「開国」は、幕末の老中、堀田正睦の日米修好通商条約提携時の動きを描いた作品です。堀田正睦は、堀田正俊を祖とする佐倉堀田家の9代当主であり、阿部正弘の後の老中首座を勤めました。
日米和親条約締結後に日本に着任したハリスとの条約交渉や勅許を得るために朝廷との交渉に非常に苦労した様子が描かれています。
全体として、条約締結や勅許は、やむ得ざる仕儀で条約締結や勅許をえるために京に上ったのではなく、堀田の意思で進めたという構想で書かれています。
そうした場合、条約締結は、時代の流れに沿ったものであると思うが、勅許を得ようと上京した点は情勢判断の甘さがあるということになるでしょう。
堀田正睦は、「蘭癖」と呼ばれるほどの蘭学好きであったので、進取の気風はあったのだろうが、情勢を読むのは苦手だったのかも知れないと思います。
しかし、この小説では、策略を用いることなく、愚直に、事を進めようとする人物と描かれていて、人間としては好ましい人物だと思います。そうすると、上京の際のの不首尾やその後の不遇は厳しすぎるのではないかと感じられました。
その他、ハリスの人物像やハリスとの交渉の詳細がよく描かれています。
また、徳川斉昭・一橋慶喜・松平慶永の人物像も描かれていて、この本を読むと幕末期に英明と言われている人物に対する評価も変わってしまうのではないだろうか。
著者の書く斉昭、慶喜、慶永に対する評価は次のようにかなり厳しく書かれています。
斉昭評:斉昭は、世間一般から抱かれている印象ととおよそ異なる、感情の抑制のきかない、思いついたことを口から出まかせにしゃべって一歩も譲らない、誰とでも見境なく争う、性格の狷介(けんかい)な男だった。虚像と実像に恐ろしく乖離があった。
慶喜評:堀田にはなにか引っかかった。鼻につくのだ。「英邁」がである。一橋慶喜は「英邁」を鼻先にぶら下げている。それが鼻につくのだ。英邁が鼻につくだけではない。おそらくなにかにつけ口出しするようになるだろう。次の将軍なっていただきたくない。
慶永評:松平慶永という殿様は、つねに時勢を憂えていなければ気のすまない、あからさまにいうと時勢を憂えることが好きな、早い話が騒ぎ立てるのが好きな、それで世間に認められよう、賢侯と思われようと考えていた、ありていに言うと目立ちがり屋の殿様だった。
文庫で800ページを超す大作であるが、日米修好通商条約調印前の幕府の動きがわかるおもしろい小説です。

