【影向堂(ようごうどう)】
これはなかなか読めないと思いますが、「ようごうどう」と呼びます。
観音さまの説法や行動に不断に協力されている仏さまを「影向衆(ようごうしゅう)」とお呼びしています。影向堂は、これらの仏さまをおまつりするお堂です。
もともと影向堂は二天門の脇にあったそうです。
現在のお堂は、平成6年に、浅草寺中興開山慈覚大師円仁の生誕1200年を記念して建立されたものです。
内陣の中央に聖観世音菩薩、その左右に干支(えと)ごとの守り本尊八躰がお祀りされています。
また、堂内には浅草名所(などころ)七福神の内の大黒天もお祀りしてあります。
浅草寺の御朱印所も併設されていますので、ご朱印を求る人はここでお願いしていました。
【石 橋】
これは石橋と書いて「しゃっきょう」と呼びます。
浅草寺にあった東照宮は元和4年(1618)に造営されました。日光の東照宮が造営されたのが元和3年ですので、日光の東照宮が造営されてまもなく造営されたことになります。この橋は元和4年(1618)東照宮の神橋として架けられたものです。
和歌山藩の藩主浅野長晟、後の広島藩浅野家(つまり赤穂藩浅野家の本家ですが)その藩祖となった人が寄進したものです。
全長3.3m・幅2.2mで 都内最古の石橋で、重要美術品に指定されています。
【六角堂】六角型の建物のため六角堂と呼ばれています。江戸時代初期の建立とされています。
浅草寺最古の建物であるとともに都内最古の木造建造物でもあり、東京都指定有形文化財です。
ご本尊様は日限(ひぎり)地蔵尊で、日数を決めて祈るとその願いが叶うとされています。
建物の下部には、1.5m余りの井戸状の穴が掘られているそうです。
【橋本薬師堂】
このお堂は、「橋本薬師堂」といいます。
慶安2年(1649)、3代将軍徳川家光の再建による三間四方のお堂です。はじめ本堂の北にあったため「北薬師」と呼ばれたそうですが、将軍家光が御成りの際に、かたわらに小さな橋が架かっていたことから、「北」よりもこの名前の方がよかろう、と名付けられたといわれます。
ご本尊の薬師如来のほか、「十二神将」などが祀られています。

