大森散策はJR大森駅からスタートしました。主な見所を順にご紹介します。
今日は、磐井神社と鈴ヶ森の刑場跡です。
【磐井神社】大森海岸駅からの方が近く3分のところに磐井神社があります。私たちは大森駅から歩いて行きましたが10分程度です。
磐井神社は、社伝によれば、敏達天皇の2年8月の創祀と伝え、貞観元年官社に列した延喜式内社という古い神社です。
磐井神社の社名は、「磐井の井戸」と呼ばれる霊水があったことによるものだそうです。
【磐井の井戸】その磐井の井戸は、神社の前の、第一京浜国道の歩道に残されています。
もとは神社境内にあったそうですが、第一京浜国道の拡幅で境内の一部が削り取られ、今は境内から外れて歩道の端に取り残されることになったそうです。
この井戸の水は、心正しい人には清水だが、邪心のある人には塩水となるという伝説があるそうです。
【鈴石】鈴石(すずいし)は神功皇后ゆかりの石で、これを打つと鈴の音がするというので江戸初期の頃に有名になったそうです。 磐井神社は、別名「鈴ヶ森八幡」と呼ばれていたそうですが、鈴ヶ森の名は鈴石の名に因んだものだと伝えられています。
社殿右側にある鈴石等の説明板によると、鈴石は屋内(社殿の中という意味か?)に保管されているそうで見ることはできませんでした。
【鈴ヶ森刑場跡】こちらが名高い鈴ヶ森の刑場跡です。慶安4年(1651)に開設されています。
ここでの最初の処刑者は慶安事件の丸橋忠弥であるとされています。
東海道に面していて、元禄8年(1695)には間口が40間(約74メートル)奥行9間(約16メートル)の規模で、東海道に面している方が広かったようです。
このように人通りの多い東海道に面して設置したのは、刑罰を公開しすることにより犯罪を抑えようという幕府の考えによるものです。千住の小塚原の刑場が奥州街道近くに設置されていたのも同じ理由です。
鈴ヶ森の刑場は、明治4年に廃止されています。
現在は、両脇を道路が通っている狭い場所に案内板等が設置されて、わずかに面影が残っています。
写真の右側の道路が旧東海道です。

