【人形町も銀座!】
東京メト「人形町」駅A2番出口を出ると目の前に、「蛎殻銀座跡」と書かれた説明板が建っています。
銀座と言えば、誰でも現在銀座1丁目から8丁目を思い浮かべると思います。しかし、江戸時代には、人形町にも銀座があったと説明するとほとんどの人が驚きます。江戸時代の後期には、人形町に銀座があったのでした。
【銀座とは銀貨をつくる所】 銀座とは江戸時代の銀地金の購入と銀貨の製造を行う役所です。
銀貨の製造および検査を行う常是役所とそのたの業務を行う銀座役所を総称した組織でした。
常是役所というのは、慶長のはじめに銀貨の製造を徳川家康から命じられた湯浅常是が「大黒」の姓を与えられ、代々「大黒常是」で世襲したのでした。
簡単にいうと銀座というのは銀貨をつくるところというとわかりやすいと思います。
銀座というと、有楽町の東にある銀座をすぐに思い起こすと思いますが、たしかに、江戸時代の始めには、現在の銀座に銀座がありました。
慶長17年(1612)に現在の銀座二丁目の場所に置かれました。
【「銀座」は銀座から人形町に移転】
しかし、銀座で不正が行われたため、寛政12年(1800)に、寛政改革の一環として銀座制度の改革が行われ、寛政12年6月に、一旦廃止されました。
そして、同じ年の11月、改めて幕府直営の度合いを強めた銀座が、蛎殻町、現在の人形町1丁目に再発足しました。
この銀座は人々から「蛎殻銀座」と呼ばれました。そして明治2年に新政府の造幣局が設置されるまでの69年間存続しました。
ですから、銀座は、銀座2丁目に約190年間、蛎殻町には約70年間ありました。
しかし、蛎殻町に銀座があったことはすっかり忘れられているようで、なぜか、説明板はさびしそうです。

