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明治生命館 (馬場先門② 三十六見附)
 今日は、馬場先門の目の前にある明治生命館についてお話します。

 馬場先門交差点の東北角に「明治生命館」があります。
 明治生命館が竣工したのは、昭和9年3月です。そして終戦後にはアメリカ極東空軍司令部として使用するために接収された歴史もあるそうです。
 そして平成9年に、昭和の建築物としては初めて重要文化財に指定されました。
明治生命館 (馬場先門② 三十六見附)_c0187004_2213171.jpg  この明治生命館のある場所が、江戸時代は定火消屋敷でした。そして、そこで安藤広重が生まれています。

【定火消とは】 
 安藤広重はご存知だと思いますが、定火消という言葉はあまり聞かない言葉だと思いますので、定火消から説明します。
 定火消というのは、江戸幕府の職名で、若年寄の支配に属した火消しです。万治元年(1658)4組を設置、のち、10組となったため、十人火消しとも呼ばれたそうです。
 江戸最大の大火と呼ばれる「明暦の大火」の翌年、消防活動をおこなうため、4000石以上の旗本4名を選び、それぞれに与力6名、同心30名を付属させて設置した幕府直轄の消防組織でした。
 4名の旗本には、火消屋敷と火消用具を与え、臥煙と呼ばれる専門の火消人足を雇っていました。
 当初置かれた4ヶ所の火消屋敷は、御茶ノ水・麹町半蔵門外・飯田町・小石川伝通院前に設けられ、すべて江戸城の北西でした。
 翌年正月の1月4日には、老中稲葉正則の率いる定火消4組が上野東照宮に集結して気勢をあげ、出初(でぞめ)を行なった。これが出初式のはじまりとなり、以降毎年1月4日には上野東照宮で出初が行なわれるようになったそうです。

 【明治生命館は定火消屋敷跡】 
 宝永元年(1704)以降は、定火消は10組となりました。 このため、十人火消などとも呼ばれたそうです。
明治生命館 (馬場先門② 三十六見附)_c0187004_8464584.jpg 10ヶ所の火消屋敷の場所は、赤坂溜池・赤坂門外・飯田町・市谷左内坂・小川町・御茶ノ水・麹町半蔵門外・駿河台・八重洲河岸・四谷門外であった。
 このうち、八重洲河岸のものが、現在の明治生命館のところに設置されていました。
 定火消を命じられた旗本は、妻子とともに火消屋敷で居住しました。
 火消屋敷は約3000坪の広い敷地を持ち、敷地内には3丈(約9.1m)の火の見櫓が設けられ、合図のため太鼓と半鐘がそなえられていました。
 屋敷内には臥煙の寝起きする詰所があり、夜には長い1本の丸太を枕として並んで就寝しました。夜に火事の連絡が入ると、不寝番がこの丸太の端を槌で叩き、臥煙を一斉に起こして出動したそうです。

【安藤広重は元火消同心】
 ところで、なぜ定火消屋敷が安藤広重の誕生地かという疑問があると思いますが、実は安藤広重は、火消し同心の子供として生まれました。明治生命館 (馬場先門② 三十六見附)_c0187004_823625.jpg 安藤広重は、寛政9年(1797)、八代洲河岸の定火消同心、安藤源右衛門(げんえもん)の長男として生まれました。幼名を徳太郎、俗称を重右衛門のち徳兵衛と言いました。
 文化6年(1809)13歳のときに相次いで両親を失い、火消同心の職を継ぐことになりました。
 しかし、幼い頃から絵が好きで15歳の時に、初代歌川豊国に入門を望みましたが、すでに大勢の門人がいたため、入門が許されず、豊国とは同門の歌川豊広の門人となりました。入門した翌年の文化9年(1812)には師匠の一字「広」に俗名の一字「重」を加えた「広重」の号を許されました。
 そして、数え年27歳になる文政6年(1823)には、家業の火消同心を辞め、祖父十右衛門の実子、仲次郎にこの職を譲り、浮世絵絵師を専門の職業としました。
 そして、天保4年(1833)には「東海道五十三次」で非常な評判を得て、風景画家としての確固たる地位を確立しました
by wheatbaku | 2010-07-20 05:49 | 三十六見附

江戸や江戸検定について気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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