万葉集のなかで秋の七草と歌われている「朝貌の花」は「桔梗」であると言われています。
朝貌の花については、桔梗のほか、朝顔(牽牛子)説や槿(むくげ)説があります。
しかし、牽牛子や槿は、一日花で夕方までには萎んでしまうことや牽牛子や槿はどちらの花も自生したものではなく栽培されている花であったことなどから、桔梗説が有力です。
桔梗はキキョウ科キキョウ属の多年草で、日本全土、朝鮮半島、中国、東シベリアに分布し、山野の日当たりの良い所に育ちます。桔梗の仲間は、この桔梗のみの、いわゆる一種一属の花です。
根は太く、黄白色。高さは40~100cm程度。葉は互生で長卵形、ふちには鋸歯があり、下面はやや白みがかっています。
つぼみが徐々に緑から青紫にかわり裂けて6~8月に星型の花を咲かせます。花冠は広鐘形で五裂、雄しべ・雌しべ・花びらはそれぞれ5本です。
つぼみの状態では花びら同士が風船のようにぴたりとつながっています。
そのため 加賀千代女は、「桔梗の 花咲く時 ぽんと言ひそうな」と詠んでいます。
【桔梗は漢名】
桔梗の名前の由来は、中国の呼び名に由来しています。桔梗は呉音ではケチキョウと読み、漢音ではキチコウと読みます。
キキョウの名前は、頭に漢音のキが、下に呉音のキョウがついて出来た名前です。
桔梗は、日本での古い名前は「アリノヒフキ(蟻の火吹き)」「オカトトキ(岡のトトキ)」と言ったそうです。トトキとはツリガネニンジンという花のことです。
また、韓国ではトラジといい、肥大した根をキムチ、ナムル、ビビンバなどの食材にするそうです。
トラジという屋号の韓国料理店は多いですが、トラジが桔梗のこととは初めて知りました。
桔梗は江戸時代には、栽培品種が多くなり、元禄12年発刊の伊藤伊兵衛の「草花絵前集」には花の大きさが9センチの桔梗が載っているそうです。
【桔梗紋】
花の形から「桔梗紋」が生まれました。桔梗紋で有名な武将は、明智光秀です。本来、美濃の土岐氏一族が桔梗紋を紋所にしていて、明智光秀も土岐氏一族であすので、桔梗紋を使いました。 太田道灌も桔梗紋ですが、明智光秀の桔梗紋とまったく違って、花弁が非常に細い紋になっています。
江戸城にある内桜田門の別名は桔梗門ですが、これは、城門の瓦に大田道灌の桔梗紋がついていたからと言われています。
【桔梗も絶滅危惧種】
桔梗は、山菜として食用にされ、飢饉に備えて蓄えておく糧物(かてもの)として重要な地位をしてめていたそうです。そうした桔梗が今や藤袴と同じように、自生株が減少傾向にあり、絶滅が危惧される植物として環境省のレッドデータブックの絶滅危惧II類(VU)に載るようになってしまっています。

