日頃は、観音様の参拝に心が集中し、あまり注意を払わない外陣の天井やお賽銭箱の周囲と多くの人が中に入れないと思っている内陣の様子をご紹介します。
【「施無畏」の額】お賽銭箱のうえに額が掲げられています。
「施無畏」畏れなきを施すと読みます。これは、恐れを取り除くという意味で、施無畏者(畏れなきを施す人)というと観音様のことを意味するそうです。
享保時代の書家 深見玄岱(げんたい)が書いたもので、江戸時代から有名だったそうです。
【「天人の図」】天井には、真ん中の龍をはさんで左右に天人の絵が描かれています。真ん中は川端竜子画伯による「龍」で、左右は堂本印象画伯による「天人の図」と「散華の図」です。
【内陣の様子】
浅草寺を参拝する人でも内陣の中まで入る人は少ないようです。
しかし、内陣には自由に入れます。ただし、撮影禁止ですので写真がとれません。
内陣中央にあるのが御宮殿(ごくうでん)「厨子」です。
御宮殿(厨子)の前には「お戸帳」と呼ばれる幕がかけられています。
御宮殿(厨子)の左右には、右に不動明王、左に愛染明王が安置されています。
【秘仏のご本尊】
御宮殿(厨子)の中は二間になっていて、上段の間に秘仏のご本尊様、下段の間にお前立ちのご本尊様が安置されています。
浅草の観音様は身の丈1寸8分(約5.5センチ)の小さな像と言われています。
そのため、「小兵でも坂東一の菩薩なり」とか「小粒でも是見てくれの大伽藍」という川柳もあります。
秘仏とされていて、浅草寺のご住職でさえみたことがありません。
しかし、明治維新後の廃仏棄釈が激しい時代に太政官府の役人が来て強制的に見ようとしたことがあったため、浅草寺の住職が調べたところ、伝説通りの閻浮壇金(えんぶだんごん)製らしい観音像を確認したと言われています。閻浮壇金とは白金またはインド製の砂金だそうです。
【「書聨」】また、外陣に戻ります。お賽銭箱の両側にある書聨は江戸時代のものです。
聨とは、書や絵を書き、または彫刻して、柱や壁などの左右に相対して掛けて飾りとする細長い板を言います。
右側が 「仏身円満無背相」 と書かれています。左側は 「十方来人皆対面」 と書かれています。
誰でも、どこから来た人でも分け隔てなく救いの手を差し伸べてくださる、という意味で浅草寺のご本尊観音さまのことを表しているそうです。
書いたのは「寛政の三名筆」の一人といわれる野口雪江(せっこう)です。
野口雪江は、埼玉県熊谷市出身です。

