回向院はJR「両国」駅西口から徒歩2分です。
【明暦の大火の犠牲者慰霊のお寺】
回向院は、今からおよそ350年前の明暦3年(1657年)に開かれた浄土宗の寺院です。
この年、江戸には「振袖火事」の名で知られる明暦の大火があり、市街の6割以上が焼土と化し、10万人以上の人がなくなりました。この大火により亡くなられた人々の多くは、身元のわからない人々でした。当時の将軍家綱は、このような無縁の人々を手厚く葬るようにと現在回向院がある現在地に土地を与え、「万人塚」というお墓を設けました。
そして、無縁仏の冥福に祈りをささげる大法要を行いました。
このとき、念仏をあげるため御堂が建てられました。これが回向院の始まりです。
【力塚の碑】
回向院の正門を入り少し行くと、左手に「力塚」と刻まれた大きな碑があります。
日本の国技である相撲は、江戸時代は主として神社仏閣の再興や造営の費用を集めるのための勧進相撲の形態をとっていました。
勧進相撲が最初に行われたのは、寛永元年(1624)に四谷笹寺であるといわれています。その後、貞享元年(1684)幕府より春と秋の2場所の勧進相撲が許され、深川の富岡八幡宮で開催されましたが、その後江戸市中のいろいろな神社、仏閣で行われるようになりました。
そして、回向院でも開催されるようになりました。
勧進相撲が回向院境内で初めて行われたのは1768年(明和5年)です。
以後、回向院が相撲興行の中心となり、ついには、天保4年(1833)に回向院で春秋2回の定場所が開催され、回向院だけで相撲が行われるようになりました。
そして、明治42年に先代の両国国技館が完成するまでの76年間、回向院で大相撲が開催されました。
力塚の碑は、昭和11年に相撲協会が歴代相撲年寄の慰霊の為に建立したものです。
裏側に、年寄と行司の名前が刻まれています。

