富岡八幡宮は、東京メトロ「門前仲町」から歩いて3分です。
富岡八幡宮は寛永4年(1627年)、当時永代島と呼ばれていた現在の地に創建されました。「深川の八幡様」と呼ばれる、江戸最大の八幡宮です。
江戸名所図会には次のように書かれています。
『寛永年間、長盛法印 霊示によりて感得す。よって、この地に当社を創建すといへども、いまだ華構の飾りに及ばす、ただ茅茨(ばうし)の営みをなすのみ。・・・・寛文4年の頃霊夢を感じ、宮社を経営す。日ならずして落成し、結構備わる。しかありしより以降、神光日々に新たして、河東第一の宮居となれり』
社号は、貞享2年(1685)に聖徳太子が夢に現れて、富賀岡と名づけよと告げたことによるという話もあります。
江戸時代には、徳川将軍の手厚い保護を受け、享保12年には、将軍世子の家重が参拝したこともあります。安政元年に落成した社殿は朱塗彩色の豪華なものでしたが、関東大震災で焼失しました。
富岡八幡宮の祭りは、江戸三大祭りの一つにも数えられる盛大なお祭りです。
本社の一の宮神輿は日本最大の神輿として有名であり、神輿倉に展示されていますが、あまりに大きいため、平成3年に初渡御が行われただけで、展示品としての扱いであり、実際に担がれることはないそうです。
【歴代横綱の碑】
富岡八幡宮は、江戸勧進相撲の発祥の地としても知られ、貞享元年(1684)に勧進相撲を興行したのが始まりです。
その後、天明元年(1781)から、本所回向院でも興行し、片場所は回向院、片場所は回向院以外の神社となり、文政10年(1827)からは回向院のみとなりました。

富岡八幡宮では、しばしば境内で本場所も開催されたことから、相撲にまつわる数々の石碑が建ち、現在も新横綱誕生のおりの奉納土俵入りなどの式典が執り行われています。
右は、横綱力士碑です。歴代の横綱力士を顕彰しています。
明治33年(1900年)に完成したもので、縦3メートル50センチ、厚さ1メートル、重さ20トンの白御影石でできています。
新横綱誕生時には相撲協会立会いのもと刻名式がおこなわれ、新横綱の土俵入りが奉納されます。
また、表参道大鳥居をくぐってすぐ右手には、 歴代大関を顕彰するために建立された 「大関力士碑」があります。
【伊能忠敬の銅像】
神社入口の大鳥居の横に、伊能忠敬の銅像が建立されています。これは、平成13年10月20日に建立されたものです。伊能忠敬は深川黒江町(現・門前仲町1丁目)に住み、寛政12年4月19日(1800年6月11日)の早朝に富岡八幡宮に参拝して暇夷地測量の旅に出かけ、その後も測量旅行出発にあたっては、必ず富岡八幡宮を参拝していたことから、ゆかりの地である富岡八幡宮に銅像が建てられました。

