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永代寺    (江戸六地蔵の6)
 江戸六地蔵めぐりもいよいよ最後となりました。6番目は、深川の「永代寺」 です。
 永代寺は、以前に「御府内八十八ヶ所巡り」で案内しましたが、東京メトロ東西線「門前仲町」駅から歩いて2分です。
  
 永代寺    (江戸六地蔵の6)_c0187004_21392117.jpg永代寺の地蔵菩薩像は、深川地蔵坊正元の勧進によって江戸六地蔵の最後の一体が、享保5年(1720年)7月に造立されました。
 しかし、明治元年の廃仏毀釈の中で壊されてしまいました。
 そのため、現在、永代寺の地蔵菩薩像はありません。
 
永代寺    (江戸六地蔵の6)_c0187004_22335523.jpg






  江戸六地蔵の代わりというわけではありませんが、本堂のすぐ脇に地蔵堂があり、子育地蔵尊と取持地蔵尊がいらしゃったので、そちらのお参りもしました




 永代寺は寛永4年(1627)に富岡八幡宮別当永代寺として、長盛上人によって永代島(現在の永代橋の東側一帯)に創建されました。当寺の永代島は、隅田川河口にあった6万坪の砂州で、長盛上人が開発し、永代寺を建立しました。
永代寺    (江戸六地蔵の6)_c0187004_22381672.jpg  江戸時代、永代寺の庭園は、普段は一般の人には公開されていませんでしたが、毎年3月21日からの7日間は「山開き」と称し庭園が公開され、その様子は江戸名所図会にも描かれております。
 江戸時代には、出開帳(でがいちょう お寺が秘蔵の仏像などを、境内から他所に出張して公開すること)の会場として盛んに利用されるなど、江戸で大変有名なお寺でした。
 しかし、明治元年(1868)の神仏分離令を契機に行なわれた廃仏毀釈により廃寺となってしまいました。
 明治29年(1869)に、永代寺の塔頭(たっちゅう、大きなお寺の中にある小さなお寺)であった吉祥院が永代寺の名称を継いで現在に至っています。

         
永代寺はこんなに広い。  
 現在の富岡八幡宮、深川不動堂、深川公園すべてが、江戸時代には、永代寺の寺域でした。江戸時代の永代寺は非常に大きなお寺であったことがわかると思います。

永代寺    (江戸六地蔵の6)_c0187004_154721.jpg 富岡八幡宮は,寛永4年(1627)に創建された江戸最大の八幡宮です。「深川の八幡さま」と親しまれています。毎年8月15日を中心に行われる祭礼は、江戸時代から、赤坂の日枝神社の山王祭、神田明神の神田祭と並ぶ「江戸三大祭」の一に数えられています。
 また、江戸勧進相撲発祥の神社としても知られており、歴代横綱の名を刻した横綱力士碑があります。
 
永代寺    (江戸六地蔵の6)_c0187004_15472560.jpg 深川不動堂は、成田山新勝寺の東京別院です。 成田不動の「出開帳」は永代寺で江戸時代を通じて12回開かれました。これが深川不動堂の始まりです。
 永代寺が廃寺となった後、、明治3年(1870年)に現在の場所に「深川不動堂」として存続することが認められました。現在の本堂は明治15年(1882年)に完成していますが、隣地に新本堂を建設中です。
永代寺    (江戸六地蔵の6)_c0187004_15474692.jpg 
 さらに、深川公園も、永代寺の寺域でした。深川公園は、明治6年(1873年)太政官布達によって定められた日本最初の公園の1つです。
 深川公園は永代寺をはさんで、東と西にありますが、西の深川公園には、下の写真の「富岡八幡宮別当永代寺跡」の碑が建てられています。


江戸六地蔵と街道の関係に関心のある方は、もう少しお読みください。

千葉街道はどこですか? 
永代寺    (江戸六地蔵の6)_c0187004_22433564.jpg 永代寺のご住職に、江戸六地蔵は街道沿いに建立されたと言われていて、永代寺の場合は千葉街道と一般に言われていますが、千葉街道はどこでしょうかと尋ねました。
 ご住職は、「街道とは関係ないと思います。正元さんは、深川正元坊という名がついているように、深川に小さな庵をもって、そこに住んでいたのではないでしょうか。その場所というのは、永代寺の境内の中ではないかと推測しています。そこで、お世話になった永代寺に地蔵菩薩像を建立したのではないでしょうか。正元さんはあれだけ大きな地蔵菩薩像を6体も建立するのだからすごい人だったと思っています。」と話してくれました。正元さんとさん付けで言われているのが印象的でした。

 江戸六地蔵は、それぞれ六街道沿いに建てられ、5番霊巌寺は水戸街道、6番永代寺は千葉街道と言われています。しかし、本当にそうなのか前から疑問に思っていました。

 ①千葉街道は、江戸時代に、竪川(たてかわ)に沿って作られた街道ですので、深川・本所地区を通過しています。でも、永代寺より、霊巌寺の方が近くなります。
 ②水戸街道が深川を通っていたかについて調べました。江戸検定1級合格の皆さんからも、「文政11年の須原屋茂兵衛版の絵図によると、水戸道口は浅草真崎より新宿へ出るとある」というご意見や「水戸街道は、現在の三ツ目通りではないかと思う」というご意見等をいただきました。
  しかし、水戸街道が深川・本所地区を通っていたという確認はとれませせんでした。
 ③そして、霊巌寺と永代寺のご住職は、お二人とも街道とは直接関係はないと言われました。

 これらの話を総合すると、5番霊巌寺は水戸街道の入り口、6番永代寺は千葉街道の入り口といった明確な根拠はないように思います。
 深川の霊巌寺と永代寺は、街道沿いのお寺として選ばれたというより、地蔵坊正元が住みお世話になっていた深川にあるお寺として選ばれたのではないのでしょうか。
 それがいつしか、水戸街道沿い、千葉街道沿いと呼ばれるようになったのではないでしょうか。
 私は、そんな風に推測してみました。
 

 ☆今日は、江戸六地蔵シリーズの最後で、非常に長くなってしまいました。最後までお読みいただきありがとうございました。また、江戸検定1級合格の皆さんご協力ありがとうございました。
by wheatbaku | 2009-06-25 06:09 | 江戸六地蔵

江戸や江戸検定について気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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