里芋は、米より早く日本に入ってきました。
そのため、縄文時代の主食は里芋だったという説もあります。
このように里芋は、米とならぶ主要な食料であったので、正月や十五夜など「ハレ」の行事に登場する食べ物となりました。
今でもその風習は各地に残りっています。
代表が、旧暦8月15日の十五夜を「芋名月」と呼んで、里芋を供え物にする風習です。これについては、先日説明しましたが、これは豊作を祈り収穫を感謝する農耕儀礼からきていると言えます。
また、正月の雑煮にはなくてはならない食材です。
さらに「餅(もち)無し正月」の習俗を伝える地域では餅の代用にもされました。

本朝食鑑では次のように書いています。
なお、本朝食鑑は、元禄8年(1695)に刊行された食物についての百科辞典です。
医者の人見必大(ひとみひつだい)という人が書いています。
『近世では、八月十五夜の月を賞するとき、必ず芋の子、青い莢(さや)つきの豆を煮て食べる。
九月十三夜、月を賞するに、薄皮をつけた芋の子を衣被(きぬかずき)といって、生栗と煮食する。
正月三朝、芋頭を雑煮に入れて、倶にこれを賞する。
これらは上も下も、どこの家々でも、昔からの習慣としている』

十五夜では、里芋を煮て食べ、十三夜では、きぬかつぎを煮たことが書かれています。
皮付きのままお供えにする『きぬかつぎ』は平安時代の女性の被り物に似ていることからそのように呼ばれるようになりました。
現代では、秋には、芋煮会が各地で開かれます。里芋を食べて農作物の豊作と子孫繁栄を願う意味が込められています。
日本一の芋煮会として有名な山形市の芋煮会は、先月9月6日に既に終了していました。
東北地方はやはり秋が早いですね。

日本一の芋煮会フェスティバル看板 posted by (C)あつりん

