題名のとおり、幕末期の外国奉行を勤め、プチャーチンと日露和親条約を結ぶ交渉を行った川路聖謨の生涯を描いた小説である。日田の代官手付けの子供として生まれた川路家に養子に入った後、能力を発揮し、勘定吟味役、佐渡奉行、奈良奉行、大阪町奉行を経て勘定奉行・外国奉行に昇進していく。仙石騒動(せんごくそうどう)は江戸時代末期に発生した御家騒動の一つとして有名であるが、これを寺社奉行吟味物調役として寺社奉行所に出向していた川路が処理していたことは、この小説で初めて知った。
また、開国交渉に来航したロシア使節プチャーチンの船が、下田を襲った津波のため破損し、戸田で新しい船を建造しその船「へだ号」でロシアに帰国したが、その建造に川路が関わっていたことも、この小説で知った。
川路は、有能な官僚であった。著者はあとがきで「川路は稀有の立身出世を遂げた男でそれだけで驚嘆すべきことであるが、それもさることながら群の抜いて優秀な官僚だったことをもう一度認識させられたということになろう。川路は江戸期を通じてこの人を超える官僚はいなかったろうと断言しても、けっして大げさではない、官僚の鑑といっていい官僚である」と書いている
川路は、江戸城開城決定直後、ピストル自殺をとげるが、67歳という年齢であり、今後の半身不随の老醜をさらすものではないと考え自殺したと描かれている。ピストルを使用したのは、中風のため、半身不随で、切腹ができなかったからのようである。

