。
 ただし、これは新刊書は既に出版されていないようです。
 古本屋や中古本サイトで購入するか図書館で借りて利用することになると思います。
 私は、「日本の古本屋」サイトで検索して購入しました。


 以上四冊を紹介しました。
 この四冊だけでは、江戸検1級の準備としては不十分だと思います。
 今後、もっと参考になりそうな本がありましたら改めて紹介しようと思います。
 「歳事」関連の本については明日紹介します。
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by wheatbaku | 2014-12-25 10:02 | Trackback
二十四節気(江戸の歳事)
 一昨日は、冬至でした。
  冬至と云うのは、いうまでもありません「二十四節気」の一つです。

 来年の江戸検のお題は「江戸の祭礼と歳事」です。
 「祭り」のほかに「歳事」が加わっているのが厄介だと思いますし、それがポイントかもしれません。
 
 江戸検のお題関連の記事としては、すでに「どぶろく祭り」や昨日書いた「一陽来復御守」など「お祭り」関連の記事を書いていますが、これから随時「歳時」関連の記事も書いていこうと思います。
そこで、「歳事」の第一弾として「二十四節気」について書くことにします。

 「二十四節気」は、旧暦を使用していた時代に、一年を二十四回に分けて、季節を現したものです。
c0187004_13433070.jpg 古代中国では、月の満ち欠けに基づいた太陰暦が使われていました。
 しかし太陰暦による日付は、太陽の位置と無関係なため、暦と季節の間にズレが生じてしまいました。
 農作業は、太陽の動きを基礎に行われるため、太陰暦の日付にだけ頼っていると、農作業の時期が適切でなくなるということになります。
 そこで本来の季節を知る目安として、太陽の運行を基にした二十四節気が暦に導入されました。

 「二十四節気」は次の二十四を言います。

 立春 雨水 啓蟄 春分 清明 穀雨
 立夏 小満 芒種 夏至 小暑 大暑
 立秋 処暑 白露 秋分 寒露 霜降
 立冬 小雪 大雪 冬至 小寒 大寒


 このうち 冬至・夏至と春分・秋分を「二至二分」と言います。
 そして「立春・立夏・立秋・立冬」を「四立」と言います。

 この二十四節気は、太陽の位置を基にしているので、ほぼ変動しません。
 そこで、これを暦の中に書き込んで利用したのです。

 今、新聞やテレビでよく「旧暦」という言葉が使われます。
 現在私たちが利用している暦は、「新暦」とも呼ばれ、明治5年に新たに採用された太陽暦です。
 それ以前に使用されていた暦が、江戸時代末期の天保13年(1842)に改正され天保15年から施行された暦のため「天保暦」と呼ばれていました。
 「旧暦」とは、「暦と時の事典」(内田正男著)などによれば、この「天保暦」のことを指すそうです。
 天保暦以降は、立春を一年の始まりとしていますが、天保暦以前は、冬至を一年の始まりしていました。
 そして、冬至を含む月は11月とすると決まりが古くからありました。
 太陽の周期と月の満ち欠けは同じ周期ではないため、冬至と11月の新月(つまり朔日)が重なるのは19年に一度にしか巡ってきません。
 そのため、冬至と11月朔日が重なることは、「朔旦冬至(さくたんとうじ)」と呼ばれ非常にめでたいこととされていて、天明6年(1786)まで宮中で祝賀行事も行われたそうです。
 実は、一昨日の冬至は、この「朔旦冬至」だったそうです。
 19年に一度の大変珍しい冬至だったんでね。
 そう言われて、暦をみると、確かに旧暦では、一昨日は11月1日になっています。
 なお、朔旦(さくたん)とは、一日の朝を意味する言葉です。

 二十四節気は、来年の江戸検では、要注意の事項だと思います。
 これから、適宜、二十四節気に関連する記事を書いていこうと思いますが、江戸検を受検される方は、二十四節気はすべて暗記しておいた方がよいと私は思います。


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by wheatbaku | 2014-12-24 13:37 | Trackback
穴八幡「一陽来復御守」(江戸の祭り)
 昨日は冬至でしたね。
 柚子湯に入りましたか?
 かぼちゃを食べましたか。
 冬至のことを「一陽来復」とも言います。

c0187004_13553348.jpg 早稲田の穴八幡宮で、「一陽来復」の御守を頂けるので、穴八幡宮に行ってきました。
 穴八幡宮は、東京メトロ「早稲田駅」2番出口から徒歩2分の距離にあります。
 「一陽来復の御守」は、冬至から節分まで配布されますが、冬至の日に「一陽来復の御守」を頂く人が多いというので、冬至の昨日、穴八幡宮に行ってきました。
 浦和で3時30分まで用事があったため、穴八幡宮に到着したのは、4時30分ごろで、もう夕暮れ時でした。
 屋台には灯りが灯っていました。

c0187004_13555716.jpg 境内には、御守をいただく人守札の配布所の前には、ロープがはってありました。
 いくらか人は少なくなっていたようですが、200人ほどの人が並んでいたように思います。
 右写真の左手の建物で御守をいただきます。右側には、それを待つ人たちの列が続いています。

 
c0187004_1401581.jpg 冬至から節分までの御守の配布時間は次のようになっています。
 冬至から大晦日まで  午前8時から午後7時まで
 正月から節分まで   午前9時から午後5時まで

 御守をいただいた後、拝殿でお参りしましたが、右写真のように拝殿もお参りの人でいっぱいでした。

 「一陽来復」御守は、江戸時代の元禄年間から続く御守で「金銀融通」の御利益があるそうです。
c0187004_13561948.jpg 「一陽来復」の御守は二種類あります。 「一陽来復御守」と「懐中御守」の御守です。
 右写真の右が「一陽来復御守」で、左が「懐中御守」
 本来の「一陽来復御守」は、平たいものではなく立体的になっています。

c0187004_1411963.jpg 「一陽来復御守」は、冬至、大晦日、節分の夜中12時に、その年の恵方に向かってお祀りするようです。
 懐中御守は、財布などに入れて持ち歩けるものです。
 「一陽来復御守」をお祀りするには、恵方でないといけないということです。
 来年の恵方は、「申酉(さるとり)の方角だそうです。
 つまり真西から少し南寄りの方角です。

 「一陽来復御守」は、節分までの毎日いただけますので、興味のある方は、穴八幡にお参りされるとよろしいかと思います。
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by wheatbaku | 2014-12-23 13:56 | Trackback(1)
嶋村 (江戸の老舗)
 先週、八重洲にある会席料理の老舗「嶋村」さんにお邪魔しました。
 そこで、今日は、「嶋村」さんの御紹介をします。

c0187004_1849303.jpg 「嶋村」さんは、東京駅の八重洲中央口から徒歩2分のところにあります。
 「嶋村」さんは、嘉永3年(1850)の創業のお店ですので、創業以来約130年の暖簾を誇る老舗です。
 江戸時代の料理番付にもたびたび登場している有名店です。

 「嶋村」さんは、嘉永3年に、嶋村善吉が始めたお店で、当初は仕出し専門で江戸城出入りも許されたほどの腕だったそうです。
 初代善吉が、どこの出身であるかは記録がないためはっきりしないそうです。
 c0187004_1945451.jpg 「嶋村」さんは、仕出し専門で、西の丸の御用も勤めていました。
 安政7年3月3日、いつものように、後に4代名目を継ぐ延太郎が西の丸に登城しようとすると、桜田門外で呼び止められました。その場に止まっていると、井伊大老の行列が差しかかりました。
 すると水戸浪士たちが行列に斬り込み、井伊大老の首があがるまで、延太郎が一部始終をみたという話が残されているそうです。

 明治になり徳川家が駿府に移った際に、初代善吉・二代目善吉は、徳川家と共に駿府に移り住みました。
 そして、江戸の「嶋村」さんを継いだのが、板場を任されていた加藤善吉です。
c0187004_18424527.jpg 加藤善吉は、「嶋村」の暖簾と「善吉」の名前を譲られ、それ以降加藤家が、「嶋村」さんを継いでいくこととなりました。
 現在の加藤一男社長様は、8代目になります。
 突然お邪魔したのにもかかわらず、ご丁寧にご対応いただき、質問にも詳しくお答えいただきました。
 加藤様、ありがとうございました。

c0187004_1974457.jpg 「嶋村」さんは、当初は、檜物町(ひものちょう)に店舗を構えていました。
 右写真は安政年間の料理番付ですが、行事として載っています。
 この料理番付では、檜物町(ひものちょう)となっていますが、他の番付では日本橋や数寄屋町となっていたりします。
 ですので、御主人にその点を質問させていただいたところ、「檜物町が正しい町名です。江戸時代にそこから移転はしていません。番付で町名は違っているものの、現在まで続く「嶋村」であることに間違いありません」とのことでした。

c0187004_1983619.jpg 昭和になって、近隣の保険会社の敷地を拡張することになったため、、昭和2年に現在地に移転してきました。
 それ以降、現在地で営業をしており、昭和52年には8代目ご主人の手で鉄筋コンクリート5階建のビルに建て替えました。

 
c0187004_1991479.jpg 「嶋村」さんは、八重洲のビジネス街近くにあるため、昼はサラリーマンで一杯でした。そしてメニューも、サラリーマン向けの手ごろな価格の品もそろっています。
 そうした中で、個室もあり、江戸料理も味わうことができます。
c0187004_19411446.jpg 私がお邪魔した日は、平日であったので、残念ながら「幕末会席」はありませんでしたので、「江戸散歩」という、会席コースをお願いしました。
 予約してからお邪魔しましたので、2階の個室で頂戴しました。
 お通し ⇒ 刺身 ⇒ 炊きあわせ ⇒ 天麩羅 ⇒ 御飯と味噌汁 ⇒ デザート
という順に提供されました。
 右上写真は、お通しと刺身 ⇒ 炊き合わせ ⇒ 天麩羅と御飯・味噌汁 です。

 「嶋村」さんの江戸料理の名物は、「幕末会席」です。
c0187004_19405028.jpg 「幕末会席」は、土曜日にだけ提供される料理です。
 「幕末会席」はまたの機会に頂戴したいと思います。
 「幕末会席」は、7代目ご主人が口伝やメモを基に再現したものだそうです。
 右写真は、ぐるなびの「嶋村」さんのページに載っている「幕末会席」です。
 おいしそうですね。

 個室には、良寛和尚の書が掲示されていました。
c0187004_19413522.jpg 右から2番目の漢字が読めないのでお聞きしたところ、「愚」という漢字だそうです。
 左からは「比無信愚頑」と書かれています。
 読む場合には「頑愚信無比」であり、「愚かなほど頑なに信じる事はこれに比べられるものはない」と読むようです。
 江戸は火災の多い町ですし、明治以降も関東大震災や東京空襲という大被害があった都市です。
 「嶋村」さんも、数多くの火災にあっているため、昔のものは、あまり残っていないそうです。
 そうした中ですので、「良寛の書も保存状態は良くないのですが・・・」とご主人は御謙遜されていましたが、大変貴重な書だと思います。

 御主人の加藤様、ご丁寧なご対応ありがとうございました。
  おいしい料理と興味深いお話に大満足のひとときでした。
感謝申し上げます。

 赤印が「嶋村」さんです。東京駅八重洲中央口のすぐそばです。

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by wheatbaku | 2014-12-22 08:23 | 江戸の老舗 | Trackback
『江戸楽アカデミー』の春期講座の案内
『江戸楽アカデミー』の春期講座の講師をさせていただくことになりました。

 『江戸楽アカデミー』は、小学館集英社プロダクションが主催する『江戸を楽しむ講座』です。
 江戸検の関連講座として開設されています。
 その 『江戸楽アカデミー』で、今回から、江戸検1級合格者を講師にした講座が新しく開設され、その講師をさせていただくことになりました。
 良い機会ですので、一生懸命、講義させていただこうと思っています。
c0187004_1040256.gif

 今回の講座には、次のような前書きがされています。
 江戸検合格の実力を活かし多方面で活躍する1級合格者を講師に迎え、専門の研究者とは一線を画した、1級合格者ならではの視点で江戸をテーマに解説する講座です。
 私は研究者ではありませんので、専門的なお話はできませんが、幸いなことに、江戸の史跡ガイドの実体験や江戸検受検者の皆さんとの交流がありますので、そうした経験を踏まて、江戸検を受検される方に役立つ実践的なお話をしたいと思います。

 講座タイトル

 過去問題を総チェック!
 ~江戸のお祭り関連問題の解説とポイント~


 開催日  2月28日(土) 午後1時30分から午後3時


 講義の内容は主に次の三点です。
 1,過去問題の傾向と対策 2,「祭礼と歳時」関係の過去問の解説 3,合格のための勉強方法

 現在、考えている講義内容をお知らせします。
1過去問題の傾向と対策、
 江戸検の過去問題は、知識情報の宝庫です。
 過去問題を見直すことによって、江戸の勉強になるとともに、来年の試験対策にもなります。
 現在、過去の試験問題について一級の問題を中心に分析中です。
 ①どの分野からの出題が多いのか
 ②公式テキスト「博覧強記」のどの項目からどれくらい出題されているのか
 ③時代的には、いつの時代が多いのか
などの分析結果をお話したいと思います・
c0187004_1114481.jpg その上で 
  ①出題意図の見分け方
  ②過去問からみた受検対策
 などについてもお話したいと思います。

②「祭礼と歳時」関係の過去問の解説
 

 江戸検のお題は「祭りだわっしょい 江戸の祭礼と歳事」となりました。
 「祭礼と歳事」に関する問題は、既に過去の江戸検でもかなり出題されています。
 これらについて関連知識も含めて解説します。
 今のところ、天下祭りは必須だと考えています。

③1級合格のための勉強方法
 江戸検協会からの要請は、「江戸検対策の参考として、自らの受験体験をもとに江戸検対策学習の要点や勉強方法なども披露してもらいたい」とのことでした。
 そこで、私の経験から、1級に合格するために、どんな本を読んだか、どのように勉強したか、何時間勉強したかなどについても披露させていただこうと思っています。

 今回の講座は、既に何回も一級に挑戦されている方にも、もちろん受講していただきたいと思います。
 その上で、今回2級に合格された方にもぜひ受講していただきたいと思います。
 第9回の江戸検で2級に合格された方は105人いらっしゃいます。
 2級までの受検勉強と1級の受検勉強はまったくちがうというのが私の実感でした。
 2級の受検勉強の延長で準備されていると、結果はかなり厳しいと思われます。
 2級に合格されて来年1級に挑戦される方には、どのように準備したらよいか考える上で参考になる講義にしたいと思います。

 ですから、初めて1級を受検される方には是非ともお聞きいただきたいと思いすし、既に受検されたことのある方にもお聞きいただきたいと思います。
 もちろん、2級・3級を受検される方にも役にたつ講義にしたいと思っています



 多くの皆様のお申込みお待ちしています。
 春季講座の一覧と申し込み方法は次のホームページで案内されています。
  江戸楽アカデミー春季講座ご案内 

 なお、春季講座の申込書は、合否通知に同封されているようですので、それを利用していただいてもお申込みできます。

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by wheatbaku | 2014-12-19 11:19 | 江戸検定 | Trackback
浅草寺「羽子板市」(江戸の祭り)
 江戸検の結果が出ましたね。
 皆さん、どうでしたか?
 合格された方、おめでとうございます。合格に届かなかった方残念でしたが、来年の捲土重来を期して頑張ってください。 
 来年の江戸検のお題は「祭り」だと聞きました。
 そこで、本日は、浅草寺の「羽子板市」に行ってきました。

c0187004_18135290.jpg 浅草寺は、いうまでもありませんご本尊様は「観音様」です。
 「観音様」の御縁日は18日ですので、羽子板市も、縁日に合わせて17日から19日の3日間行われます。

 羽子板の露店は、仲見世を過ぎた宝蔵門から五重塔の辺りに出店していて、多くのお客様でごったがえしていました。
 今年の露店は50軒ほどとのことですが、昔に比べる随分少なくったようです。
 昔は夜遠しで行われたそうですが、現在は午前9時から午後9時まで営業しているそうです。

 羽子板市は、江戸時代の「歳の市」の名残りです。
 江戸時代は、毎年12月17・18日に正月用品や縁起物を売る店が境内に集まり「歳の市」と呼ばれていました。
c0187004_18142234.jpg 斉藤月岑の「東都歳時記」には次のように書かれています。

 十七日 今明日、浅草寺年の市
 今日宝前には修法なし。堂前にて大黒天開運の守を出す。当寺境内はいうに及ばず、南は駒形より御蔵前通り、浅草御門まで、西は門跡より下谷車坂町・上野黒門前に至るまで、寸地を漏らさず仮屋を補理し、新年の儲けとて、注連飾りの具、厨房の雑器、破魔矢、手毬、羽子板等の手遊び、その余種々の祝器をならべ、 声は巷にかまびすしく、都鄙の諸人これを求むるを恒例とし。陰晴を嫌わず群集する事、さらに昼夜のわかちなく、大路に  して東西に道を分けかね、縦横に目も配りかたし。また、裏手の方は、山の宿・砂利場に満ちておびただし。この日の吉原の賑わいいうもさらなり)

c0187004_18224354.jpg  そして、以前は12月9日10日の市であったが、観音様の縁日の方が、年の市より、人々が多く集まるので、年の市を、17日18日に変更したと言われている
とも書いています。

 浅草寺の歳の市は、相当の人出で大変混雑したようです。
 そのため次のような川柳もあります。
  雷も なりつぶされる 市二日
  馬道も 人でふさがる 市二日
  鳩も豆 喰う隙も無き 市二日

c0187004_18453423.jpg   江戸時代に大変盛んだった「歳の市」が、明治以降は、羽子板を主に売る「羽子板市」に変化してきました。
「羽子板」は、「羽子板」でつく「おい羽根」が害虫を食べる「トンボ」に似ているため、悪い虫がつかないとか、またそのかたい「豆」(むくろじ)の部分から「魔滅(まめ)」にあてられ魔除けになる、あるいは「マメに暮らせる」などの縁起を担ぎ、江戸後期のころから女子の誕生した家に羽子板を贈る風習ができました。
 これによって羽子板を正月の縁起物として「歳の市」で扱う店が増えていったからだと伝えられているそうです。

 現在の「羽子板市」は、以前に比べると賑やかさが少なくなったそうです。
 露店の数も50軒ほどだそうですが、以前はもっと多く、現在の営業時間は午前9時から午後9時までですが、昔は、徹夜で営業していた時期もあるようです。
 「羽子板市」で売られているものは、すべて一品ものだそうです。
 作者も違い、使われている材料も異なっているためだそうです。
 そのため、すべての羽子板の値段が違います。
 右上の写真の右の「連獅子」の羽子板は12万円、左の「金閣寺」の羽子板は、8万8千円だそうです。
c0187004_852258.jpg ちなみに、このお店で販売されているものは、歌舞伎の演目を材料にしているとのことでした。
 しかし、歌舞伎の演目が主流とはいえ、別のお店では、時代に合わせた羽子板も売っていました。
 右の「アナと雪の女王」は8万円、左の「アンパンマン」は12万円だそうです。
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by wheatbaku | 2014-12-18 18:00 | 江戸の祭礼歳事 | Trackback
  

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