人気ブログランキング |
将軍の葬儀③ 綱吉の場合
 昨日は4代将軍家綱の様子を書きましたが、寛永寺執事長の浦井正明氏が著した「上野寛永寺 将軍家の葬儀」には、5代将軍綱吉の葬儀についても書かれています。
 今日は、「上野寛永寺 将軍家の葬儀」に基づいて、5代将軍綱吉の葬儀の様子を書いていきます。

 5代将軍綱吉は、宝永6年(1709)の正月10日に亡くなりました。
将軍の葬儀③ 綱吉の場合_c0187004_1131563.jpg そして、22日に綱吉の棺は江戸城から寛永寺に移されました。
 綱吉の棺は、北桔橋に向かい、そこに凌雲院大僧正実観などの寛永寺の迎僧が出迎えました。
 この日は、雨天のためか、北桔橋での法要は行われませんでした。
 綱吉の遺骸は、雨の中を道中し、戌(いぬ)の刻(午後8時ごろ)に寛永寺に到着しました。

 寛永寺では、本坊の東に急遽仮の御門を設け、遺骸はそこから本坊に入り、上之間に上段を設け、そこに安置されました。
 このように、正門や他の既設の門を使用しないということは慣例となっていたそうです。
 本坊への入棺が終わると「五五三」の御膳が供えられました。

 将軍の葬儀③ 綱吉の場合_c0187004_11315292.jpg
 これから28日の葬送の日までの間、毎日、朝の法要、昼の法要、夜の法要が行うよう定められました。
 葬送の日の28日の「申終計(さるのおわりばかり:午後5時から6時前)」に「集会の鐘」(法要のために参集を促す鐘)が衝かれ、寛永寺一山をはじめ各地の天台宗から招集された僧侶たちが本坊に参集しました。
 これら出仕の僧侶たちによる「庭の賛」が終わると、「酉刻計(とりのこくばかり)」(午後6時ごろ)にいよいよご出棺となります。
 綱吉の棺は本坊の東側に設けられた仮の御門から出ます。
 この際に、御門から御廟までの道の左右のすべてには幕が張り回され、その道筋はすべて白布が敷かれました。
 しかも、この道筋の左右には、一間おきに高張提灯がかかげられました。

 白布を敷く仕来りと夜儀について浦井氏は次のように書かれています。

  この白布を敷くという仕来りは、家康の遺骸を九能山に安置したとき以来のものである。
 将軍の葬儀や法要で最も大事な部分は「夜儀(やぎ)」といって、夜に入る頃から執り行われものであり、 これは、家康の時に、天皇家の儀礼を模して行ったことに始まると考えられる。 


 現地の御仮屋では綱吉の棺を輪王寺宮が迎えました。
 そして、起龕(きがん)、鎖龕(さがん)の作法すなわち棺を江戸城から寛永寺に移して法要を勤め、最後に鎖で棺を閉じる作法全体が終わったというわけで、凌雲院住職実観が綱吉のことを賛嘆する文章を読み上げ、輪王寺宮が、しきみの枝を投じました。
 輪王寺宮の作法が終わると綱吉の棺は廟穴の外側に設けられていたお仮屋に納められました。その後、廟穴に何時納められたのかの記載はないそうです。
 家宣の名代として老中の土屋相模守政直が拝礼し、宮は政直に会釈したのち本坊へ帰られました。
 家宣は、この葬送の儀に参列していませんが、当時としてはごく普通のことだったそうです。
by wheatbaku | 2011-07-06 11:40

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
by 夢見る獏(バク)
プロフィールを見る
更新通知を受け取る
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
以前の記事
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
ブログパーツ
ブログジャンル
歴史
日々の出来事