最初は、吉良邸跡として有名な 本所松坂町公園 です。
本所松坂町公園は、JR「両国」駅から徒歩4分です。多くの人は、両国駅の西口から行くと思いますが、東口のほうが近くなります。西口からは7分程度かかります。
【本所松坂町公園の建設は昭和9年】
本所松坂町公園は、昔からあったかのように思いがちですが、この公園は、昭和9年につくられたもので、それほど古い公園ではありません。
吉良邸は、赤穂浪士の討ち入り後、吉良家が改易となったため、町人が住む町になりました。討ち入りの2年後にそこにつけられた町名が松坂町でした。松坂という名は、謡曲の中からめでたいものが選ばれたようです。
町人の町となったため、本所松坂町には吉良家の名残を残すものはありませんでした。
そこで、昭和9年に地元の自治会の有志がお金を出し合い、土地を購入し、東京都に寄付しました。それがこの公園です。現在は墨田区に移管され墨田区立公園となっています。
なまこ壁で囲まれた公園で、格式の高かった吉良家をイメージしたものです。
【吉良邸は、公園の86倍の大きさ】
吉良上野介義央の屋敷は、松の廊下で浅野内匠頭に斬りつけられた当時は、呉服橋門内にありました。
その後、刃傷事件の起きた年の元禄14年(1701)9月3日に、吉良上野介は、ここにあった松平登之介(近藤登之介はまちがい)の屋敷跡を拝領しました。その後、赤穂浪士の討入りがあった後、吉良家が改易となりお屋敷を没収されたのが元禄16年(1703)2月4日ですから、吉良家のお屋敷であったのは1年半に満たない短かい間でした。
吉良邸は、東西160メートル、南北60メートル、面積約2550坪の大きなお屋敷でした。
現在の本所松坂町公園は、約30坪ですので、吉良邸と比較すると1,2%の割合しかない小さな公園です。
本所松坂町公園の中の説明板(上野写真)を見ると、公園は吉良邸の北側にあたるようです。

