後楽園には、多くの建物がありましたが、地震で倒壊したり火災で焼失したりして、現在ある建物は四つです。
そのうち創建当時のまま残っている建物は、得仁堂だけです。
再建されているものは、涵徳亭(かんとくてい)、九八屋、丸屋の三つです。
【得仁堂】 この建物は、光圀18歳の時、史記「伯夷列伝」を読み感銘を受け、伯夷、叔斉の木像を安置した堂です。
得仁堂の名前は孔子が伯夷・叔斉を評して「求仁得仁」と語ったことによります。
関東大震災や戦災にも残った唯一の建物です。
現在、伯夷・叔斉の木像は東京都が保管しています。
【涵徳亭(かんとくてい)】 後楽園が創建された時に造られた萱葺の茶室で、硝子紙をもって障子としたため「硝子(ビードロ)ノ茶屋」と
呼ばれていたのを、享保年間に林信篤が涵徳亭と名づけました。
現在の建物は4代目で昭和61年に再建されました。
【九八屋】 江戸時代の酒亭を景観に取り入れ建てられたものです。
享保年代は、木製の夫婦像を置い店主としたと言われています。
建物の名前は、「酒は昼は九分目、夜は八分目が適量」といわれていたことに由来しています。
【丸屋(まろや)】 「丸屋」は昔の田舎のわびた茶屋のたたずまいを現している建物です。
茅葺の田舎風の酒」茶屋で、丸の字を染め抜いた暖簾を下げていたといわれています
現在は休憩所として使われています。
ピンクで囲ったものが今日ご紹介した建物です。


