「能勢妙見山東京別院」は、JR「錦糸町」駅から歩いて15分のところにあります。「能勢妙見山東京別院」は、安永3年 (1774年)に、旗本能勢筑前守頼直の江戸下屋敷に、妙見堂を建立して摂津国妙見山より妙見尊像を分祀したものです。大阪能勢妙見山の全国唯一の別院です。。
大阪の能勢妙見山には鳥居があり「妙見宮」とも呼ばれますが、実は日蓮宗のお寺です。
妙見菩薩の話 妙見菩薩は、北斗七星または北極星を神格化した仏さまです。妙見菩薩は、もとは北辰=北斗星・北極星の信仰に始まるものです。中国では、昔から太陽・月・星の運行を神秘的なものとして崇められていましたが、これに仏教思想が流入して「菩薩」の名が付けられ、妙見菩薩と称するようになりました。
妙見菩薩は日蓮宗のほか、真言宗・天台宗などでも取り入れられています。

矢筈紋章こ の紋章は能勢頼次から使用された「矢筈(やはず)」が寄り合ってできたものです。
この紋章は能勢妙見山の独自のものとされていますが、境内のあちこちでこの紋章を見かけることが出来ます。
能勢妙見山東京別院は、勝海舟の父である勝小吉が、麟太郎のちの海舟の開運勝利を水垢離をとって祈願した場所です。その由縁により、勝海舟の胸像が、境内にあります。フロックコートを着た晩年の姿です。
この胸像は、妙見堂の開創2百年を機に、昭和49年5月に地元有志によって建られたとのことです。
江戸屋敷にあった神社を訪ねてきましたが、改めて、邸内社(屋敷にある神社)が多いことに驚きました。有名な神社ばかりでなく、初めて邸内社だと知る神社もありました。
しかし、有名・無名にかかわらず、どの神社も整備されていました。 また、お参りする人も大勢見かけました。
今も、邸内社が地元に溶けこみ、地元の人に大事に守られていることがよくわかる参拝でした。
緑印が「能勢妙見山東京別院」です。

