参加者は16名でした。
案内したコースはJRの四ツ谷駅から新宿まででした。
四谷というのは、あまり目だ立たない町ですが、寛永11年の江戸城拡張工事のため、麹町から移転したお寺が多く、歴史のあるお寺がかなりあります。
そうしたお寺を中心に、四ツ谷駅から新宿まで散策しました。
四谷寺町で文化財のあるお寺はほとんど拝観しましたが、そうしたお寺の中で、日ごろはあまりお目にかかれないものを拝観させてもらいましたので、今日は、それらの紹介をします。
【西念寺の服部半蔵の槍】
西念寺では、服部半蔵の槍を拝見することができました。服部半蔵は、徳川家に仕えた譜代の武将で徳川十六神将の一人です。
半蔵は槍の名手としても知られ、当時「槍の半蔵」の異名もありました。
西念寺に残る槍は、半蔵が徳川家康から拝領した槍です。
先端が30センチ、尻150センチを戦災で損壊したそうですが、それでも全長が 258センチ、重量7.5キロもあるそうです。
本堂の床の間に飾ってあります。仏像画の下に見える黒い横棒が「半蔵の槍」です。
【本性寺の北向毘沙門天】
本性寺の山門と毘沙門堂は、戦災で焼け残った貴重な建築物です。その毘沙門堂に上がらせていただき、毘沙門天像を拝観させていただきました。
毘沙門堂内に安置されている毘沙門天像は江戸城本丸にあったもので、「五代将軍綱吉の側室、春麗院殿の発願により堂とともに本寺に寄進されました」とされています。
この像は別名「北向毘沙門天」といわれ、家康が仙台の伊達氏が謀反を起こさぬよう、北方の 守護神・毘沙門天を北向きに安置して祈願したという伝説からそう呼ばれています。左写真は毘沙門堂の前で、ご住職から、毘沙門堂や本性寺のお話を聞く参加者です。
毘沙門天のお話は、毘沙門堂の中で聞かせてもらいました。
【笹寺の「めのう観音」】
笹寺では、「めのう観音像」を拝見させてもらいました。笹寺は正式名称は四谷(しこく)山長善寺といいます。
天正年間に創建されたそうで、四谷山という名前がついていることから、四谷地区では最も早い創建だと考えているとの説明でした。
笹寺の名称は徳川三代将軍家光が鷹狩の際に立ち寄り、周辺に笹が生い茂っていたため命名したと伝えられています。(秀忠という説もかなり有力です)
その笹寺にめのうでできた「めのう観音像」があります。これは、2代将軍秀忠の念持仏で、秀忠の妻崇源院よりたまわったそうです。
高さ4.9センチの小さなお像ですがすばらしいものでした。
本堂に上がらせていただき、お坊さんから説明をいただいた上で拝観させていただきました。小さなお堂に安置されていますので、参加された皆さん、近づいてゆっくり拝見させてもらいました。
写真右端の小さなお堂が「めのう観音」を納めたお堂です。
それぞれのお寺では、私たちがお邪魔するのを住職や副住職の方がお待ちいただき、丁寧に説明をしていただきました。大変ありがとうございました。

