先日まで呉服橋門まで案内しましたので、今日は、「常盤橋門」について紹介します。
【元々は大橋と呼ばれた常盤橋】常盤橋門は、寛永6年(1629)に東北の諸侯により築造されました。
常盤橋門の前に架かっていた常盤橋は、はじめ、天正18年(1590)に橋が架けられ、慶長年間には浅草口と呼ばれ、外郭の正面であることから大手口とも言われ、当時江戸最大の橋であったことから大橋とも呼ばれました。
【常盤橋の名の由来】しかし、橋の名前を改名するよう幕府から町年寄の樽屋に下命がありました。
多分、大橋というのが一般名称で紛らわしかったからではないでしょうか
そこで、樽屋は、樽屋に寄宿していた浪人から提案された金葉和歌集の大夫典侍の「色変えぬ、松によそへて 東路の 常盤の橋に かかる藤なみ」からとった「常盤橋」の名前を具申しました。 それが了承されて、この橋は常磐橋となったとのことです。
【皿でなく石の常磐橋】
さて、常磐橋という字ですが、写真をみていただけるとわかりますが、石になっています。皿だと壊れやすいので、壊れにくい石にしたという話があります。江戸の人はユーモアがあると思いませんか。
この橋は、明治10年に、常盤橋門の材料を使って建設された石橋です。
【常盤橋御門の石垣】常盤橋門は右折枡形門です。常盤橋側から入ると右に渡櫓門があり、右に折れて進みました。
大正はじめまで、外郭唯一の枡形門として残っていましたが、 関東大震災で相当の被害を受け、その後修復整備され、現在は常盤橋公園となり、櫓台等の一部の石垣が残っています。
しかし、外郭門では数少ない当時の石垣が残っている見付跡となっています。

