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桂小五郎・幾松寓居跡(京都幕末史跡めぐり)
 土曜日から日曜日にかけて、所要があり京都に行ってきました。
 土曜日は所要に一日時間を割きましたが、日曜日は時間が取れましたので、半日、高瀬川沿いと壬生の幕末史跡を観ることができました。
 今日から、しばらく、京都における幕末史跡の紹介をしていきます。

 幕末史跡めぐりは、地下鉄東西線の「京都市役所前」をスタートし、御池通りから三条を過ぎ四条河原町まで高瀬川沿いに歩きました。そして、その後、壬生に移動し、壬生寺をはじめ、新撰組屯所であった前川家・八木家を観てきました。
 今日は、長州藩邸跡と桂小五郎・幾松寓居跡を紹介します。

【「長州屋敷跡」碑】 
桂小五郎・幾松寓居跡(京都幕末史跡めぐり)_c0187004_1093091.jpg  長州藩邸跡は、京都市営地下鉄東西線「京都市役所前」駅の上にあるホテルオークラの場所にありました。
 「長州屋敷跡」碑は、ホテルオークラの南側の空き地に建っています。
 説明によれば、藩邸は初め南北2箇所に分かれ、北側屋敷は表口39間(約70メートル)、南側屋敷は表口30間(約54メートル)あったそうです。
 元治元年(1864)の蛤御門の変の際には、長州藩が自ら藩邸に火をつけたそうです。

【「桂小五郎像】 
 ホテルオークラの西北部分に桂小五郎の銅像が設置されています。
桂小五郎・幾松寓居跡(京都幕末史跡めぐり)_c0187004_101089.jpg  桂小五郎は、維新三傑の一人木戸孝允です。桂小五郎は、長州藩医の和田昌景の長男として生まれましたが、7歳の時に隣家の桂家の養子となり桂小五郎と名のりました。
 蛤御門の変の頃、桂小五郎は京都におり尊王攘夷運動に奔走していました。
 有名な池田屋事件では、会合のメンバーでしたが集合時刻より早く行きすぎたため、一旦外出したために難を逃れています。
 桂小五郎は、8・18政変後の長州藩の京都進軍には反対していたといわれますが、強硬派の意見が通り、蛤御門の変で長州藩は敗北し、桂小五郎も京都および出石で潜伏せざるをえなくなりました。

【「桂小五郎・幾松寓居跡」碑】 
 ホテルオオクラの東側の高瀬川沿いに、「幾松」という旅館があります。
桂小五郎・幾松寓居跡(京都幕末史跡めぐり)_c0187004_10103053.jpg  ここが、桂小五郎と幾松がすんでいた場所です。
 幾松とは、京都三本木の芸妓で、桂小五郎の愛人でした。明治になってから木戸孝允と結婚し松子と名のりました。
 その二人が住んでいた場所が、現在の「幾松」です。
 「幾松」は現在も旅館として営業しており、建物は国の登録有形文化財に登録されています。館内には「幾松の部屋」があり、現在も、抜け穴、飛び穴、のぞき穴、つり天井などがり当時に近い状態で保存されているそうです。
桂小五郎・幾松寓居跡(京都幕末史跡めぐり)_c0187004_10105659.jpg
 幾松は、幾松は若狭小浜藩士の娘で、8歳の時に京都に出てきたのち三本木の芸妓になりました。
 桂小五郎と知り合ったのは文久元年(1861)頃だそうです。
 幾松は、、幕府から命を狙われていた桂小五郎を必死に支えつづけました。 
蛤御門の変の後は、桂小五郎を三条橋の下に乞食の姿にやつさせて隠し、毎日食事を運び守りぬいたと言われています。
 明治になって、長州藩士岡部富太郎の養女となり、木戸孝允と結婚し、正式に「木戸松子」と名乗るりました。、身分差を超えた初めての正式な婚姻であったと言われているそうです。

 「幾松」の駐車場への門の脇(上の写真の右下隅)に「桂小五郎・幾松寓居跡」の石碑があります。


 赤印が桂小五郎像、緑印が「長州藩邸跡」碑、青が「桂小五郎・幾松寓居跡」碑 です。


by wheatbaku | 2011-08-22 08:32

江戸や江戸検定について気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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