それは、 ロバート・フォーチュン と言います。
【ロバート・フォーチュンは、プラントハンター】
ロバート・フォーチュンは、スコットランド出身の植物学者、プラントハンターです。
プラントハンターというのは、未知の植物の採集に活躍した人たちです。
ロバートフォーチュンは、1812年にスコットランドに生まれ、エジンバラの植物園に勤めた後、ろロンドン園芸協会で働きました。中国産植物に大きな関心を寄せていたロンドン園芸協会は、フォーチュンをプラントハンティングに送り出しました。
1843年に中国に着いたフォーチュンは、キク、ユリ、ランなどを英国に紹介しました。
そして1860年に日本を訪れ、さらに翌1861年にも日本を訪れました。
右写真は、かつての染井通りがJRを越える所に架かる「染井橋」です。
【フォーチュン、染井村に驚嘆】
そして、その訪日のことを書いたのが「幕末日本探訪記」です。
フォーチュンは、その中で、染井村は、世界でもっとも大規模な植木村だと驚いています。
染井村について次のように書いています。
『交互に樹々や庭、恰好良く刈り込んだ生垣がつづいている公園のような景色に来たとき、随行の役人が染井村にやっと着いたと報せた。そこの村全体が多くの苗木園で網羅され、それらを連絡する一直線の道が、1マイル(約1.6km)以上もつづいている。 私は世界のどこへ行っても、こんな大規模に、売物の植物を栽培しているのを見たことがない。
植木屋はそれぞれ3,4エーカー(1.2ha~1.6ha)の地域を占め、鉢植えや露地植えのいずれも、数千の植物がよく管理されている。
どの植木屋も大同小異なので、その一つを記述すれば、全体のたくみな趣向がわかるだろう。
入口をはいると、曲がりくねった平凡な小道が、おおむね庭の中心にあった園主の家まで通じている。
道の両側には、温室を必要としない、日本の観賞用の樹々や潅木類、盆栽仕立てやテーブル型に刈り込まれた植物が、数多く栽培されている。」
【フォーチュン、日本人を賞賛】
また、日本人の気質について次のように賞賛しています。
『サボテンやアロエのような南米の植物を注目した。それらはまだシナでは知られていないのに、日本へは来ていたのである。実際それは識見のある日本人の進取の気質をあらわしている。』

さらに、
「もしも、花を愛する国民性が、人間の文化生活の高さを証明するものとすれば、日本の低い層の人々は、イギリスの下層階級の人たちに比べてずっと優って見える」とも書いています。
ロバートフォーチュンは、日本の優れた特質を園芸を通して看破した人物であると言えそうです。
なお、フォーチュンは、中国茶をインドに移植しました。これにより、インドが茶の大生産地に発展し、しいては、紅茶がイギリス人の国民的な飲み物になる基礎をつくった人物でもあります。
右写真は、染井通り沿いの大きなソメイヨシノの木。まだ3月中旬であったため、桜の花はまったく咲いていませんでした。

