浅草寺の五重塔は昭和48年(1973年)に再建されたものです。
【江戸時代初期には塔が二つ】 現在五重塔がある場所に、少なくとも寛永8年(1631年)以前には三重塔が建っていました。
その後寛永12年に東側(今の塔の反対側)に五重塔が建ち、東西に二つの塔が並んだ時代もありましたが、三重塔は寛永19年(1642年)に焼失した後は再建されませんでした。
五重塔は、最初、天慶5年(942)平公雅建立されたと伝わっています。
その後の数度の倒壊炎上の都度再建された後、江戸時代になって、寛永8年(1632)に炎上し12年再建されました。しかし、そのできたばかりの塔が寛永19年に炎上してしまい、慶安元年(1648)徳川家光によりまた再建されました。
【江戸時代には東南側、現在は西南側】 この五重塔は、現在の五重塔の反対側である本堂の東南側に建っていました。
江戸時代には「寛永寺」「増上寺」「天王寺」の五重塔とともに「江戸の四塔」として市民に親しまれていました。
安政の大地震も耐えて、関東大震災にも倒壊しなかった五重塔が、昭和20年(1945)3月10日 東京大空襲で炎上してしまいました。
その後、昭和48年(1973)11月に再建されました。
再建された場所は、従来の場所の反対側である本堂の西南に建てられました。
もとの五重塔があった場所には、それを示す碑が建っています。
【塔院形式の塔】 塔の高さは 53メートルあります。
この五重塔は、実は1階が普通の建物となっており、その上に塔が立っているというもので、通常の五重塔とは異なっています。この形式は塔院形式と呼ばれています。
右の写真は宝蔵門から撮った写真ですが、1階部分が普通の建物になっていて、よく見る五重塔とは違っているのがよくわかると思います。
五重塔の最上階には、スリランカの王立寺院から贈られた「仏舎利」が納められているそうです。

