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本妙寺火元引受説(明暦の大火③ 江戸の災害)
 明暦の大火は、「振袖火事伝説」もあって、本郷丸山本妙寺が火元であると信じられています。
 しかし、本妙寺が火元ではないという話があります。
 実は、本妙寺の隣にあった阿部忠秋家が火元であり、本妙寺は身代わりとなったという「本妙寺火元引受説」というのがあります。
 今日は、その 「本妙寺火元引受説」 について書いていきます・

 本妙寺は、現在は、豊島区豊島区巣鴨5-35-6 にあります。染井霊園の西側です。
本妙寺火元引受説(明暦の大火③ 江戸の災害)_c0187004_15423756.jpg 本妙寺は、もともとは元亀2年(1572)に浜松に創建されました。
 天正18年(1590)徳川家康の江戸入城の際に江戸へ移りました。
 当初は江戸城清水門内の礫川町に移転したそうですが、その後各地を移動しました。そして寛永13年(1636)に、本郷丸山に移転し、明治43年(1910)現在地へ移るまで、本郷にありました。
☆上段写真は、現在の本妙寺本堂、下段は本妙寺本堂東脇にある「明暦の大火供養塔」

【本妙寺火元引受説】 
 火元とされた本妙寺のホームページには、明暦の大火について次のように書かれています。
 『幕府の要請により火元の汚名をかぶったのである。
 理由は、当時、江戸は火事が多く、幕府は 火元に対しては厳罰をもって対処してきたが、
 当山に対しては一切お咎めなしであった。

 それだけでなく、大火から三年後には客殿、庫裡を、六年後には本堂を復興し、十年後には当山が日蓮門下、勝劣派の 触頭 に任ぜられている。
(触頭とは、幕府からの通達を配下の寺院への伝達や、本山や配下の寺からの幕府への訴願、諸届を上申達する役)
 これはむしろ異例な厚遇である。
 さらに、当山に隣接して風上にあった老中 の阿部忠秋家から毎年当山へ明暦の大火の供養料が 大正十二年の関東大震災にいたるまで260年余に わたり 奉納されていた。
本妙寺火元引受説(明暦の大火③ 江戸の災害)_c0187004_15432047.jpg
 この事実からして、これは一般に伝わる 本妙寺火元説を覆するものである。
 (大火の供養料なら、大火後幕府が犠牲者のために創立した両国の回向院へ奉納すべきである。)

 大火の当日は朝から北西の強風が吹き荒れていたことは記録により明らかである。
 真相は、本妙寺に隣接して風上にあった阿部家が火元である。 
 老中の屋敷が火元とあっては幕府の威信失墜、 江戸復興政策への支障をきたすため、幕府の要請により 本妙寺が火元の汚名を引受けたのである。 
 そして、その結果として阿部家を失火の責任から 救うということになり、それに対するお礼と 解するのが妥当である。』

 「明暦の大火」著者の黒木喬氏は、「明暦の大火」の中で、
 「寛文7年(1667)には勝劣派の触頭を仰せつけられている。(中略)したがって寺格としてはむろん出世である。江戸の大半を壊滅させた大火の火元としては、まことに腑に落ちない話ではないか」と書いています。

【市街地整備のため出火】  
 また、次のように、「知恵伊豆」と呼ばれた松平信綱が江戸の市街整備のために出火を考え、火元を本妙寺が引き受けたのではないかと大胆な推測をしています。
 「本妙寺は江戸の北方にあり、冬の季節風が激しく吹けば、絶好の発火点になる。ここで出火して大火にでもなれば、懸案の市街整備はいっきょに実現するであろう。これを狙って、都市計画担当者のだれかが、住職の日暁に意を含めて「明暦の大火」の幕をあげっせたのではあるまいか。(中略)
 ことによると、本妙寺に火元引き受けをひそかに命じた老中は阿部忠秋ではなく、都市計画の最高責任者、松平信綱ではなかったか。信綱の指示であればこそ、本妙寺は火元でありながら移動も命ぜられず、罰も受けずに、出世コースを歩むことができたのではなかったか」
 

 
by wheatbaku | 2011-06-08 05:30 | 江戸の災害

江戸や江戸検定について気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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