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第10回「江戸の祭礼と歳事」模試正解

 今日は、先週金曜日に出題した模擬試験の正解をアップします。

 今回は、間違がっている説明を指摘する問題を多くしました。

 そのため、幅広い知識が必要なので、正解を見つけるのが結構大変だったことだろうと思います。

 今回は、問題を難しくするために、間違い指摘の形式にしたのではありません。

 多くの知識を確認していただき、総復習していただこうと思ったのです。

 ですから、正解の数が少ないとがっかりしないで下さい。

 知らないこと・不確かなことを確認して復習するきっかけとしてください。

1

山王権現については、夏検には出題されていませんが、本試検では必ず出題されると思っていますので、要注意です。

①山王権現の神領は、合計で600石でしたので間違いです。参考図書参照P14

②山王祭の行列が初めて江戸城内に入ったのは寛永12年で将軍家光の時ですので間違っています。参考図書参照P16

③山王祭の行列は山車行列の最後に神輿3基が渡りましたので間違っています。参考図書参照P26

④御雇祭についての説明は正しいので、答えはこれとなります。参考図書参照P33

2

夏検では「取り締る人々」からは出題されていませんが、1級で出題される可能性が高いので、よく勉強しておいてください。

①説明文の通りです。参考図書参照P30

②説明文の通りです。参考図書参照P36

③説明文の通りです。参考図書参照P37

④天下祭の行列の江戸城内への繰り入れには、徒目付と小人目付が立ち会うと参考図書に書いてあります。徒目付・小人目付は目付の下僚で、目付とは異なる役職です。これが間違いです。 参考図書参照P37

3

浅草蔵前牛頭天王は、「団子天王」と呼ばれていました。参考図書参照P52

過去のブログでも紹介してあります。
 団子天王 をご覧ください。 

4

富くじについての参考図書の説明はかなり詳しいので、江戸の富くじの知識として読むという面でも大変参考になります。よく読んでおくとよいと思います。

①江戸で富くじが最初に行われたのは牛込戸塚の宝泉寺でしたので間違いです。参考図書参照P60

②説明文の通りです。参考図書参照P60

③説明文の通りです。参考図書参照P61

④説明文の通りです。参考図書参照P62

5

相撲もかなり出題しやすい項目だと思っています。よく勉強しておいてください。

①説明文の通りです。参考図書参照P66

②説明文の通りです。参考図書参照P66

③説明文の通りです。参考図書参照P67

④同じ藩の抱え力士同志の取り組みはありませんでしたが、同部屋対決はありましたので、この説明文は間違っています。参考図書参照P68

6

寄席は、江戸時代後期に非常に盛んになりましたが、天保の改革を大きな制限をうけています。

それについて詳しく参考図書にかいてありますので、その部分を選択肢の中に織り込んであります。

①説明文の通りです。参考図書参照P73

②天保の改革で、演じるのが許された出し物は神道・心学・軍書講釈・昔噺でした。軍書講釈が漏れていますので、これが間違っています。参考図書参照P73

③説明文の通りです。参考図書参照P73

④説明文の通りです。参考図書参照P74

7

「聖と俗の空間」は、浅草と吉原・猿若町の関係について今まであまり触れられていない視点で書かれていると思います。ちょっと注目です。

①説明文の通りです。参考図書参照P81

②説明文の通りです。参考図書参照P82

③浅草寺は、浅草に三座が移転してくることに当初は反対していたので、この説明が間違いです。参考図書参照P82

④説明文の通りです。参考図書参照P82

8

「江戸神仏願懸重宝記」は、これまで馴染みのない書物ですので、結構難しい項目です。

しかも夏検では出題されていません。だからといって油断は禁物だと思います。

ここは、要注意です。よく読んでおいたほうがよいと思います。

①「錐大明神」- 説明文の通りです。参考図書参照P86

②「源覚寺」- 説明文の通りです。参考図書参照P86

③「笠森稲荷」- 疱瘡平癒を願う際には土の団子を供えますので、これが間違いです。P87

④「高尾稲荷」- 説明文の通りです。参考図書参照P88

 

9

「稲荷信仰と稲荷社」について夏検では出題されていません。

しかし、江戸では「伊勢屋・稲荷に犬の糞」と呼ばれるほど多い神社です。

これも出題可能性が高いのでよく勉強しておいてください。参考図書参照P91

c0187004_16282879.jpg選択肢①三囲稲荷は東之方大関で、過去何度も出題されています。

選択肢②鉄砲洲稲荷が西之方の大関です。鉄砲洲稲荷は、24日の「鬼平散歩in佃島」でご案内する神社です。

選択肢③能勢稲荷は鷗稲荷とも呼ばれる稲荷です。

選択肢④下谷稲荷は現在下谷神社と名前を変えています。

10 

「流行神」というのは、あまり馴染みのない項目ですので、理解しにくい項目だと思います。しかも夏検では出題されていません。しかし、この項目は要注意だと思います。

 覚えるのが難しいからといって軽視するのは危ないと思います。

よく読んでおきましょう。

 嘉永2年の流行神は②翁稲荷 ③正受院の奪衣婆 ④お竹大日如来です。

選択肢①半田稲荷は麻疹流行のたびに人々が群参しましたが、嘉永2年の流行神ではありません。

参考図書参照P96

11

 伊勢参りは、過去にも出題されていますので、要注意です。

①伊勢御師の最大の収入源だったものは、檀家の人々を伊勢神宮へ導き、自分が経営する宿坊に宿泊させることでした。参考図書参照P103

②説明文の通りです。参考図書参照P103

③説明文の通りです。参考図書参照P104

④説明文の通りです。参考図書参照P105

12

 富士講は、江戸で非常に盛んでした。そこで、富士山信仰についても復習しておいてください。

①説明文の通りです。参考図書参照P107

②説明文の通りです。参考図書参照P108

③説明文の通りです。参考図書参照P109

④富士山の山開きは、現在は7月1日ですが、江戸時代には6月1日でした。富士講の部分だけでなく年中行事の方にも書かれていますので覚えておいてください。参考図書参照P109、P134

13

「厄災と慰霊」もあまりなじみのない項目です。なんで「江戸の祭礼と歳事」の参考図書に載っているのだろうと疑問に思った方もいるかもしれません。

 そういう疑問のある項目こそ要注意だろうと考えこの問題を出題しました。

①惣五郎が直訴したのは4代将軍家綱です。参考図書参照P114

②説明文の通りです。参考図書参照P114

③説明文の通りです。参考図書参照P114

④説明文の通りです。参考図書参照P115

14

 「江戸のおもな祭礼と歳事」から、夏検で「くらやみ祭」とも呼ばれる「府中六所明神祭礼」が出題されています。

 そこで、東京で有名な神社の祭礼を覚えてもらうため選択肢としてあります。 

①水天宮参り  説明文の通りです。参考図書参照P151

②湯島天神祭礼  説明文の通りです。参考図書参照P153

c0187004_16291642.jpg③佃島住吉明神祭礼では龍虎の頭が巡行しました。24日に開催する「鬼平散歩in佃島」では、これをご案内します。その前に右の写真でご案内です。参考図書参照P156

④王子権現祭礼 説明文の通りです。参考図書参照P157

15

今年は大阪でも江戸検が行われるので、西日本の祭礼にも念のため注意しておいたほうがよいと考えて、西日本の祭礼に関心をもってもらうため、あえて西日本の祭礼を選びました。

①和歌祭 説明文の通りです。参考図書参照P167

②津和野の鷺祭 説明文の通りです。参考図書参照P167

③小倉祇園太鼓 八坂神社に参籠した小倉藩主は細川忠興です。小笠原忠真は細川家が熊本に転封された後に入封した小倉藩小笠原家の初代藩主です。参考図書参照P169

④長崎くんち  説明文の通りです。参考図書参照P169


 以上、長い文章で、すみませんでした。

 読んでいいただいてお分かりになると思いますが、問題と選択肢とも、参考図書に記載されている順に並べてあります。

 総復習しやすいように、そうしてありますので、是非活用してください。


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by wheatbaku | 2015-10-20 09:38 | 江戸の祭礼歳事 | Trackback
第10回「江戸の祭礼と歳事」模擬試験問題

 今日は、江戸検のお題に関する今年最後の模擬試験を出題します。

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 夏の江戸検では、2級3級のみとはいえ、参考図書「祭りだわっしょい!江戸の祭礼と歳事」から、ほとんどの問題が出題されています。

 そこで、今回は、参考図書から、全問題を出題します。

参考図書の総復習として利用下さい。
 
従来出題していない項目からも出題したため、問題数が15問となっています。そのため、今年の模擬試験問題は、総数で105問出題したことになります。
 いくらかでもお役にたったのなら幸いです。

正解は、来週火曜日にアップします。

1、山王権現と山王祭について書いた次の説明で正しいものはどれでしょう?

①山王権現の神領は、徳川家康が五石、2代将軍秀忠が百石を寄進し、さらに3代将軍家光が五百石を寄進し、合計で650石であった。

②山王祭の行列が初めて江戸城内に入ったのは元和元年で将軍秀忠の時である。

③山王祭の行列は山車行列の途中に神輿をはさむ形式であった。

④御雇祭は、幕府が氏子以外の町に命じて出させる出し物である。

2、天下祭は、大規模な祭礼であったため、幕府も取締を強化していました。

天下祭の取り締まりについて書いた次の説明で間違っているのはどれでしょう?

①祭礼番付は、事前の取り決め通り祭礼が行なわれているかチェックするものだった。

②天下祭では、町奉行所は祭礼取扱掛名主を任命し氏子町の出し物全般を監督させた。

③町奉行所の祭礼出役は山王・神田・赤坂氷川の祭礼当日、行列の巡行に際して取り締まりを行なうのが主な任務だった。

④天下祭の行列の江戸城内への繰り入れには目付が立ち会った。 

3、浅草蔵前の牛頭天王の祭礼は、6月8日に行われました。

 神輿には、榊と四神鉾の行列が加わり、氏子の家々では団子を付けた笹を神前に奉納しました。

 この祭礼のため、浅草蔵前牛頭天王は、別名で呼ばれましたが、その別名は次のどれでしょう?

 ①榊天王 ②四神天王 ③笹天王 ④団子天王

4、富くじについての次の説明で間違っているのはどれでしょう?

①江戸で富くじが最初に行われたのは谷中感応寺であった。

②「御免富」が開始された時の将軍は8代将軍吉宗だった。

③「銭富」から「金富」へ移行された元文~宝暦期の富札1枚の販売価格は金一分であった。

④「江戸の三富」(感応寺・目黒不動・湯島天神)で富くじが開始されたのは、輪王寺と寛永寺の経営を救済するためだった。

5、相撲について書いた次の説明で間違っているのはどれでしょう?

 ①勧進相撲は集客力の高い寺社で行われ芝神明宮でも行われたことがある。

 ②当初、勧進相撲には土俵がなく人垣のなかで取り組みをした。

 ③土俵に近い土間より桟敷席が高級な席であった。

 ④同部屋対決や同じ藩の抱え力士同志の取り組みはなかった。

6、寄席は江戸っ子に大変人気があり、天保の改革直前には211軒の寄席が確認されているほどでした。

それでは、寄席について書いた次の説明で間違っているのはどれでしょう?

 ①文政~天保期の寄席は、昼夜交代制で7日目が区切りだった。

 ②天保の改革で、出し物は神道・心学・昔噺に限られた。

 ③天保の改革では江戸市中の15か所と、9か所の寺社境内での営業だけが認められた。

 ④天保の改革では寺社における寄席は各々1か所に制限されたが、浅草寺だけは3か所の設置が許可された。

7、浅草は吉原が近くにあるうえに、新たに造成された猿若町に江戸三座が移転させられました。そのため、浅草は、聖と俗の渾然とした町でした。

 これについて書いた次の説明で間違っているのはどれでしょう?

 ①スイスから来日したエメェ・アンベールは、浅草寺に吉原遊女たちの絵馬が飾られていることに興味を抱いた。

 ②吉原の仮宅が浅草寺と関係のある町に設置されたこともある。

 ③浅草寺は、参拝客が増えるので、当初から浅草に江戸三座が移転してくることに賛成していた。

 ④猿若町に移転後の中村座の初日に上演された演目は浅草寺に伝わる伝説をもとにした「金龍山誓礎(きんりゅうざんちかいのいしずえ)」だった。

8、「江戸神仏願懸重宝記」には、いろいろな願懸け対象が載っています。

それを中心に願懸けの方法として供物・断ち物・返礼などを決められた方法で行われたものがあります。次の組み合わせで間違っているのはどれでしょう?


 ①「錐大明神」- 3年間「鰯・ひしこ・ごまめ・たたみ鰯」などを口にしない。

 ②「源覚寺」- 願懸けする際に、「こんにゃく」を供える。

 ③「笠森稲荷」- 米の団子を供えて疱瘡平癒を願う。

 ④「高尾稲荷」- 祠に供えられた櫛を借りて、平癒後は櫛を倍にして奉納する。

 

9、「江戸の稲荷大明神番付」は、天保期ごろの江戸市中の稲荷を格付けしたものです。

 行事は、妻恋稲荷など5稲荷で、勧請元は王子稲荷となっています。

 それでは、西之方の大関となっている稲荷は次のどれでしょう?

 ①三囲稲荷 ②鉄砲洲稲荷 ③能勢稲荷 ④下谷稲荷  

10、江戸時代も幕末に近づくと異国船の接近が頻発したり天保の改革が失敗するなどして、漠然とした社会不安のなかで流行神現象が起こりました。

嘉永2年には複数の神仏が流行神となりましたが、次のなかで嘉永2年の流行神でなかった神仏はどれでしょう?

①半田稲荷 ②翁稲荷 ③正受院の奪衣婆 ④お竹大日如来

11、伊勢参りについて書いた次の説明で間違っているのはどれでしょう?

①伊勢御師は、いわば旅行斡旋業者であるが、伊勢神宮の神職だったものが商人化したもので、大神宮の御札が最大の収入源だった。

②伊勢参りする女性は嫁に家の実権を譲った40代~50代の人が多かった。

③オランダ商館の医師エンゲルベルト・ケンペルは、抜け参りの様子を「江戸参府旅行日記」に書き残した。

④犬だけの伊勢参りも行われ、1年ほどかけて会津の白犬が伊勢にお参りし帰国した例も記録されている。

12、富士講について書いた次の説明で間違っているのはどれでしょう?

①江戸で富士講を拡大させたのは食行身禄(伊藤伊兵衛)である。

②富士講は江戸庶民に熱狂的に迎え入れられ、俗に「江戸八百八講、信者八万人」と呼ばれた。

③江戸の富士塚の初めは、高田藤四郎らが10年近くかけて築いた「高田富士」である。

④富士山の山開き(7月1日)には多くの参拝客が富士塚を訪れた。

13、佐倉惣五郎義民伝説について書いた次の説明で間違っているのはどれでしょう?

①惣五郎は佐倉藩領の村役人で藩の苛政を3代将軍家光に直訴した。

②惣五郎を祀る「口の明神」が建てられた場所は平将門が城を築いた地とされている。

③惣五郎の百回忌に「宗吾道閑居士」の諡号を与えたのは堀田正亮だった。

④神田明神に祈願した時にみた夢に導かれ3代目瀬川如皐と佐倉に出向いて「東山櫻荘子」をつくった歌舞伎役者は市川小団次である。

14、江戸では特徴のあるさまざまな祭礼と歳事が行われました。その特徴ある祭礼・歳事について書いた次の説明で間違っているのはどれでしょう?

 ①水天宮参り ― 参詣者は水難除け・安産を願い、錠または錠と椿を描いた額を納めた。
 ②湯島天満宮祭礼 ― 砥餅という砥石の形の餅を神前に供え氏子にも配った。

③佃島住吉明神祭礼 ― 2体の獅子頭が巡行し神輿を海中に担ぎ入れた。

④王子権現祭礼 ― 参詣人は神前に小さな鎗を納め、ほかの人が納めた鎗を火災盗難除けの守りとして持ち帰った。

15、日本全国で江戸時代に起源・由来をもつ祭礼が現在も多く行われています。

その祭礼について書いた次の説明で間違っているのはどれでしょう?

①和歌祭 ― 紀州東照宮の完成の翌年元和8年に、紀州藩主の徳川頼宣が、徳川家康の霊を慰めるために行ったのが最初の紀州東照宮の大祭 

②津和野の鷺祭 ― 戦国時代に起源を持ちながら一時中断していたものを寛永20年に津和野藩2代藩主亀井茲政(これまさ)が復活させたもので、弥栄神社の例大祭で奉納される。

③小倉祇園太鼓 ― 元和4年の干ばつ・疫病・水害を憂えた小倉藩主小笠原忠真が八坂神社に参籠したところ平穏を取り戻したためお礼として催したことに始まる八坂神社の例大祭

④長崎くんち ― 寛永11年に二人の遊女が神前に謡曲「小舞」を奉納したことに始まる諏訪神社の秋季大祭 



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by wheatbaku | 2015-10-16 11:37 | 江戸の祭礼歳事 | Trackback
第9回「江戸の祭礼と歳事」模試正解

 今日は、先日出題した9回目の「江戸の祭礼と歳事」に関する模擬試験の正解をアップします。

 今回もお題の参考図書「祭りだわっしょい! 江戸の祭礼と歳事」から出題してあります。

 8月に行われた夏検では、年中行事に関する問題が2級では6問、3級では9問出題されています。

 夏の江戸検講座で受講者の皆さんに「年中行事は要注意」といっていた通りの傾向でした。

そこで、今回は年中行事に関する問題だけを出題しましたが、あまり知られていないことを問題としたため難しかったかもしれません。

たとえ正解に到達しなくても、まだ1か月ありますので、参考図書を勉強する時間は十分あります。

この模擬試験が参考図書精読のきっかけになれば幸いです。

1④薬研堀不動尊

 歳の市は、12月15日の富岡八幡宮から始まりますが、縁日とあわせて開催されることが多かったようです。

例えば、天神様の縁日は25日でした。そこで12月25日26日は平河天満宮で歳の市が開かれています。

28日はお不動様の縁日です。それに合わせて両国(現在の東日本橋)にある薬研堀不動尊で開かれる歳の市が、江戸で最後の歳の市となりました。

参考図書P143を参照してください。

2、②眼病

灌仏会で甘茶をかけるのは良く知られていますが、これは、釈迦誕生の際に帝釈天・梵天および九龍が香水で洗浴したということに由来すると三省堂「年中行事事典」に書かれています。

この甘茶が眼病に効くとされたことが、参考図書P132に書かれています。

3、③皐月狂言

 この問題は間違えた人が多いのではないでしょうか?

 曾我狂言といえば初春狂言と思っている人が多いと思います。

 私もそう思っていた一人ですが、参考図書のP146に詳しくかかれていますので、気を付けて読みなおしてください。

 また、東都歳事記の五月二十八日に「三芝居曾我祭」として書かれていますので、東都歳事記をお持ちの方はこちらも確認しください。

4、①お花講

これは参考図書のP135に書かれています。

「お花講」というのはおもしろい名前だなと思ってインターネットで検索しました。

伊勢原市のニュースリリースに書かれていますが、それによると、「お花講」は、日本橋小伝馬町の講で、大山三大講の一つにかぞえられた大きな講のようです。

5、④灸をすえる 

 参考図書P128を参照してください。 

次のような川柳があります。

可愛さの あまり泣かせる 二日灸  

二日には 母も子のため 鬼になり


6、③4間の座敷に台所が1間ある島市丸

 東都歳事記の五月の「船遊山」という項目に、「熊市丸」「山市丸」「窮屈丸」が書かれていますが、「島市丸」は書かれていません。

東都歳事記をお持ちの方は確認しておいてください。

7、②今戸の硯

 参考図書P129を参照してください。

 初午の日は、江戸では手習い師匠の入門の日とされることが多いということは、1級を受検される人には常識レベルと考え、少し難しくしました。

初午は要注意事項ですので、よく読んでおいてください。

8、①たこ 

参考図書P133をよく読んでおいてください。

今年は大阪でも江戸検を受検できるようになりました。

江戸だけでなく関西の年中行事も要注意と思います。

そこで、関西関係の問題を出題しました。

9、①鶏の絵

 参考図書P142を参照してください。

荒神様については、過去に出題されたこともありますので、よく理解しておいてください。

昨年には、品川の海雲寺の「千体荒神祭り」に行ってきましたが、鶏の絵が描かれた絵馬は売っていませんでした。

そこで、要注意と考えて出題しました。

「鶏の絵馬は何除けのためか?」などという問題が出ると意外に難しいかもしれません。

10、②お中入り

 町入能の実施日についてはコメントで指摘をいただきましたが、江戸検の模擬試験ですので、参考図書P130の記述をもとに出題してあります。

 この記述は町入能についてかなり詳しく書かれていますので、よく読んでおいたほうがよいと思います。

 傘を受取ったことなどは要注意だと思います。





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by wheatbaku | 2015-09-30 11:36 | 江戸の祭礼歳事 | Trackback
第9回「江戸の祭礼と歳事」模擬試験問題




 今日は、9回目の「江戸の祭礼と歳事」に関する模擬試験を出題します。

c0187004_09252325.jpg 今回もお題の参考図書「祭りだわっしょい! 江戸の祭礼と歳事」から出題します。

 8月に行われた夏検では、年中行事に関する問題が数多く出題されています。

 そこで、今回は、年中行事に関する問題だけを出題します。

 6問を除いた正解は参考図書を精読していればわかるはずです。

 万が一正解がわからない場合には、参考図書に戻って、さらにしっかり勉強してください。

 正解は水曜日にアップします。 


1、歳の市は、正月用品などを売る季節市のことですが、江戸ではおおむね開催する日と場所が決まっていました。

 それでは、12月28日に開かれ、「納めの市」とも呼ばれることもあった歳の市はどこで開かれたでしょう?


 ①富岡八幡宮  ②神田明神  
 ③平河天満宮  ④薬研堀不動尊


2、4月8日の灌仏会は、お釈迦様の誕生日です。

この日、参詣者は釈迦誕生仏に甘茶をかけ、お寺では参拝客に甘茶を配ります。

この甘茶は、ある病に効くと信じられていましたが、その病は何でしょう?


 ①歯痛  ②眼病  ③瘧(おこり) ④頭痛


3、歌舞伎の世界では芝居が年中行事として定例で興行されていました。

 ある月は、盛大に「曾我祭」」が催され、28日には曾我大荒神の宮を劇場の3階に祀って、神酒などを供え、座元から役者すべてに酒肴が振る舞われました。

 これが行われたのはいつでしょう?


 ①盆狂言  ②菊月狂言  ③皐月狂言  ④初春狂言


4、相州大山の山開きの期間は6月27日~7月17日まででした。

 山開き初日は、ある講の人々が頂上に通じる石段の中門を開くと決まっていました。

その伝統は現在も引き継がれているようです。

その講とは次のうちどれでしょう?


 ①お花講  ②お山講  ③お江戸講  ④お水講


5、2月2日と8月2日には、心身の健康と清浄を願ってある行事が行われました。

 それは次のうちどれでしょう?


 ①閻魔様にお参りする  ②茅の輪をくぐる

③人形を水に流す    ④灸をすえる 


6、両国の川開きは5月28日に行われ8月28日までが納涼期間とされました。

この間は多くの納涼船が出ましたが、東都歳事記によれば、おもしろい名前の納涼船があったと書かれています。

 次の船の名前で東都歳事記にのっていないものはどれでしょう?


 ①9間の座敷に台所が1間ある熊市丸 

②8間の座敷に台所が1間ある山市丸

③4間の座敷に台所が1間ある島市丸
 ④一人乗りの窮屈丸 


7、初午に (    ) よく売れる
 初午の日は、江戸では手習い師匠の入門の日とされることが多く、この川柳は子供たちが新しい道具をそろえて手習に向かう様子を詠んだ川柳ですが、( )に入る文具とその産地はどれでしょう?


 ①江戸の細筆  ②今戸の硯  ③石見の半紙  ④奈良の黒墨

8、24節気のうち冬至には江戸時代もかぼちゃが食べられました。一方、夏至には関東では餅を食べることがありましたが、関西の農家では何を食べたでしょうか?


 ①たこ  ②氷餅  ③えび  ④鯖鮓


9、荒神様は、竈の神様、火伏の神様として、竈付近に札を貼ったり荒神棚を設けたりしてお祀りされました。

特に荒神棚には、松の枝のほかに、あるものが描かれた絵馬が供えられました。それは何でしょう?


 ①鶏の絵   ②猪の絵
 ③天狗の絵  ④凧の絵 


10、3月4日に江戸城内で催された能楽には、江戸市中の名主や家主などが招待され能を拝見しました。これは「町入能」と呼ばれた行事ですが、町人たちは別名でも読んでいました。

それでは、町人たちは「町入能」を何と呼んでいたでしょう? 


 ①お城入り  ②お中入り  ③お庭入り  ④ご本丸入り










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by wheatbaku | 2015-09-27 17:31 | 江戸の祭礼歳事 | Trackback
第8回「江戸の祭礼と歳事」模試正解

今日は、月曜日に出題した模擬試験の正解をアップします。

 第6問は、過去問ですが、それ以外は、すべて参考図書「祭だわっしょい!江戸の祭礼と歳事」から出題しています。

 ですから、「江戸の祭礼と歳事」を読み込んでいる人には難しくないと思います。

 自分のめざす点数が取れなかった方は、まだ本検まで2か月ありますので、もう少し精読したほうがよいと思います。

 複数人の関係者に尋ねても、今年のお題の「江戸の祭礼と歳事」について網羅的に書いた参考図書はないと異口同音に言います。

お題に関する問題で点を取るには、今年は参考図書「祭だわっしょい!江戸の祭礼と歳事」が最もよいと思います。

しっかり読まれるとよいと思います。

次回も「江戸の祭礼と歳事」から出題します。

1、 ④不知火光右衛門  -  出雲藩

参考図書「祭だわっしょい!江戸の祭礼と歳事」のP68~69記載されています。

大名のお抱え力士としては、選択肢にあげた①谷風梶之助-仙台藩、②小野川喜三郎-久留米藩が有名です。

選択肢の③雲龍久吉-柳川藩はそれほど有名ではありませんが今年は覚えておいた方がよいでしょう。

不知火光右衛門は熊本藩のお抱え力士です。熊本には不知火海という海もありますので、これと関連づければ覚えやすいですね。

松江藩のお抱え力士として有名なのは雷電為右衛門と稲妻雷五郎です。この二人もぜひ覚えておきましょう。

c0187004_10462936.jpg2、①米の団子

 参考図書「祭だわっしょい!江戸の祭礼と歳事」のP87~88に記載されています。

笠森稲荷は「笠森お仙」で、江戸検を受検する方にはおなじみの神社です。

現在は、谷中の功徳林寺境内にお祀りされています。(右写真) 

3、③太郎稲荷 

この問題自体は、第6回の1級試験第9問 に出題された問題です。

しかし、参考図書「祭だわっしょい!江戸の祭礼と歳事」P96にも記載されています。

 太郎稲荷は、現在では、小さなお稲荷さんとなっていますが、入谷駅の近くに、現在もお祀りされています。

 過去に、このブログで書いたこともあります。ご覧になってみてください

太郎稲荷神社(江戸屋敷にあった神社16)

4、 ②水稲荷神社 

「祭だわっしょい!江戸の祭礼と歳事」のP109に記載されています。

水稲荷神社は、現在は甘泉園公園脇に遷座していますが、富士塚も移築されています。

高田富士については、今年7月の「富士祭」にお邪魔して高田富士に登拝してきました。

その際の記事もブログにアップしてありますので、ご覧になってみてください。

高田富士(江戸の祭礼と歳事)

c0187004_10465942.jpg5、③平河天満宮

「祭だわっしょい!江戸の祭礼と歳事」のP59に記載されています。

挿絵の説明ですので、見落としてしまう人も多いと思います。

しかし、こうした部分も大切だと私は常々考えています。

そこで、そのことを強調するために、模擬試験として出題しました。

挿絵の説明通り、平河天満宮には、現在も奉納物が保存されています。

右上写真は、撫で牛です。

6、①橋の上から投げ込まれる銭を受け取っている

 この問題は、第4回の1級試験第73問に出題された問題です。

過去問を勉強している方には覚えがある方もいるかもしれません。

この絵の出典は「伊勢参宮名所図会」のようです。

先日参考図書として紹介した「絵図に見る伊勢参り」の中にも取り上げられていて、「宇治橋での名物は竹の先に網をつけて投げ銭を拾う人々であった」と書いてあります。

この投げ銭を拾う人々については「東海道中膝栗毛」の中でも描かれているそうです。

7、②疱瘡

「祭だわっしょい!江戸の祭礼と歳事」のP88に記載されています。

 これも挿絵の説明の中から出題しました。

挿絵などの説明も大事だということは、江戸検を受検される方には強調してきました。

そうしたこともあってか、毎日文化センターの江戸検講座を受講された方はかなり挿絵の説明まで丹念に読んでくれています。

そうした人たちにはやさしい問題だったのではないでしょうか。

8、①深川永代寺 

「祭だわっしょい!江戸の祭礼と歳事」のP58に記載されています。

 これも表の説明の中から出題しましたが、表を見なくても正解の分かった方が多かったと思いますので、簡単な問題だったと思います。

c0187004_10503212.jpg9、④能勢稲荷 
 

「祭だわっしょい!江戸の祭礼と歳事」のP86に記載されています。

また、江戸時代には、外神田にありましたが、現在は両国の「能勢妙見様」の境内に鎮座しています。(右写真)

「能勢妙見様」は、勝海舟ゆかりの寺院で、境内には勝海舟の銅像があるので有名な寺院です。


10②堀田正信

「祭だわっしょい!江戸の祭礼と歳事」のP114記載されています。

佐倉惣五郎の話は良く知られた話ですが、堀田正信との関係で語られることは少ないように思いますので出題しました。

堀田正信自体はあまり知られていませんが、父が堀田正盛(春日局の義理の孫、家光に殉死)で、弟が掘田正俊(綱吉政権初期の大老)という華麗な一族の一員でした。

しかし、幕政を批判する文書を提出し無断で帰国したため改易となっています。





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by wheatbaku | 2015-09-02 10:24 | 江戸の祭礼歳事 | Trackback
第8回「江戸の祭礼と歳事」模擬試験問題


 

 昨日は、江戸楽アカデミーの「過去問題からみる『江戸博覧強記』勉強の実践的ポイント」というタイトルの講座で「博覧強記」の勉強の仕方についてお話してきました。

c0187004_08514982.jpg 7月12日開講として募集した講座に対する希望者が多くて追加で開講することにした講座です。

 当初の予定では8月9日に予定していましたが諸事情により昨日開講とさせていただきました。

 講義の内容は7月12日に開講した講座と同じで、江戸検1級の過去問を分析した結果に基づく「博覧強記」の勉強の仕方についてお話しました。

 受講された皆様は大変熱心にお聞きいただきました。

 受講された皆様ありがとうございました。


 昨日の講座では、過去問を勉強することの重要性とともに模擬試験などに取り組むことの重要性についてもお話させていただき、具体的に「江戸の祭礼の歳事」について模擬試験を出題して解いていただきました。

 本日は、昨日の講座で出題した模擬試験をアップします。。

 第6問以外は、すべて参考図書「江戸の祭礼と歳事」から出題していますので挑戦してみてください。

 正解は、9月2日(水)にアップしますが、正解がわからない場合には「江戸の祭礼と歳事」を確認されても事前に正解はお分かりになると思います。

 



1、江戸時代、力士たちは相撲年寄によって部屋ごとに統括されましたが、大名のお抱えとなる力士もいました。

 彼らは、藩から士分の格と衣服や刀などを贈られ、手当も支給されました。

それでは、次の力士と抱えた藩の名前が正しくない組合せはどれでしょう? 

①谷風梶之助   - 仙台藩

 ②小野川喜三郎  - 久留米藩

 ③雲龍久吉    - 柳川藩

 ④不知火光右衛門 - 出雲藩

2、明和三美人の一人として有名な「笠森お仙」が門前の茶屋にいたことで有名な笠森稲荷は、寛政5、6年には疱瘡平癒を願う願掛けが流行りました。

 それでは、願いが叶って疱瘡が治った際には、何を供えたでしょう? 

 ①米の団子  ②土の団子  ③柳の楊枝  ④櫛

3、「浅草田圃なる立花左近将監鑑寿が別野の鎮守稲荷の社(略)利生あらたなりとて、江戸幷に近在の老若参詣群参する事夥し」(『徳川実紀』)

これは天明から享和期にかけて、大流行した神社に関する記述です。一時沈静化したものの、再び天保期に大流行したこの神社は、どこでしょう?

①翁稲荷  ②黒田稲荷  ③太郎稲荷  ④三崎稲荷  

4、最初の富士塚は、安永8年頃に食行身禄の弟子の植木職人藤四郎が築いたとされています。

それでは、江戸における最初の富士塚が築かれた神社はどれでしょう?

①駒込富士神社  ②水稲荷神社 
  ③鉄砲洲稲荷神社  ④品川神社

5、開帳は、時代が下がるとともに秘仏や宝物だけでなく奉納物にも関心が集まるようになり開帳奉納番付も作られるようになりました。

嘉永5年に行われたある神社の居開帳の際にも開帳奉納番付がつくられました。その開帳奉納番付に紹介された石灯籠・百度石・撫で牛などは現在も残されています。

この神社は次のうちどれでしょう?  

①谷保天満宮  ②湯島天神  ③平河天満宮  ④亀戸天満宮

6、下の絵は、伊勢神宮内宮の入り口にある宇治橋の様子を描いたもので、川のなかで網をもった人たちが描かれています。

さて、この人たちはいったい何をしているのでしょう?

①橋の上から投げ込まれる銭を受け取っている

②食べるとご利益があるという鯉を捕っている

③神聖な川として清流を保つため川底を掃除している

④霊験あらたかと伝わる川底の石を拾い参拝客に売っている

c0187004_08493542.jpg

7、浅草寺の仁王門は、昭和20年の戦災で焼失してしまいましたが、江戸時代には、仁王門の仁王尊も願掛けの対象となりました。

ふだん仁王門は施錠されており仁王尊に近づけませんが、毎月8日だけは「股くぐり」が許されました。

それでは仁王尊には何の願懸けをしたのでしょう?

 ①盗賊除け  ②疱瘡  ③歯痛  ④怪我除け

8、江戸での出開帳が最も多かったのは成田山新勝寺で江戸時代を通じて12回ありました。

成田山新勝寺の出開帳は、平井村燈明寺で1回行われましたが、それ以外はある寺社で行われました。

それは次のうちどれでしょう?

①深川永代寺  ②本所回向院  ③湯島天神  ④大塚護国寺

9、狐憑きに霊験があるとされた稲荷は次のうちどれでしょう?

 表面を黒く塗りつぶした独特な札が江戸で人気がありました。

また、江戸時代には、外神田にありましたが現在は両国に鎮座しています。

①芭蕉稲荷  ②柾木稲荷  ③津軽稲荷  ④能勢稲荷  

10、佐倉惣五郎伝説によれば、佐倉惣五郎は、佐倉藩堀田氏の苛政に苦しみ、堀田氏への門訴や老中への駕籠訴を行い、最終的には4代将軍家綱に直訴したため、惣五郎と家族が死罪になったとされています。

それでは、この時の佐倉藩の藩主は、次のうち誰だったでしょう?

①堀田正盛  ②堀田正信  ③堀田正亮  ④堀田正睦





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by wheatbaku | 2015-08-31 08:45 | 江戸の祭礼歳事 | Trackback
第7回「江戸の祭礼と歳事」模試正解


 今日は一昨日出題した模擬試験問題の正解をアップします。

 今回の問題は「祭りだわっしょい! 江戸の祭礼と歳事」と東都歳事記の天下祭の部分からだけ出題していますので、よく勉強している方は、確実に8割はとれるはずです。

 8割に達していない方は「祭りだわっしょい! 江戸の祭礼と歳事」を再度よく読んでみてください。

1、①天守の櫓 

「江戸の祭礼と歳事」P16に、家光は城内の櫓から見たと書いてあります。

 では、どこの櫓なのか調べてみましたら、赤坂日枝神社の社史である「日枝神社史」に、「天守の櫓」から見たと記載してありました。

2、③薬師堂  

「江戸の祭礼と歳事」P15の左上の挿絵の解説をよく読んでください。

 茅場町の薬師堂が御旅所となっていると書いてあります。

 また、本文の方には、山王権現の一の宮の国常立尊の本地仏が薬師如来だと書いてありますので、こちらからもわかると思います。

3、②2代秀忠  

 東都歳事記6月15日の項(平凡社東洋文庫版では2巻P112)に「大伝馬町鶏諫鼓の山しは、いにしへさるとりとて、一番にさる、二番に鶏の山しを渡しけるが、元和の頃かたじけなくも台命ありしより、鶏を一番に渡す事となりぬ。」と書いてあります。

 元和の頃の将軍は2代秀忠です。なお「台命(たいめい)」とは将軍の命令を意味します。

4、①吹貫型 

 これは結構難しかったかもしれません。

 毎日文化センターの江戸検講座では、山車の型の説明をしておきましたので、江戸検講座を受講している方はお分かりになったと思いますが、山車の型を勉強していない方には難しかったのではないかと思います。

しかし、「江戸の祭礼と歳事」P17の表を良く見ると1番に吹貫鶏太鼓と書いてありますので、気がついた方もいたかもしれません。

5、②目付 

「江戸の祭礼と歳事」P37に書いてありますので、「江戸の祭礼と歳事」をよく読んでいる方にはそれほど難しいことはなかったと思います。

6、③7代家継  

 「江戸の祭礼と歳事」P44に書いてありますので、これも難しくなかったと思います。

 根津権現は6代将軍家宣の産土神ですが、祭礼が行われたのは、家宣が死去した後でしたので、実際に祭礼をみたのは家宣の子つまり7代将軍家継ということになります。

7、③象 

 麹町の象は有名ですので多くの方が正解できたと思います。

 東都歳事記6月15日の山王祭についての記述の中に問題文が書かれていますので、正解しなかった方は東都歳事記6月15日の項(平凡社東洋文庫版では2巻P113)を読みなおしておいてください。

8、①町奉行所の与力・同心  

 御雇祭は、「江戸の祭礼と歳事」P33に書いてある通り、幕府が命じたもので、、当初はプロの独楽回しと太神楽が演じていました。プロの独楽回しというのは有名な松井源水です。

 この御雇祭がでた場合には、P38に書いてある通り、月番奉行所から与力と同心がでて、田安門(または半蔵門)で御徒目付に引き渡しました。

9、④祭礼が事前の取り決めどおり行われているかチェックするために作成された。

 祭礼番付というと綺麗な絵刷りのものをイメージしがちですが、本来は文字だけの味気ない物で、祭礼が滞りなく行われるための今でいうチェックリストであったわけです。

 それを絵草紙屋が工夫して絵入りのものにしたのです。

「江戸の祭礼と歳事」P30に詳しく書かれています。

10、②赤坂氷川神社祭礼 

 これもそれほど難しくなかったと思いますが、
東都歳事記6月15日の赤坂氷川神社祭礼の項(平凡社東洋文庫版では2巻P115)に「山王権現・神田明神に続きし大祭祀なり」と書かれていますので、確認しておいてください。






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by wheatbaku | 2015-08-14 11:05 | Trackback
第7回「江戸の祭礼と歳事」模擬試験


 「江戸の祭礼と歳事」に関する模擬試験問題は月1回出題することにしていますが、7月分は諸事情により出題していませんでしたので、本日出題します。

今回は、天下祭について、「祭りだわっしょい!江戸の祭礼と歳事」と「東都歳事記」から出題します。

もう江戸検を受けられる方は、天下祭については十分勉強されておいることと思いますので、8割以上をめざして挑戦してみてください。

正解および解説は8月14日にアップします。

1、山王祭を初めてみたのは元和元年の秀忠という説もありますが、一般的には寛永12年の3代将軍家光だと言われています。

 それでは、3代将軍家光は、どこで山王祭を見たでしょう?

 ①天守の櫓  ②上覧所  ③半蔵門  ④本丸御殿

2、江戸時代の山王祭では、神輿は茅場町の御旅所まで渡御し山王権現に戻ってきました。

 江戸名所図会では、ある仏様をお祀りした御堂が御旅所として描かれています。

それでは、御旅所とされた御堂は次のうちどれでしょう?

 御堂に祀られていた仏様は山王権現の一の宮の本地仏でもあります。

 ①釈迦堂  ②阿弥陀堂  ③薬師堂  ④不動堂

3、山王祭の1番の山車は大伝馬町の諫鼓鶏、2番は南伝馬町の猿と決まっていました。

 しかし、東都歳事記には、昔は1番が猿で2番が鶏であったものが、ある将軍の命により、鶏が1番に変わったとされています。

 それでは、東都歳事記に1番の山車を諫鼓鶏とするように命じたと書かれている将軍は誰でしょう?

 ①初代家康  ②2代秀忠  ③3代家光  ④4代家綱

c0187004_10021386.jpg4、「祭りだ!わっしょい 江戸の祭礼と歳事」によれば、天下祭に曳きだされた山車の型には、「吹貫型」「万度型」「笠鉾型」「江戸型」などがあるとされています。

 それでは、有名な大伝馬町の諫鼓鶏は何型だったでしょう?
 右図は、東都歳事記に載っている大伝馬町の諫鼓鶏です。

 ①吹貫型   ②万度型 
 ③笠鉾型   ④江戸型


5、山王祭と神田祭は、江戸城内に入り将軍の上覧に供することから天下祭とよばれました。
 この天下祭の山車が、半蔵門または田安門から江戸城内に入り竹橋門を出るまでの間、祭礼行列を取り締まったのは次のうちの誰でしょう?

 ①寺社奉行  ②目付   ③町奉行  ④大番頭

6、天下祭は通常山王祭と神田祭を指すとされています。

しかし、それ以外に一度だけ天下祭として執り行われた祭礼が正徳4年9月に行われた根津権現の祭礼です。

 根津権現の祭礼が天下祭として行われた際の将軍は誰でしょう?

 ①5代綱吉  ②6代家宣  ③7代家継  ④8代吉宗

7、〈 麹町より朝鮮人来朝のねりものにて、大いなる(  )の造りものを出しける事世に名高し。 〉

 これは、東都歳事記の山王祭についての記事の一部です。

 (  )に入るものは何でしょう?

 ①翁  ②猿  ③象  ④鬼

8、天下祭では、御雇祭として、独楽回しや大神楽が出されることがありました。

 この独楽回しや太神楽を江戸城外で取り締まったのは、次のうちどの人々でしょうか?

 ①町奉行所の与力・同心  ②徒目付と小人目付  

③当番氏子町の鳶     ④当番大名家の家臣

9、天下祭が行われる際には、「祭礼番付」が作成されました。この「祭礼番付」はどのように使用するために作成されたのでしょうか?

最も適切なものを選びなさい。

 ①天下祭を宣伝するため作成された。 

 ②見物人用のパンフレットとして作成された。

 ③江戸に出てきた人が地方へ持ち帰るお土産として作成された。

④祭礼が事前の取り決めどおり行われているかチェックするために作成された。

10、東都歳事記の中で「山王権現・神田明神に続きし大祭祀なり」と書かれている祭礼は次のうちどれでしょう?

 ①根津権現祭礼   ②赤坂氷川神社祭礼 
 ③浅草三社権現祭礼 ④富岡八幡宮祭礼







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by wheatbaku | 2015-08-12 09:52 | Trackback
6回「江戸の祭礼と歳事」模試正解

 今日は、6回目の模擬試験の正解をアップします。

 今回は、神田明神編の「神社のおしえ」をベースに出題しました。

そのため、江戸の祭礼というより、神社の基礎的な知識を問う問題が多くなりました。

神社と祭礼は非常に密接な関係があり、祭礼の勉強をするうえで、神社の基礎的な知識があったほうが理解が深まると考えています。

時間をみつけて、神社の基礎的な知識がわかる本を一冊読むことを江戸検1級を受検する方にお勧めします。

 今回の正解は、すべて「神社のおしえ」の中に書かれています。

解説のなかで記載されているページも書きましたので、「神社のおしえ」をお持ちのかたは、確認してください。

1、 住居  

 この問題は、神社建築に関する問題で、説明は136ページに書かれています。

 神社建築の様式には、大きく分けて「神明造り」と「大社造り」があります。

 しかし、神社建築様式には、その他のものもあり、神田明神は、「権現造り」という様式であると書かれています。

「権現造り」という様式は、本殿と拝殿とを、石の間または相(あい)の間という空間でつないだものです。

江戸検受検にあたって、神社の基本的な知識をもっているほうが望ましいと思って、この問題を出題しました。

建築様式のほか、鳥居の種類なども覚えておくとよいと思います。

2、 獅子 

 狛犬についての出題でしたが、問題文に過ちがあり失礼しました。

 狛犬は、ほとんどの神社にある馴染のあるものですが、そのルーツについては、あまり知られていないようです。

 「神社のおしえ」138ページに簡単に書かれていますが、狛犬のルーツは遠く古代のオリエントのライオン像だと言われています。

c0187004_10224332.jpg そのライオン像が中国、朝鮮半島を経由して日本に伝えられました。

 神社には、狛犬以外の動物も鎮座しています。稲荷神社の狐、天満宮の牛などです。

 これらは神使、眷属と呼ばれています。

 日枝神社の神使は猿です。
 赤坂日枝神社では、拝殿の左右に猿の像があります。(右写真ご参照)

このことも覚えておくとよいと思います。

3、 5代綱  

七五三については、非常によく知られていますが、11月15日になった由来については、意外と知られていないように思います。

「神社のおしえ」76ページには、五代将軍綱吉の子供の徳松の「髪置」のお祝いを11月15日に行ったからと書かれています。

 徳松の「髪置」が行われたのは天和元年(1681)11月15日だとされています。

 江戸検を受けられ方、過去問題でも七五三は頻出していますので、11月15日になった由来についてはよく覚えておいたほうがよい事項です。

4、 ④家綱  平河天神

 この問題は、将軍が産土神として崇敬した神社や特別な関係があって崇敬した神社の知識を問う問題です。

 「神社のおしえ」60ページに書かれています。

 このページは、江戸検1級を受けられる方は要注意です。 

 「神社のおしえ」を持っていない方もなんらかの方法で入手して、このページは読んで覚えておくことをお勧めします。

 ちなみ、家綱が特別の関係があると「神社のおしえ」で書いているのは、亀戸天神です。

 家重は、紀州藩邸で生まれていますので、産土神の赤坂氷川神社を崇敬していました。

 綱吉と白山神社との関係については、「白山神社のあった場所に綱吉の御殿が造られたため現在地に遷座したことがきっかけとなった」と書かれています。

 それでは、最後に追加問題です。

 吉宗と家重意外にも赤坂氷川神社を産土神として崇敬した将軍がいます。その将軍とは誰でしょう?

5、 ②社 

 この問題は、「神社のおしえ」を読んでいないと難しいかもしれません。 

 しかし、「社日」自体は、有名な年中行事ですので、「神社のおしえ」を持っていない方は、事典やインターネットでの検索でもお分かりになると思います。

「神社のおしえ」96ページに書かれていますが、彼岸の中頃、春分・秋分に近い戊(つちのえ)の日を社日といいます。

6、 神籬(ひもろぎ)  

 この問題は結構むずかしかったのではないかと思います。 

 この問題は、神社に関する問題ですので、江戸検で出題されるかどうかは微妙だとは思います。

しかし、神様が宿るもの(あるいは神様がやってくるもの)の名前について興味をもってもらうために出題しました。

神様が岩に宿る場合には、「磐座(いわくら)」や「岩境(いわさか)」と言います。

山に宿る場合には、「神奈備(かんなび)」と呼ばれます。

木に宿る場合には「御神木」や「神籬(ひもろぎ)」と言います。

 「神社のおしえ」では47ページに書いてあります。

7、 正解は8メートルで、選択肢②は8メートルとすべきところ9メートルと書いてあり、選択肢に誤りがありました。簡単なミスでご迷惑をおかけしました。お詫びします。本当にすみません。

 正解は、「神社のおしえ」120ページの挿絵のコメントに書いてあります。

 

今回の江戸検では、天下祭の山車については、最重要事項です。

これについて、勉強して勉強しすぎるということはないと思います。

「江戸の祭礼と歳事」以外の、祭りに関する本で、「天下祭」について書いてあるものは、よく記憶しておいてほうがよいと思います。

そこで、山車の高さはどのくらいか関心をもってもらうために出題しました

8メートルの高さですので、3階のビルほどの高さがあるということになります。

 

8、 ②建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと).

 夏の祭礼としては、天王祭は注意しておくべき祭礼だと思っています。

江戸神社は、神田明神の摂社とされているため、あまり注目されていない神社のように思いますが、江戸時代には、「南伝馬町牛頭天王社」と呼ばれ牛頭天王をお祀りしていた神社で、「小舟町牛頭天王社」と「大伝馬町八雲神社」とともに「江戸の三天王」と呼ばれていました。

 すでに、ブログで天王祭とは牛頭天王の祭礼で、牛頭天王はスサノオミコトと習合しているということを書いています。

神社の名前が「牛頭天王社」ですので、御祭神はスサノオノミコトだということは、「神社のおしえ」を読んでなくてもわかった方もいるとは思います。

 「神社のおしえ」では、33ページに説明されています。

 素戔嗚尊(すさのおのみこと)という呼び方は日本書紀での呼び名で、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと).は古事記での呼び名です。

 江戸神社では、御祭神を建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)と呼んでいることが、「神社のおしえ」33ページに書かれています。

9、 ④事代主神(ことしろぬしのかみ)

 神様の名前は大変難しいので、今年の江戸検では、神様に関する問題が出題されないことを期待したいところです。

 しかし、神田明神や山王権現の御祭神は絶対覚えておかないといけないでしょう。

 神様は多くの名前をもっていますが、なぜ多くの名前をもっているかという疑問に対する解説が、「神社のおしえ」の44ページに書いてあります。

 神様が行ったこと・成し遂げたことに対して名前が贈られていることと日本書紀と古事記での表記が違っていることにより多くの名前があると解説されています

神田明神の一ノ宮である大己貴命(おおなむちのみこと)は多くの名前をもっていますが、選択肢としてあげた別名は有名ですので覚えておいたほうがよいでしょう。

 ①大国主神(おおくにぬしかみ)  ②大国魂神(おおくにたまのかみ)

 ③杵築大神(きづきおおかみ) 

なお、選択肢④事代主神(ことしろぬしのかみ)は、大国主神の御子様神で、えびす様として祀られる神様です。

10神様をお招きする役割  

山車については、前述したように最重要事項です。

 山車がどのようなものかということは、「神社のおしえ」の118ページに書いてあります。

 そこには「山車は、神様をお招きする『依代(依代)』です」と書いてあります。

 「依代」という言葉は、山車を語る時に不可欠の言葉ですので、是非理解しておいてください。





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by wheatbaku | 2015-07-02 09:52 | Trackback
第6回「江戸の祭礼と歳事」模擬試験問題
 今日は。6回目の「江戸の祭礼と歳事」に関する模擬試験を出題します。

c0187004_11102023.jpg 前月お知らせしたように神田明神編著の「神社のおしえ」をベースに出題します。
 この本は、神田明神を中心にして、神社の基本的なことについて書いてあります。
 「そうか。そうなんだぁ」という気づきが一杯ある内容です。
 江戸検の受検勉強本というより「読んで楽しい本」だと思います。
 その中から、1級に出題されそうな問題を考えましたので、挑戦してみてください。
 別の記事のアップの予定を考慮して、正解は今週木曜日にアップします。


1、神社の社殿は大きく分けて伊勢神宮に代表される「神明造」と出雲大社に代表される「大社造」の二つにあります。
 「神明造」は古代の穀倉にそのルーツがあると言われています。
  それでは「大社造」のルーツとされているのは次のどれでしょう?

 ①楼門    ②住居 
 ③物見台  ④役所

2、狛犬のルーツは遠く古代のオリエントのライオン像だと言われています。
 そのライオン像が中国、朝鮮半島を経由して日本に伝えられました。
 狛犬は向かって右が阿形、左が吽形であることが多く、二つ合わせて狛犬と呼ばれています。
 しかし、さらに詳しく分けた場合、右の阿形のものは狛犬と呼ばれますが、左の吽形のものは何と呼ばれるでしょう?
 ☆問題文の過ちをマダムから指摘されましたので上記赤字部分を次のように修正します。
 左の吽行のものは狛犬と呼ばれますが、右の阿形のものは何とよばれるでしょうか?

 ①獅子 ②神使  ③随身 ④眷属

3、七五三は、現在は11月15日にお祝いしますが、11月15日にお祝いするようになったのは、江戸時代の中期以降と言われています。
 それは何代将軍の頃でしょう?

 ①4代家綱 ② 5代綱吉  ③6代家宣  ④8代吉宗 

4、将軍家の産土神は山王権現ですが、将軍によっては、別の神社を産土神などとして崇敬していた将軍もいます。
 将軍と崇敬した神社の組み合わせとして不適切なものはどれでしょう?

 ①9代家重 赤坂氷川神社   ②5代綱吉  白山神社 
 ③6代家宣 根津神社      ④4代家綱  平河天神
 

5、春分・秋分に近い「戊(つちのえ)」の日には、自分の土地の神様にお参りし、五穀豊穣をお祈りする行事がありました。
 この行事は何と呼ばれたでしょう?

 ①土用 ②社日 ③彼岸  ④御影供

6、神社の境内には、しめ縄が張られた大木があることがあります。
 このしめ縄がはられた大木は「御神木」と呼ばれます。
 その「御神木」は、別名なんといわれるでしょう?

 ①磐座(いわくら)  ②磐境(いわさか) ③神籬(ひもろぎ)  ④神奈備(かんなび)
 

7、天下祭には、多くの山車が出ました。山王祭では45番まで、神田祭では36番までありました。
 その山車の高さは結構高いものでしたが、「神社のおしえ」によれば、どのくらいの高さがあったでしょう?

 ①6メートル  ②9メートル  ③10メートル  ④12メートル  

c0187004_13081556.jpg8、神田明神の本殿の西側に『江戸神社』という神社が鎮座しています。(右写真)
 この江戸神社は江戸最古の神社と言われています。
 もともとは南伝馬町牛頭天王社と呼ばれていました。
 この江戸神社の御祭神はいずれでしょう?

 ①大己貴命(おおなむちのみこと)
 ②建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと).
 ③少彦名命(すくなひこなみこと) 
 ④櫛名田比売(くしなだひめ)

9、 神田明神の一宮は大己貴命(おおなむちのみこと)です。
 この大己貴命(おおなむちのみこと)は多くの別名持っていますが、別名として間違っているものはどれでしょうか?

 ①大国主神(おおくにぬしかみ)  ②大国魂神(おおくにたまのかみ)
 ③杵築大神(きづきおおかみ)   ④事代主神(ことしろぬしのかみ)

10、江戸時代の祭礼には神輿が多くの山車が出されました。神輿は「神様の乗り物」です。
それでは、山車は本来どんな役割をはたしたものでしょう?

 ①神様をお招きする役割       ②囃子を演奏する人を乗せる役割
 ③大勢の人の動きを見張る役割    ④神様へのお供え物を乗せる役割









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by wheatbaku | 2015-06-29 11:00 | Trackback
  

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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