2月6日は「海苔の日」なんです。
昭和41年に全国海苔貝類漁業協同組合連合会(全海苔漁連)が2月6日と「海苔の日」と定めたそうです。
また、「山本海苔店」さんのブランドは「梅の花」ですが、以前お邪魔した時に、T店長さんから、そのブランドの由来は海苔の旬が梅の咲く頃であることによるのだと教えていただきました。 「山本海苔店」さんの記事は こちら です。 そうしたことから、今日から海苔の話を提供します。
海苔の名の由来
海苔の語源は、大言海によれば、「粘(ヌル)滑(ヌル)の義」と書かれていて、糊と血(ノリ)と同じとしています。触った感触がヌルヌルしていることから付けられた名前のようです。
飛鳥奈良時代、海苔は、漢名で紫菜と書かれました。和名はムラサキノリでした。
また神仙菜と書いてアマノリと読んでいました。やがてアマノリは甘海苔と書かれるようになり、室町時代までは、ノリは 紫菜(ムラサキノリ)や甘海苔(アマノリ) と書かれていました。
しかし、江戸時代には、「苔」一字で「ノリ」と読んでいたそうです。
総称として海苔と書くようになったのは、江戸時代中期から徐々に使われ始めて、本格的に使われるようになったのは明治以降だそうです。
海苔の歴史
奈良時代の大宝元年(701年)に制定された日本最古の成文法典である「大宝律令」によれば、29種類の海産物が租税として納められていました。そのうち8種類が海藻で、海苔はその1つとして認められているそうです。
平安時代の「延喜式」には、五位以上の高官だけに支給される19種類の海産物の中に紫菜(ムラサキノリ)が入っていました。
平安時代は、海苔は庶民の食べ物ではなく貴族だけが食べられる大変な貴重品でした。鎌倉時代には、源頼朝が伊豆から届いた甘海苔を後白河法皇に献上したことが「吾妻鏡」に載っているとのことです。
しかし、鎌倉・室町時代は、それ以前と比べて海苔の消費は落ちてしまいました。
そして、江戸時代になって、浅草海苔が誕生し、海苔が大いに普及するようになりました。
この記事を書くにあたっては、情報や資料の提供で「山本山」さんのTさんにもお世話になっています。 「山本山」さん訪問記は こちら です。

