五色不動尊めぐり(1)
 五色不動とは、寛永年間に、3代将軍家光が、天海大僧正の具申により、江戸の鎮護と天下泰平を祈願して定められたとされている。五色不動尊とは、目白、目黒、目赤、目青、目黄の不動尊のことであり、東・西・南・北・中央を表しています。

 今日は、目黄不動尊を廻りました。目黄不動尊以外は1ヶ寺ですが、目黄不動尊は2ヶ寺あります。

 c0187004_17523254.jpg目黄不動尊 最勝寺
 
 
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総武線の平井駅から約10分のところにあります。

 c0187004_17525531.jpgこちらが本堂

 c0187004_17531523.jpgこちらが不動堂


 
 御住職の奥様がお相手してくださったが、不動堂に昇り、お不動様を拝みお経をあげることができました。
 お経をあげ終わったら不動経の経本があったので、購入しました。




 c0187004_1803410.jpg目黄不動尊 永久寺 
 最近本堂を建て替えたようで、新しい近代的な本堂です。
 
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 三ノ輪駅のすぐそばで地下鉄の出口からすぐです。


 c0187004_181995.jpgこちらが不動堂



c0187004_1812715.jpg不動堂の扁額が新しい

 外からお経をあげましたが、堂内のお不動様をしっかり拝むことができました。
 
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# by wheatbaku | 2009-02-18 19:35 | 五色不動尊 | Trackback
「市塵(藤沢周平著)」を読む
 新井白石を描いた小説で、6代将軍家宣と7代将軍家継の政治顧問としての活躍を描いている。

 市塵(しじん)とは、家宣・家継2代の将軍に仕えた後で、将軍吉宗の代になると、白石が寄合に降格され、白石が進言した施策がことごとく覆された時に、家宣に仕えるまで、深川の市塵の中でくらしていた時代にかえろうと考えて、自分を納得させた場面にでてくる言葉である。

 江戸時代を通じて、政治を大きく係った儒者は新井白石だけであるが、「白石は、聖より俗に、観念より事実に、理屈より実証に惹かれる性格である」と書かれており、新井白石が、儒者に留まらず家宣の政治顧問となって活躍した背景がよくわかる。

 新井白石の業績は、たくさんあるが、この本のなかでも、シドッチの尋問、武家諸法度の改正、朝鮮通信使の接遇改正、海舶互市新令の発布などの経緯が取り上げられている。
 特に、シドッチの尋問と朝鮮通信使の接遇改正の対応が対照的に描かれていておもしろい。
 新井白石は、「鬼」と言われて怖れられたようである。朝鮮通信使接遇改正での対応は、まさに「鬼」といわれた白石の面目躍如の対応で、朝鮮通信使正使の抗議や同じ木下順庵門下の雨森芳州からの抗議に一歩も引かない厳しい交渉姿勢が描かれている。
 一方、シドッチに対しては温かな対応をして、シドッチと心を通わせた姿が描かれている。

 全体として新井白石の業績を詳細に描いていて、大変おもしろく読んだ。
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# by wheatbaku | 2009-02-12 19:46 | 江戸に関する本 | Trackback
御府内八十八ヵ所めぐり(3)  牛込地区
 御府内八十八ヵ所めぐり  今回は牛込地区の2ヶ寺を参拝しました。
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31番 多聞院
 地下鉄大江戸線の牛込柳町駅から約10分
 入り口から少し坂を上った奥にあります。
 
 本堂は木造ですが、庫裏は近代的な建物でした。
 節分の後にお参りしましたが、奥様から、御祈願された節分の豆をいただきました。感謝!感謝!

 22番 南蔵院
 地下鉄大江戸線牛込神楽坂駅から1分。大久保通りに面しています。
 多聞院から歩くと約15分
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本堂・庫裏は近代的な鉄筋コンクリートの建物

 しかし、その隣の聖天堂は木造。聖天様は牛込聖天といわれているようです
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# by wheatbaku | 2009-02-07 20:01 | 御府内八十八ヶ所 | Trackback
元祖山手七福神巡り
 元祖山手七福神巡りは、東京最古の七福神をうたっている目黒を中心にした七福神です。妙円寺には、福禄寿・寿老神が祀られているので、七福神であるが6ヶ寺を巡ることになります。 今日の巡拝順序は①覚林寺(毘沙門天)→②瑞聖寺(布袋尊)→③妙円寺(福禄寿、寿老人)→④大円寺(大黒天)→⑤蟠龍寺(弁財天)→⑥滝泉寺(恵比寿)

c0187004_15501698.jpg◆覚林寺(かくりんじ)
■ 毘沙門天 
 覚林寺は、日蓮宗のお寺だが、加藤清正の位牌や像が祀られていることから清正公(せいしょうこう)と通称されています。お寺の前の交差点も「清正公前(せいしょうこうまえ)」です。

c0187004_15504229.jpg これが、清正公を祀っている「清正公堂」。何てお読みするのか尋ねたら、「せいしょうこうどう」と読むとのことでした。

c0187004_1551182.jpg 毘沙門天は、山門を入った左手のお堂に安置されています。



c0187004_15522580.jpg◆瑞聖寺(ずいしょうじ)

■ 布袋尊

 黄檗宗の寺院ですので、中国風のお寺でした。本堂は大きいかったですね。
 


c0187004_15515110.jpg◆ 妙圓寺(みょうえんじ) 
■ 福禄寿・ 寿老人
 国立自然教育園の前にあり、目黒通りから南に坂を少し下って境内があます。


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 福禄寿と寿老人の像が祀られているのは、本堂右手の妙見堂です。




c0187004_15523928.jpg◆ 大円寺
■ 大黒天
大円寺のご本尊は、伝教大師作と伝えられる大黒天。 
 大円寺の前の坂が行人坂と呼ばれていますが、このお寺が江戸三大大火の一つといわれる「目黒行人坂の大火」の火元となったことで有名です。
 そうしたことから、この大火によって犠牲になった人々の霊を慰めるため、石造の五百羅漢が作られ、本堂左手に並べられています。


c0187004_1553257.jpg◆ 蟠竜寺(ばんりゅうじ)
■岩屋弁財天
 大円寺の前の行人坂を下り、目黒川を越えて、山手通りに出ると蟠竜寺があます。

 
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 岩屋弁財天は、本堂の右手の岩窟の中に安置されています。岩屋弁財天は、「江戸名所図会」や「東都歳時記」にも載っている江戸の名所



c0187004_1554535.jpg◆ 瀧泉寺(りゅうせんじ)(目黒不動・めぐろふどう)
■ 恵比寿神
 目黒のお不動様。目黒の地名は、このお不動様から由来しています。本堂は石段を登った高台にある大きな建物。本堂では昇殿してお参りができます。
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恵比寿神は、境内のはずれ、三福堂に祀られていました。
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# by wheatbaku | 2009-02-03 21:50 | 七福神めぐり | Trackback
柴又七福神めぐり
c0187004_11442688.jpg今日は自治会の「歩こう会」新年恒例の七福神めぐり。今年は、寅さんの故郷柴又を巡りました。c0187004_1234386.jpg 
 寅さんは柴又駅前で旅に出るときに帝釈天を振り返った感じで帝釈天の方向を見てたっていました。

 今日の七福神めぐりは、柴又駅ではなく、京成線高砂駅からスタート

c0187004_11374317.jpg◆ 勧蔵寺(かんぞうじ)  
■寿老人
 京成線高砂駅から歩いて6分ほど、境内の入り口は西側にあるので、駅からはお寺の廻りを回る感じになる。線路沿いであるが静かなお寺です。





c0187004_1138252.jpg◆ 医王寺(いおうじ) 
■恵比寿天 
 北総線新柴又駅からの3分ほど。本堂は鉄筋コンクリートで山門も最近新しく建てた感じの山門でした。





c0187004_113818100.jpg◆ 宝生院(ほうしょういん)  
■大黒天
 お寺の境内はひろびろとしており、ゆったりした気分になります。本堂に昇り、大黒様を拝むことができました。







c0187004_11383443.jpg◆ 万福寺(まんぷくじ) 
■福禄寿
 境内はちょっと狭いが近代的なお寺で境内も整然と整えられていて気持ちが落ち着くお寺でした。






c0187004_11385437.jpg◆ 良寛寺(りょうかんじ) 
■宝袋尊
  普通は「布袋尊」とかかれるが、ここでは、「宝袋尊」とかかれています。境内に大きな宝袋尊像が鎮座していました。
 





c0187004_11391746.jpg◆ 真勝院(しんしょういん) 
■弁財天
 山門から本堂まで長い参道が続く。明る静かなお寺でした。本堂も大きい。題経寺からはすぐです。





c0187004_11393156.jpg ◆ 題経寺(だいきょうじ)(柴又帝釈天・しばまたたいしゃくてん)  ■ 毘沙門天
 有名な、柴又の帝釈天。大勢の参拝客。本堂に昇り、お参りができた。ご朱印を押してもらうのに大勢ならんで待っていたのでちょっと時間がかかりました。
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# by wheatbaku | 2009-01-25 11:36 | 七福神めぐり
「花影の花(平岩弓枝著)」を読む
 大石内蔵助の妻りくを描いた小説である。内蔵助の3男の大三郎が、広島藩浅野家に1500石でかかえられた後に、内蔵助への嫁入りや赤穂事件や切腹後の様子を振り返る形で描いている。
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 まず、感じるのは、赤穂義士の苦労も大変であったが、その家族の苦労も大変であったということである。赤穂義士の話・小説の多くは、赤穂義士の英雄談として描かれることが多いが、この小説では義士の妻子の苦悩・悲しみがよくわかる。 
 りくの苦悩が中心であるが、大三郎にしても、偉大な父の前に押しつぶされてしまっており、「自分で望んで内蔵助の子に生まれてきたわけではない」と叫ばさせている。忠義の士の子といわれた子供の苦悩も描かれている。

 内蔵助の妻のりくでさえ、この小説のごとく、苦労しているのであれば、討ち入りした義士の妻子の苦労はいかばかりかと思う。まして、途中で脱落した藩士やその家族は、世間から逃れてひっそりとくらしたのではないかと予想させられる内容であり、赤穂事件の違う面をみる思いがした。

 また、赤穂事件について女性の側からの見方が書かれていて興味深い。
 いくつか例を挙げると
 ①浅野内匠頭が饗応費用を惜しまなければ切腹はなかっただろうと思う場面。
 ②公弁法親王が切腹がよかったといったと聞いて、出家の方が死がよかったとはあまりに非情だと憎く思った場面。
 なるほどと考えさせられた。
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# by wheatbaku | 2009-01-25 10:04 | Trackback
「官僚川路聖謨の生涯(佐藤雅美著)」を読む
 c0187004_1153101.jpg題名のとおり、幕末期の外国奉行を勤め、プチャーチンと日露和親条約を結ぶ交渉を行った川路聖謨の生涯を描いた小説である。日田の代官手付けの子供として生まれた川路家に養子に入った後、能力を発揮し、勘定吟味役、佐渡奉行、奈良奉行、大阪町奉行を経て勘定奉行・外国奉行に昇進していく。
 
 仙石騒動(せんごくそうどう)は江戸時代末期に発生した御家騒動の一つとして有名であるが、これを寺社奉行吟味物調役として寺社奉行所に出向していた川路が処理していたことは、この小説で初めて知った。
 また、開国交渉に来航したロシア使節プチャーチンの船が、下田を襲った津波のため破損し、戸田で新しい船を建造しその船「へだ号」でロシアに帰国したが、その建造に川路が関わっていたことも、この小説で知った。

 川路は、有能な官僚であった。著者はあとがきで「川路は稀有の立身出世を遂げた男でそれだけで驚嘆すべきことであるが、それもさることながら群の抜いて優秀な官僚だったことをもう一度認識させられたということになろう。川路は江戸期を通じてこの人を超える官僚はいなかったろうと断言しても、けっして大げさではない、官僚の鑑といっていい官僚である」と書いている

 川路は、江戸城開城決定直後、ピストル自殺をとげるが、67歳という年齢であり、今後の半身不随の老醜をさらすものではないと考え自殺したと描かれている。ピストルを使用したのは、中風のため、半身不随で、切腹ができなかったからのようである。
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# by wheatbaku | 2009-01-23 20:50 | 江戸に関する本 | Trackback
江戸からの和菓子(5) 高木屋 草だんご
江戸からの和菓子第5弾は、柴又の高木屋。
c0187004_1043317.jpg 京成線柴又駅を降りて、柴又帝釈天に向かう賛同にある。高木屋は、参道をはさんで両側にお店があり、明治・大正に建てられて建物とのことです。

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草だんごは、5個500円でお店でも食べられるが、この日は一杯でした。

c0187004_1062883.jpg 草だんごは、無添加と書いてありましたが、まさにヨモギの香りがし、自然な味で、すばらしいものでした。







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 柴又帝釈天は、ご存知「フーテンの寅さん」のふるさと。柴又駅を降りると、フーテンの寅さんが出迎えてくれます。寅さんは、帝釈天の方に顔を向けて立っています。
 
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帝釈天の参道は、大勢の人で一杯でした。こちらは、帝釈天の山門
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# by wheatbaku | 2009-01-21 20:32 | 江戸からの和菓子 | Trackback
江戸からの和菓子(4)言問団子
 江戸からの和菓子第4弾は言問団子c0187004_11583635.jpg
 長命寺桜もちのお店から道路を挟んだ北側にある。浅草駅から歩けば20分程度か。
 言問団子は、江戸末期の慶応3年創業とのこと。
 その名は、、在原業平の和歌「名にしはばいざ言問はん都鳥 我が思ふ人はありやなしやと」(『古今和歌集』)にちなんで命名されています。



c0187004_11591234.jpg 硝子窓で明るい店内に売場と喫茶コナーがある。喫茶コーナーからは隅田川沿いの桜の木も見えるので、桜の季節にはすばらしいのではないかと思いました。


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 言問団子は、普通の団子と違い、串にさされていません。色は白、小豆、黄色の三色。黄色はクチナシよりとった色粉で青黄色にしているとのことです。
 店内では、三個1セットで
600円。甘さを控えた味です。
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# by wheatbaku | 2009-01-19 22:44 | 江戸からの和菓子 | Trackback
「義民が駆ける(藤沢修平著)」を読む
 この小説は、天保年間に起こった「三方領地替」に反対した庄内藩の農民のお話である。c0187004_14301874.jpg著者の藤沢周平は、山形県鶴岡市の出身で、まさに地元である。
 
 三方領地替えというのは、江戸時代によくあったようであるが、この題材となっている川越藩→庄内藩→長岡藩→川越藩というのが最も有名である。

 そもそもは、川越藩(松平越前系)が裕福な藩への転封を11代将軍家斉にお願いしたことに発する。時の老中水野忠邦以下幕閣は、家斉の意向のまま、また藩首脳部はいやいやながらも幕府の意向に従って、転封に応じようとする。

 ここで立ち上がったのが庄内藩の農民である。「雖為百姓不仕二君(ひゃくしょうといえどもにくんにつかえず)」をスローガンに、江戸に出府し駕籠訴を繰り返し、近隣の藩への訴えも行う。
 そうした中で、御三家や外様大名の支持を拡大し、最終的には、領地買えを撤回させることができる。

 有名な「三方領地替」のきっかけや庄内藩の対応・幕閣などの対応がビビッドにわかり、非常に面白い。特に農民の動きがよくわかる。 


 最後に、江戸検1級用公式テキストに乗っている「夢の浮橋(うきはし)」はこの一揆の顛末を描いた絵巻物である。
 
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# by wheatbaku | 2009-01-19 20:23 | 江戸に関する本 | Trackback
  

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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