回向院は、両国駅から徒歩5分のところにあります。
大安楽寺からは、東京メトロとJRを利用して移動しました。
【馬頭観音堂】 回向院は、京葉道路に面して、表門があります。
回向院は、今、書いている「明暦の大火」でなくなった人たちを供養するために建てられたお寺です。
江戸三十三観音の一つの馬頭観音は、回向院境内の馬頭観音堂にあります。
回向院が開かれて間もない頃、4代将軍家綱の愛馬が死亡し、その骸を回向院に葬ることになりました。
その供養のため、回向院の当時の御住職が馬頭堂を建てて、自らが彫った馬頭観世音菩薩像を安置しました。その観音像が江戸時代から「江戸三十三観音」の一つに数えられていました
現在は、その観音像ではなく、やさしいお顔の木製の観音像が安置されています。
【犬猫供養塔】 馬を埋葬したことがきっかけとなっていることから、馬頭観音堂の壁面は、犬や猫のお墓になっています。
これには、参加された人も驚かれていました。
回向院では動物の埋葬を昔から受け入れています。
そのため、境内には、犬猫供養塔や小鳥供養塔が建立されています。
写真は義太夫協会が建てた犬猫供養塔です。供養塔の台座の部分に小さな猫と犬の像があるのがわかりますか?
ところで、 回向院の境内には、猫が2匹のんびりしていました。
参加者の皆さんも喜んでいました。
これも回向院ならではと思います。
【鼠小僧のお墓】 次いで、鼠小僧のお墓です。
鼠小僧は時代劇のヒーローとして有名です。
大名屋敷から千両箱を盗み出し、貧しい庶民に小判を配ったと言われているからです。
しかし、実際の鼠小僧は、盗んだお金は「飲み打つ買う」に使ってしまったそうです。
それでも、庶民のヒーローとして人気は高く、鼠小僧を取上げた芝居は人気が高かったそうです。
このお墓は、歌舞伎役者の市川団升という人が、興業があたったお礼にたてたものだといわれています。
裏面には、大正15年と書かれています。
長年捕まらなかった運にあやかろうと、墓石を削りお守りに持つ風習が昔から盛んで、いまも墓石を削ってお守りにする人が大勢います。
特に合格祈願に来る受験生方があとをたたないそうです。
写真の手前側の白いお墓が削り取るために専用に設けられた墓碑です。
参加された皆さんも、お墓を削っていましたが、簡単には削れなかったようです。
【本所松坂町公園】
本所松坂町公園はなまこ壁で囲まれた公園で、格式の高かった吉良家をイメージしたものです。この公園周辺に吉良上野介のお屋敷がありました。お屋敷の広さは約2500坪あったそうです。
吉良邸は、赤穂浪士の討ち入り後、吉良家が改易となったため、この周辺は、町人が住む町になりました。討ち入りの2年後にそこにつけられた町名が松坂町でした。
町人の住む町となったため、吉良家の名残を残すものはありませんでした。
そこで、昭和9年に地元の自治会の有志がお金を出し合い、土地を購入し、東京都に寄付しました。それがこの公園です。現在は墨田区に移管され墨田区立公園となっています。
今の公園は約30坪で、吉良上野介のお屋敷の七十六分の一、約1%の広さしかありません。

