内桜田門は、桜田郷にあり、外桜田門に対して内桜田門と称しています。
【たくさんの呼び名のある内桜田門】
内桜田門は桜田大手門とも言います。大手門の名のつくのは、「大手門」「西の丸大手門」「桜田大手門」の三つがあります。この三つの門は、御三番所といい、門番の頭を番頭と書いて、他の門番の頭は伴頭と書いたそうです。やはり格が違っていたのでしょう。
その他、たくさんの名前をもっています。太田道潅が築城した頃、海水がこの門まで打ち寄せていたので「泊船門」と呼ばれたり、門の瓦に太田家の桔梗の門をつけたので「桔梗門」と呼ばれたり、桔梗ではなく「吉慶門」だとか、「吉祥寺の旧地だから「吉祥門」だとかいろいろな呼び名があります。
内桜田門は、三の丸と西の丸下を結ぶ門で慶長6・7年ごろは枡形はなかったようですが、慶長12・3年の図では枡形になっているそうです。
土橋の正面には高麗門があり、それを入って右の渡櫓門からなる枡形形式となっています。ここも関東大震災で大破しましたが復元されました。
この門も警備が厳重で通常は入門できませんが、新年と天皇誕生日の一般参賀の退出門です。そして、皇居参観の時の集合場所で、ここで受付が終わると、内桜田門から入城するようです。
【桜田巽櫓】
桔梗濠の東南隅にたっている櫓は、桜田巽櫓と言います。巽櫓というのは、本丸の東南すなわち辰巳の方向にあるからつけられた名前です。
また、二重櫓ですので、桜田二重櫓とも呼ばれています。 二重櫓としては日本で最大級のものです。
三の丸には、櫓は、この櫓しかなったそうです。たった一つの櫓が現在まで残っているのですから貴重だと思います。
江戸城には19の二重櫓・三重櫓があったそうですが、現在は三つしか残っていません。つまりこの桜田巽櫓と伏見櫓そして富士見櫓です。

