最終回は、龍馬が暗殺されてしまいました。
「龍馬を暗殺した実行犯が誰か?」また「龍馬暗殺の黒幕は誰か?」については諸説があります。
最終回では、暗殺実行犯は「京都見廻組」でした。最も有力な説ですので妥当なところだと思います。しかし黒幕は誰かについては明らかにせず、龍馬を恨んでいる人として、「幕府」「薩摩藩」「土佐藩」「紀州藩」などを挙げて、黒幕を匂わせていました。
そして「中岡慎太郎」も殺す要素をもっていたかのように描くなど、諸説あることを踏まえた内容になっていました。
龍馬暗殺の実行犯が誰で黒幕は誰かについては、既に11月3日の「龍馬暗殺は誰の仕業か」から7回にわたって書いてきましたので、詳しくはそちらをご覧下さい。
ところで、今日は、龍馬が暗殺された時の天候は、どんな状況だったかについて書いてみます。
私は、暗殺実行時の天候は、曇りか晴れだとばっかり思っていました。
大正15年に、岩崎鏡川が書いた「坂本龍馬関係文書」によると、「『空うち曇り時雨を誘う』ような天候」だったと書かれているそうです。
しかし、「龍馬伝」では、雨の中で龍馬暗殺が実行されたとして描かれていました。
龍馬が暗殺された日の天候はどうだったのでしょうか?
「人斬り半次郎」と言われた薩摩藩の中村半次郎(のちの桐野利秋)の在京中の日記「京材日記」には、「同(十一)月十五日 雨」と書かれているそうです。
また、公家の嵯峨実愛(さねなる)の日記「続愚林記」には、「十五日甲子 雨降り、辰半後雨休み、午後晴雨交じり 雲南行」とかかれているそうです。
朝から降っていた雨が、午前9時ごろには止み、午後は降ったり止んだりの天気になったということだと思います。
つまり、龍馬暗殺の日は雨模様だったようです。
そうしますと、大河ドラマ「龍馬伝」の描いたとおり、雨が降る中で龍馬暗殺が実行されたと考えてもよいと思います。

