ぶどうには、ヨーロッパぶどうとアメリカぶどうの2種類があります。ヨーロッパぶどうの原産地は西アジアのコーカサスからカスピ海沿岸にかけての地方と言われています。
中国には、ヨーロッパぶどうが前漢の時代に伝わりました。
前漢の武帝によって派遣された張騫(ちょうけん)が西域からいろいろなものを持ち帰ったものの一つに葡萄があるのです。
そして、中国に伝ったぶどうを遣唐使の人たちが日本に伝えたようです。
最初に日本に伝えられたのは、ヨーロッパぶどうです。
一方、アメリカぶどうの原産地はアパラチア山地と言われています。アメリカぶどうは明治以降日本に伝えられました。
ぶどうは、その原産地の言葉であるウズベク語で
Budaw と呼ばれていました。
これを漢語に音訳したものが「葡萄」(ブウタオ)です。
それが日本に伝わり、ブドウになったといわれています。
ぶどうは、古事記にもでてくるそうですが、その頃の葡萄は、山葡萄のようです。
平安時代に雨宮勘解由が、甲州ぶどうを見つけた以後、葡萄の栽培が始まったと言われています。
しかし、栽培が本格化したのは江戸時代です。
元禄8年(1695年)に刊行された「本朝食鑑』(ほんちょうしょっかん)には、次のように書かれています。

(葡萄は)甲州に最も多く、駿州がこれに次ぐ。ともに江都(えど)の市上(まち)に伝送して販売している。武州八王子の近隣でも、多く出荷している。京師(きょうと)および洛外には、惟(ただ)8,9月だけあって、久しくは留(お)けない。海西(さいごく)でもやはり同じである。山北の諸州や厳寒地では全くなく、たまたまあったとしても、佳(よ)いものではない。
これによると、元禄の頃には、もう甲州や駿河産のぶどうが江戸で販売されていて、京阪等西国でも、8、9月には、葡萄ができていたようです。

