【本堂を囲む石灯籠群】 不動寺の本堂の周りは、石灯籠がずらりと並んでいます。
本堂の前から東側そして裏手と続いていきます。
この石灯籠には、「文昭院殿」と刻まれているものもありましたが、多くものに「清揚院殿」と刻まれています。
増上寺にあった甲府宰相徳川綱重の霊廟に奉納された石灯篭だと思われます。
徳川綱重は、3代将軍家光の三男として生まれました。甲府25万石を領していたため「甲府宰相」とも呼ばれました。6代将軍家宣は、綱重の子供でしたので、家宣は、父「清揚院殿」の霊廟を増上寺に建立しました。
【桂昌院に奉納した石灯籠】 その中で、本堂の西南側に、皆さんもなじみのある5代将軍綱吉の実母である「桂昌院」の霊廟に奉納された石灯籠がありました。
この石灯籠の脇には「従四位下侍従兼丹後守佐倉城主稲葉正通」と刻まれていて、佐倉藩主で老中であった稲葉正通が奉納したものであることがわかります。
なお、この稲葉正通は、赤穂浪士の吉良邸討ち入りの際に月番老中であった人物です。
【桂昌院の宝塔】 境内には、桂昌院に関係するものがもう一つありました。
多宝塔の裏手に宝塔がありますが、これが桂昌院の宝塔といわれているようです。
説明板もありませんし、不動寺のパンフレットにも掲載されていません。しかし、インターネットで検索すると桂昌院の宝塔と書かれています。不動寺にも確認がとれていないので、桂昌院の宝塔といわれているとだけ書いておきます。

