しかし、江戸時代には、枇杷は、初物の規制で、5月(旧暦、今年は5月24日が、旧暦の5月1日)にならないと食べれませんでした。昨日も引用した「俳諧歳時記栞草(しおりぐさ)」の5月の欄に、「枇杷は、冬、華さき、実、黄にして鶏子の如し。小さきものは杏(あんず)の如し。味、甘く酢(す)し」と書かれています。
ところで、「俳諧歳時記栞草」とは、曲亭馬琴が享和3年(1803)に編纂した『俳諧歳時記」を、嘉永4年(1851)に藍亭青藍(らんていせいらん)が増補改訂したもので、江戸時代の歳時記の代表作です。俳諧に使われる季語を分類・解説した書物は馬琴以前にもありましたが、これを一般に「歳時記」と呼ぶようになったのは、馬琴の『俳諧歳時記』が最初と言われています。
「和漢三才図会」には、「葉の形、枇杷に似る故、枇杷と名づくと言ふ」とありますので、枇杷という名前は、葉の形が楽器の枇杷に似ていることから来ているようです。
江戸時代に、枇杷は「枇杷葉湯(びわようとう)」として、庶民の夏の暑気払に盛んに飲まれていました。
枇杷葉湯(びわようとう)は、枇杷の葉に肉桂(にっけい)、甘草(かんぞう)など7品目を混ぜ合わせて、煎じて作ったものです。
守貞謾稿には「枇杷葉湯売り これまた消暑の散薬なり。京師烏丸の薬店を本とす。(中略)けだし京阪は巡り売るを専らとし、江戸は橋上等に担ひ筥(はこ)を居(お)きて、息(いこ)ひ売りを専らとす。」と書いてあり、江戸では、橋の上などで売っていたようです。
枇杷葉湯は、江戸時代かと思いましたが、現在でも利用されているようで、インターネットの通販サイトががかなりあります。

