大洗堰と懸樋は既に紹介しましたので、今回は、後楽園内に残る「神田上水跡」をご案内します。
小石川後楽園は、いううまでもなく、水戸徳川家の上屋敷にあった庭園です。江戸時代3代将軍家光の頃の寛永6年(1629年)に水戸徳川家の初代頼房が、江戸の中屋敷(後に上屋敷となりますが、当時は中屋敷でした)の庭として造り、2代藩主の光圀の代に完成した庭園です。
神田上水が、後楽園を通っていますので、後楽園もその水を庭園に利用していたと思います。
神田上水は、後楽園の北の部分を西から東にかけてが流れており、 「神田上水跡」 が、現在も後楽園内の北の部分に残っています。水路の幅は、2メートル程度ありますが、現在は水は流れていません。「神田上水の跡」という木の案内板が流れの脇に立てられています。
この案内板がないと、見過ごしてしまいそうです。
神田上水跡のそばには、「八ッ橋」が設けられていました。しかし、八ッ橋のそばのかきつばたは、盛りを過ぎていました。
一方、上水跡の南側は花しょうぶ園になっています。花しょうぶのほうは、今が盛りでした。花しょうぶまつりが開かれており、ガイドツアーも実施されており、大勢の人でにぎわっていました。
ただし、花しょうぶまつりは、6月7日までですので、もう終了ですが、花しょうぶの花自体は、しばらくはみることができると思いますので、ごらんになりたい方は早めにいかれたほうがよいと思います。

