椙森神社は、平将門 の乱に藤原秀郷が戦勝を祈願した所とも言われ、また江戸城の太田道灌が雨乞い祈願のため、山城国伏見稲荷の伍社の神を勧請して信仰したと伝えられている神社です。 江戸時代には柳森、鳥森とともに江戸城下の三森の一つに数えられ、椙森稲荷として庶民の信仰を集めました。
椙森神社の富くじは江戸三富の一つにかぞえられたとのことで、盛大に行われた富興行をしのんで、境内に富塚の碑が建立されています。 富くじは、神社仏閣が改修費用を集めるために行われた現在の宝くじの原形といえるものです。 しかし、天保13年(1842年)天保の改革を進めた水野忠邦により廃止されました。 碑は大正8年に建立され、昭和28年に再建されたものです。 
柳家小さんの「宿屋の富」という落語には、この椙森稲荷での富くじが出てきます。
なお、江戸三富とは谷中感応寺・目黒不動・湯島天神であるという有力説もあります。

