今回は、湯島の圓満寺と高田馬場の観音寺です。
32番 圓満寺圓満寺は、住所は湯島ですが、最寄駅はJR御茶ノ水駅で、徒歩5分です。東京ガーデンパレスの並びにありますので、見つけるのは難しくありません。
しかし、下の写真をみてわかるように、お寺らしくないビルの中にありますので、右のお寺の看板をよくみなければお寺があると気がつかないでしょう。

庫裏は、ビルの8階にあり、本堂は9階にあります。
庫裏を訪ねて、お参りのお願いをしましたら、奥様が9階にご案内してくれました。
本堂は、ビルの中にもかかわらず、ゆったりした広さがあり、ゆっくりお参りできました。
圓満寺の本山は、京都御室の仁和寺で、御室別院の由緒を持つお寺です。
江戸時代にも名刹だったようで、江戸名所図会で、かなりのボリュームをさいて解説されています。
「万昌山円満寺:湯島六丁目にあり。真言宗にて開山は木食義高上人なり。・・・中略・・・
寺伝に曰く、開山木食義高上人は覚海と号す。足利13代将軍義輝公の孫義辰の息なり・・・中略・・・
宝永7年江戸湯島の地に梵刹を建てて万昌山円満寺と号す。大樹(6代将軍家宣)のご志願によって本多弾正小弼忠晴奉行たり。すなはち上人をもつて当山の開山とす」
と非常に詳しく歴史について書いてあります。
85番 観音寺観音寺は、JR高田馬場駅から歩くと約15分、バスですと高田馬場駅前から小滝橋車庫行きの都営バスに乗って、高田馬場4丁目で降りてから徒歩5分です。
早稲田通りに向かって山門が開いています。
事前に、電話しておいたので、奥様が待っていてくれました。すぐに、庫裏から本堂にご案内してもらい、ゆっくり参拝することができました。
本堂は大きな建物で、ご本尊様は2階に鎮座していました。
観音寺の創立はハッキリしませんが、3代将軍家光の寛永年間だろうといわれているそうです。墓地の入口に、吉川英治が揮毫した、「呼潮へんろ塚」の碑があります。
吉川英治の親友に淡路呼潮という人がいて、その人から聞いて西国33ヶ所めぐりの遍路について書いたのが、「呼潮へんろ」のようです。
詳しいことを奥様に聞こうと思ったら、用事があって出かけられた後でしたので、聞くことができませんでした。残念でした。

