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浪士組結成(「幕末」)
 今日から、新選組について書いていきます。

 新選組を語るには、その前身である浪士組を語る必要がありますので、最初に浪士組について書いていきます。
 (右下写真は、浪士組が集合・出発した小石川伝通院です)

 浪士組は、庄内藩郷士清河八郎の建言に基づいて幕府により結成されました。

c0187004_10090006.jpg 清河八郎は、本名斎藤正明といいます。清河という姓は出羽国田川郡清川に生まれたことによるものだそうです。

18歳で江戸に出て,東条一堂,安積艮斎に師事し、昌平黌でも学び,剣を千葉周作に学びました。

その後、神田に塾を開き,文武二道を指南しながら、山岡鉄舟や伊牟田尚平,益光休之助らと「虎尾の会」を結成し,尊王攘夷を画策.実施しました。

『新選組全史』(中村彰彦著)によれば、赤羽橋でアメリカ公使館の通訳のヒュースケンを斬ったのは伊牟田尚平や清河八郎たちだと書いてあります。

こうした活動の中で、殺人事件を起して、幕吏に追われれる身となったため、逃亡と遊説をかねて,東北から九州へ旅をしたこともあります。

攘夷運動が高まるなかで、清河八郎は、文久2年(1862)、幕府に浪士組編成と尊攘派の大赦とを建言しました。
 尊攘派の大赦とは殺人を犯した清河八郎自身の大赦がねらいだったようです。

この清河の建言を入れて浪士組が結成されることになりました。

その取扱には、当初、松平忠輝の子孫で講武所の剣術教授方の松平忠敏が命じられました。

c0187004_10115216.jpgそして、募集の知らせが出され、これに応募した浪士たちは、文久3年2月5日に伝通院処静院(右写真)に集合を命じられましたが、この時には200名を超える浪士が集まったといいます。この際には取扱は鵜殿鳩翁に変っていました。

幕府は当初50人程度を予定していて一人50両を当てるとしていたようですが、予想外の浪士が集まったため支給額が10両に減額されたと言われています。

この浪士組結成の報を聞いて応募した浪士の中に、のちに新選組を結成する近藤勇グループと芹沢鴨グループがいました。

浪士組は、文久3年2月8日江戸を出発しました。浪士世話役に山岡鉄舟も命じられ、浪士組に同行しています。

この上洛途上、近藤グループと芹沢グループがどこに所属していたか、書いておきます。

中公新書「新選組」(大石学著)と「図解雑学新選組」によれば、次のようになっています。
 3番組新見錦(小頭:芹沢グループ)井上源三郎 (近藤グループ)

6番組近藤勇(小頭)土方歳三、山南敬介、沖田総司、永倉新八、原田左之助、藤堂平助(以上近藤グループ)、平山五郎、平間重助、野口健司(芹沢グループ)

c0187004_17044469.jpg浪士組は、中山道を利用し京都に2月23日に到着しました。京都に到着すると、浪士組の面々は壬生村に分宿しました。

『新選組全史』(中村彰彦著)によれば、鵜殿鳩翁、山岡鉄舟は前川邸(右写真)、清河八郎は新徳寺、近藤グループと芹沢グループは八木邸(右最下段)に宿泊することになりました。

c0187004_17044907.jpg 到着したその日に、清河八郎は、浪士組のメンバーを新徳寺(右写真)に集合させ、その真意を白状します。

清河八郎は、浪士組を結成し上洛したのは、尊王攘夷の建白書を御所に提出することだと宣言し、翌日、御所に建白書を提出しました。

これに対して、京に残留して将軍を警護すると主張したのが、近藤グループと芹沢グループです。
 中公新書「新選組」では、清河八郎の考えが、朝廷と幕府が離反した場合には朝廷につく尊王攘夷論であったのに対して、近藤の主張は、幕府の権力強化をもとに朝廷と幕府が一体となって政局を安定される公武合体論であったと書いてあります。

c0187004_17045395.jpg 清河八郎は、攘夷のための江戸帰還を主張しますが、
このとき、清河八郎に反対し京に残った近藤グループ8名(近藤 勇・土方歳三・沖田総司・井上源三郎・永倉新八・山南敬助・原田佐之助・藤堂平助)と芹沢グループ5名(芹沢鴨・平間重助・新見 錦・野口健司・平山五郎)の13名が後に新選組の中核となります。

浪士組は3月13日に江戸に戻ることとなり、近藤グループと芹沢グループ、さらにその後、残留を決めた人を含めて合計で24名が京に残ることになりました。

残った人たちは3月15日に会津藩預りとなることが決まり、この人たちが新選組(新選組と名のるのはしばらく後になりますが)となります。

これ以降は次回書きます。



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by wheatbaku | 2017-03-22 10:05 | 『幕末』 | Trackback
専称寺(六本木散歩)
 今日は専称寺のご案内です。
 桜田神社の前のテレ朝通りを広尾に向かい2分程度のところにあります。
c0187004_17202796.jpg 寛永7年(1630年)に創建された浄土宗の寺で、沖田総司の墓があることで新撰組ファンには有名です。
 専称寺という名前は、「専らに称える」、つまり、専修念仏、称名念仏の意であるため、浄土教系の寺院に「専称寺」という名前が多くつけられているようです。

  沖田総司は、陸奥白河藩士・沖田勝次郎の長男として、江戸の白河藩下屋敷で生まれました。
 幼くして両親をなくし、姉に育てられたと言われています。
 9歳の頃に、市谷にあった天然理心流の道場「試衛館」の内弟子となりました。剣の実力は天才的とも評され、若くして試衛館塾頭を務めました。
新撰組の近藤勇、土方歳三とは同門であり、浪士組結成の際に、近藤・土方らとともに 京都に上りました。
 浪士組が江戸に戻らされた際にも、近藤・土方らと一緒に京都に残り、新選組の結成に加わりました。
 新撰組では、一番隊組長として活躍しましたが、肺結核を発病し、有名な池田屋事件の際には、戦っている最中に血を吐いたともいわれています。
c0187004_17203229.jpg  鳥羽伏見の戦い後、江戸に戻り、療養を続けましたが、慶応4年5月30日になくなりました。
 沖田総司の父沖田勝次郎は奥州白河藩の家臣で麻布の下屋敷に詰めていました。
 この専称寺は白河藩阿部家の下屋敷の藩士たちの檀家寺だったそうです。
 幕末の切絵図を見ると、阿部家下屋敷は、専称寺の西側のごく近いところにあります。
 その縁で、この専称寺に沖田総司のお墓があります。
 しかし、沖田総司のお墓詣りは制限されています。
 庫裏には、左上のような張り紙がされていて、お参りができない旨が書かれています。

 沖田総司の墓を訪れることはできませんが、寺の脇の小径から墓地の中にある墓を望むことができます。
c0187004_17211530.jpg  屋根のあるお墓が沖田総司のお墓です。
 他のお墓と比べると小さめのお墓です。しかし、きれいに整っているのは、さすが新撰組人気ナンバーワンだけのことはあります。
 通常の日はお墓参りはできませんが、新選組友の会が、年に一度「総司忌」を開催していて、総司忌には専称寺のご厚意により、お墓詣りが可能です。
 今年の総司忌は6月22日に開催されるようです。
 新撰組友の会のHPによると、今年の総司忌は次のようだそうです。
 第39回沖田総司忌
 日 時:平成25年(2013年)6月22日(土)
 墓参11:00~12:30

 赤字が専称寺です。 青が昨日紹介した桜田神社です。

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by wheatbaku | 2013-04-17 08:03 | 大江戸散歩 | Trackback
  

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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